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【イノシチとイモガラ珍百景】 #14 錠前パラダイス

いつの世も、恋人たちの聖地みたいな場所はとかくもてはやされるものだ。ここイモガラ島も例外ではなく、テレビ番組では特集まで組まれて毎週のように紹介されている。
「イノ、オレ今度行ってみたい所があるんだけどさ」
そう言ってシシゾーが見せてくれた雑誌の切れ端(そのまま握りしめて持ってきたのでちょっとクシャクシャになっている)に載っていたのも、まさしくその典型といった場所だった。しかも、『最近新たに“イモガラ珍百景”に追加された』と書かれている。
「錠前……パラダイス? 何これ」
「知らないのかよイノ、今流行りのデートスポットだよ」
「ひぇ!? お前とデートするつもり、ないんだけど」
「まーいいじゃん、予行練習のつもりでさ、行ってみよーぜ」
シシゾーのヤツ、ずいぶんと軽く言ってくれるものだ! どうせなら、僕の“お客様第一号”ことカリンちゃんでも誘って行きたい場所なのに。彼女は、僕が路上で似顔絵を描き始めた時の初めてのお客様で、ひそかに僕の憧れの女の子なのだ。ちなみにシシゾーは、カリンちゃんとは学生時代からの知り合いである。
「あ、見ろよイノ。ここ、オレたちだけで行っても面白そうだぜ」
「ん? どれどれ」
先ほどの雑誌の切れ端に書かれていた、とある情報に僕もつい興味をひかれたので、まあいいかと思い直して行ってみることにした(それにしても、カゲヤマさんも意外とミーハーなのかな?)。

