【イノシチとイモガラ珍百景】 #08 献上石置き場
イモガラ島北東部にある見守りの岬近くには、その昔採石場が存在したという。そこで発掘した石が加工されて一堂に集められたのが、この「献上石置き場」である。
献上、というほどだから、その名の通り偉い身分の方々に捧げるためにわざわざ造られたものであることは確かだ。普通の家ではまず持て余してしまいそうな、いわゆる豪華なインテリア的な大きな石ばかりだったからだ。しかもどれも、大きさも形もバラバラ。
「イノ、この柱みたいな石ってどうするんだろうな?」
シシゾーが、柱みたいな石がいくつもまとまって置かれている場所を指して言った。
「うーん……横に並べて置いたら、塀の代わりにはなりそうだけどね」
僕はその柱の石に触れながら言った。でも、よくよく見ると並べて塀にするにはずいぶん背が高過ぎる。
「仮にこれで家の塀を作ったら、この石が大き過ぎて中が全然見えなくなりそうだね」
「確かに。塀というよりは、檻みたいになっちまうよな!」
シシゾーが、なぜかボクシングの素振りをしながら言った。最近テレビドラマで、監獄の中から世界チャンプを目指すイノシシの胸熱ストーリーにハマったらしい。
「これだけ石があったらさ、一個くらいトレーニングに使えそうだよな。持ち上げて筋トレしたり、サンドバッグにしたり」
「筋トレはともかく、サンドバッグにしたら手が痛くなっちゃうよ」
そんなどうでもいい話をしながらたくさんの石を見て回っていると、とある石の前で二人組のイノシシが熱心に何か作業をしていた。彼らは着古された作業着に身を包み、腰にはタオルのようなものを何枚も引っ掛けていた。
「あっ、あのひとたち何やってんのかな? すいませーん、今何されてるんすか?」
例のごとく、考えるよりも先にシシゾーが彼らに走り寄って尋ねた。陽キャの極みである。
作業中に突然声をかけられた彼らは少しビクッとしたけれど、すぐに微笑んでこちらを振り返った。
「これはこれは、ようこそいらっしゃいました」
とひとりがにこやかにあいさつした。
「我々は、これらの献上石を専門に取り扱っております“石磨き師”であります」
「石磨き師?」
シシゾーと僕はお互い顔を見合わせた。何やら聞き慣れない名称だな。
「さようでございます。我々は先祖代々、これらの石を常に最良の状態に維持することを務めとしておりまして」
「先祖代々ッすか! そりゃすごいッすね!」
とシシゾーが、いかにも中身のなさそうな返答をした。けれども彼のオーバーリアクションに気を良くしたのか、石磨き師さんたちはまんざらでもない様子でさらに続けた。
「ご存知かもしれませんが、献上石とは古き良き王族時代に由来する伝統でございました。イモガラ島最高級の石を加工して、それを週に一個ずつ、王様に献上していたと伝わっております」
ひとりが丁寧に解説する横で、もうひとりがそうそうこれパンフレットです、よければ、と僕らに小冊子を一冊ずつ渡してくれた。ちょっと質の良さそうな紙の表紙には『イモガラ島 献上石の歴史』とある。パラパラとページをめくると、意外と細かい字で本文がびっしり書かれている。あとで読んでみることにしよう。
「えっと、週に一個ずつ……ですか? これだけの大きな石を」
何気なく僕は尋ねたのだが、そう問われた石磨き師さんたちはえっ? という表情をした後、互いに目配せして何事かひそひそ話したあと、ちょっと笑いをこらえながらこう言った。
「え、ええ。そうなのですよ。今あなたがおっしゃった通り、確かに言われてみればこれほどの大きな石を週に一度定期的に、とは……なるほど確かに……もらったほうはどうしてたんでしょうねこれ……ククッ」
最後の方はもはや笑いをこらえきれなくなり、ついにはふたりとも大笑いしてしまった。僕らもつられて笑ってしまった。
「なんだか、想像すると面白いですよね。王様はどんな気持ちで、これらを毎週受け取っていたのかを」
「本当だよな! きっと、『あっまた石が届く日が来たよ。マジかよどうしよう、こないだもらったやつもまだ飾れてないのに』とか思ってたんじゃね?」
シシゾーの想像力にまた皆一段と笑いが止まらなくなり、そこらへん一帯に僕らの笑い声がしばし響き渡っていた。
ひとしきり笑った後、ふと僕は思い出して、石磨き師さんたちに尋ねた。
「そういえば、あそこに並べられている柱みたいな石は、飾るというより何かに使われていたようにも見えるんですけど、どうですかね?」
「ああ、あの柱石ですか」
と、先ほどパンフレットをくれたほうの石磨き師さんが答えた。
「あれは、王位継承権を賭けた相撲の勝負に挑んだ方たちが、トレーニングをするために用いたものです。彼らは途方もない怪力の持ち主ばかりでしたから、張り手の稽古ばかりしているとすぐに石が割れてしまったそうです。そのため、あれだけのストックが必要だったというわけです」
まさかの消耗品だったのか! と驚きつつ、シシゾーの言っていたこともあながち間違いではなかったな、と僕はとても面白く感じたのだった。
【献上石置き場】 レア度:マツタケ級
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