そこには、海側に向かって金網が張り巡らされていた。金網の至る所に色とりどり、形もさまざまな錠前が取り付けられ、遠くから見ると背景の海とあいまって、どこか絵画のように見えてくる。
ここに来るカップルたちは、皆それぞれに愛を誓い合って、願いをこめながらここに錠前を託してゆくのだろう。実際、僕らが訪れたこの時も、きらめく海を背景にしてカップルたちがうきうきしながら、どこにふたりの愛の錠前を付けていこうかとはしゃいでいた。
とはいえ、実は僕らの目的はこの金網ではないのであった。その金網と対をなすようにして、別の金網ゾーンが設けられていたのだ。
そちらの金網にもまた、たくさんの錠前が取り付けられているのだが、金網のすぐそばには台の上に乗った木の箱があり、その箱の中には同じくらいたくさんの小さな鍵が入っている。
「いらっしゃいませ」
不意に声をかけられて振り返ると、いつの間にかそこには小柄なおじいさんがニヤニヤしながら立っていた。
「あ、どうも」
「ようこそ、錠前パラダイスへ。といいましても、これ実はアタシが勝手にそう呼んでるだけなんですけどね、ウヒヒ」
独特の含み笑いをしながら、おじいさんが説明してくれた。
「おじいさん、こっちの金網は自由に“外して”いいゾーンなんすよね?」
シシゾーがいつものように、人懐っこくおじいさんに話しかけると、彼はうんうんとうなずいて言った。
「さようでございます。だってアナタ、錠前はやはり、付けるからには外したくなるのが人情ってもんでございましょう、ウヒヒ」
「うん、確かに! 外さなきゃロッカー開けられないし、家にも入れないもんな」
「そうですとも!」
シシゾーが話に乗ってくれたのが嬉しいのか、おじいさんの声の調子が一段上ずった。
「こちらはまさに、そのような需要を満たすための、いわばちょっとしたアトラクションのようなものです、ウヒヒ」
もういっそウヒヒおじいさんとでも呼んだらいいのかな、と僕がぼんやり考えていると、
「ささ、どうぞ遠慮なさらず、どれでもお好きな錠前を一つ選んでください。それを開けられそうな鍵を、この箱の中から探し当てるんです。見事当てられましたら、その錠前を鍵と一緒にお持ち帰りになれるんですよ! どうです、面白そうでしょ? ウヒヒ」
「面白そう! やるやる!」
すっかり乗り気のシシゾーに対して、僕は内心、これらの錠前ももしかしたらどこかのカップルたちが付けたものだったらどうしよう、と考えていた。
「あの、」と僕はおそるおそる尋ねてみた。
「これ、本当に外してもいいんですか?」
「ええ、いいんですよ。そのために、わざわざ金網を分けているんですから。あっちは錠前を付けたい方用。こっちは外したい方用、つまり外しても何の問題もありません。まさに、需要と供給とがうまい具合に成立する、というわけですな、ウヒヒ」
「は、はぁ」
「そうそう、お付けになりたい場合は、あちらのワークコーナーで錠前のペインティング体験もできますから、どうぞお申し付けください、ウヒヒ」
「えー、どうしよっかなぁ」
おじいさんは言葉巧みに僕らを誘導し、シシゾーはわくわくしながらどっちか決めかねている。
「なあイノ、お前はどっちにする? オレはどっちもやるけど」
「そうだなあ……」
と言いかけた僕の視界に、何気なくとある一つの錠前の姿が飛び込んできた。
それは一見、どこにでもありそうなタイプの錠前のように思われたけれど、何かこういぶし銀的なとでも言うのだろうか、内側からにじみ出てくるような時代の重みというか渋みのようなものを感じさせるものだった。
思わず手に取って眺めてみると、見た目よりもずっしりしていて実に頑丈そうだ。感触も妙に心地良い。ほほう、とひとり感心していると、シシゾーがおーい、イノ! と僕の腕を引っ張ってきた。
「見ろよイノ、屋台もあるよ。“錠前バニラモナカ”食べようぜ!」
「あ、ちょっと待ってシシゾー、それ僕も食べたい」
と言いつつ、僕は半ば無意識に鍵の箱をゴソゴソと探り、何にも思わずただ手に触れた鍵を──まるで今家に帰ってきて玄関を開けるみたいな気軽さで──スッと錠前の鍵穴に差し込んだ。
カチャリ。え。入った。開いた。
……え?
「あれ? 外せた?」
「えっ! ってお前、イノ! はぁ!? 一発で当てたのかよ!?」
にわかに大騒ぎしだした僕らに気づき、おじいさんがあわててこちらに近づいてきた。
僕の手の中に納まるヴィンテージっぽい錠前を見た瞬間、おじいさんは目も口もあんぐり開きっぱなしになり、頭を抱えて奇声を上げ始めた。
「ウ、ウヒャヒャヒャァァァ~~~! ウヘエエエエエ! こ、これは、これはこれはなんとなんとまあ……」
「おいおいイノ、これってもしかして、外しちゃいけないヤツだったんじゃね?」
さすがのシシゾーもちょっとおびえた表情で、僕に耳打ちしてきた。
「ええっ、そうなの? どうしようシシゾー」
恐れをなした僕はすっかりあたふたし、シシゾーは一体これはどういう状況だ? とでも言いたげに、叫び続けるおじいさんを見つめていた。そんな僕らの様子に気づいた他のカップルたちが、何事かとひそひそ噂し始めた。
「……ハッ! これは失礼!」
不意に正気に戻ったおじいさんが、叫び過ぎてちょっと息を切らしながら言った。
「アナタ様の外したその錠前は……何を隠そう、この金網に付いている中でもおそらく最高級の逸材なのですよ、ウッヒッヒ!」
「え!?」
僕とシシゾーが同時に驚きの声を上げると、おじいさんはちょっと誇らしげに胸を反らしながらこう言った。
「実はアタシ、錠前作りを生業とする家系の出でしてねえ。先祖は、王族の皆様方へもずいぶん錠前を作って差し上げていたと聞きます。それでアタシも、小さいころから錠前には目がなくてですね、親の背中を見ながら真似して作るうちに、今ではこうなった、というわけですよ、ウヒヒ」
「そうだったんだ! じゃあこの錠前も、おじいさんが作ったんすか?」
シシゾーが、いかにも感心したというように尋ねた。
「ええ、まあ。趣味が高じて、といいますかね。作るのも好きだし、付けるのも外すのも、誰かがそれをしているのを見るのも好きなんでございますよ、ウヒヒ」
「そっかあ!」とシシゾーが、ニコニコしながら言った。
「だからここは、錠前“パラダイス”なんすね!」
「そうなんですよ、ええ、ええ」
とおじいさんも一緒に目を細めていたが、ふと僕の方に向き直ると、急に改まった表情になった。
「それにしても、アナタすごいですね。この錠前、今まで何人もの方がチャレンジしたのですが、誰一人正しい鍵を引き当てることができなかったのですよ。それがまあ──よりによって、たった一度! 一度きりでお当てになってしまわれるとは!」
「は、はは……たぶん、本当に偶然、だと思いますよ」
頭を搔き、ヘラヘラと笑ってごまかした僕だったけれど、おじいさんは思いのほか真剣な表情で言った。
「いいえ。これは、偶然ではないかもしれません。もしや、アナタは……」
そう言いかけて、ハッと首を横に振ったかと思うと、また元の調子に戻って僕らをフードコーナーへといざなった。
「ともかく、今日はお祝いいたしましょう! さあさあ、どうぞこちらへ。今日はこのパラダイスを、心ゆくまでお楽しみくださいね、ウヒヒ」

【錠前パラダイス】 レア度:シメジ級


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