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【イノシチとイモガラ珍百景】 #03 奇跡のコケじゅうたん

「コケ……だな」
「コケ……だね」
その場所にたどり着いた時、シシゾーと僕はまずそれくらいしか言葉が思いつかなかった。
見渡す限り一面の、コケ。今にも滴りそうな朝露が、やわらかな緑を引き立てている。
とある森の中にある“奇跡のコケじゅうたん”と呼ばれる場所。いわゆる「イモガラ珍百景」の一つに数えられる。その名の通り、まるで四角いじゅうたんを敷いたみたいに青々としたコケで覆われた場所だ。

先日、僕の家にある小包が届いた。差出人はカゲヤマさん。「イモガラ珍百景」の提唱者で研究家だ。箱を開けると、中からは何冊もの「イモガラ珍百景」のデータブックが。これらの著書は、全てカゲヤマさんの執筆である。その中の一冊に載っていた、この一面コケまみれの場所に僕らはやってきたわけだけれども。

「なんかさ、イノ」とシシゾーが言った。
「確かにコケがすごいけどさ、ほかには大して何もないな」
「うん。僕もそう思ってた」
それに、ここは森の中なのに、妙に平らなところにしかコケが生えていないのもどこか不自然な気もする。もしかしたら誰かが作り上げたものだろうか。
コケじゅうたんのそばには木の立札が設置されていて、ごていねいに『踏んだらフカフカ! 奇跡のやわらかさ』と書かれている。いいのか、踏んでも。
「あの本では確か、“モヤシ級”にランキングされてるんだっけ?」
「そう。もしかして、キノコにすら及ばない、ってことなのかな?」
モヤシ級、とは、カゲヤマさん独自の判断基準の中でも最も低いランクにあたる。つまり、一般的な風景としては悪くないけれども、珍百景としてはちょっと面白みに欠ける、ということらしい。それより上のランクはどれも、キノコの名前で統一されている。なにしろキノコといえばイモガラ島で一番の名産品であり、一番親しまれている食べ物なのだ。
「なんかそれって、モヤシに失礼だけどな」
とシシゾーは笑った。
「オレんち、昨日の夕飯、モヤシ丼だったし」
僕はシシゾー宅の夕飯をつい想像してみた。彼の家はきょうだいがたくさんいる大家族だから、モヤシもきっと相当たくさんの量が必要だろうな。……まあ、それはとりあえず置いとこう。
「イノ、こっち来てみろよ、フカフカだぜ」
気がつけば、いつの間にかシシゾーが、コケの上をガシガシ歩き回っているではないか。
「あっ、そんなに歩いたらコケが」
いいから来なって、とシシゾーに腕を引っ張られ、よろけるような形で僕はコケのじゅうたんに足を踏み入れた。しまった、踏んでしまった、と思った瞬間、足の裏がふわりと心地良い感触に包まれた。うわあ、と思わず声が出てしまう。
「な? すごいだろ?」
「なるほど、これはすごい」
僕もだんだん調子に乗ってきて、シシゾーと一緒にコケの上をずんずん歩き回った。コケの層は思っていたよりも厚みがあり、まるで降り積もった雪みたいに足がすっぽり入りこんでしまうほどだった。
「わはは、深い深い」
久しぶりに子どもに返ったみたいな気分で、いつになくはしゃいでしまった僕だったが、たまたま足の裏にゴトッと何かがずれるような感触を覚えた。その時は、もしかしたら何か石でも踏んづけちゃったかな、くらいにしか思っていなかったのだけれど。
「あれ? ……イノ、オレなんだか眠くなってきた」
急にシシゾーが大きなあくびをして、その場に寝転がってしまった。
「シシゾー、こんな所で寝ちゃダメだよ」
あわてて僕はシシゾーの体を起こそうとしたのだったが……どういうわけか僕まで、だんだん眠くなってきてしまった。
「シシゾーってば……起きなきゃ……ううん」
そのままやわらかいコケの中に身を預け、僕はいつしか目を閉じていたのだった──

「もしもし、イノシチさん! イノシチさん!」
再び僕が目を開けると、目の前には、先日「伝説のキノコ発見の地」で会った、あの観光客たちの心配そうな顔があった。辺りは既に、暗くなりかけていた。
「むにゃ……あれ?」
ゆっくりと体を起こした時に僕の肩を通り過ぎた風が、さっきよりも冷たさを増していた。
「大丈夫ですか? いやーびっくりしましたよ。たまたまここを通りかかったら、あなたがたが揃ってコケの上で寝ていたんですから」
「えっ、そうなんですか? 奇遇ですね」
まったく、僕ものんきな返答などしてしまったものだ。
「ってシシゾー、起きてよ、起きろってば」
まだいびきをかいていたシシゾーを急いでたたき起こすと、シシゾーはぴょこんと跳ね起きて、ヘックシュン! と盛大なくしゃみをした。
「ああほらほら、風邪をひきますよ」
観光客たちのひとりが上着を脱いで、シシゾーの肩にかけてくれた。
「あ、どうもあざッす。……えっ?」
やっぱりシシゾーもまだねぼけていた。ようやく完全に目が覚めた僕は、コケの上を歩いていただけで眠くなって寝てしまった、と皆に説明した。
「まさか、そんな」と皆信じられない様子だったけれど、頭のどこかでそれを何かに結び付けようとしているのがどことなく伝わってきた。
「不思議なこともあるもんですねえ」と、演劇マニアのひとが言った。
「まあ、そういう不思議なことが起こるのが、この島ならではというか」
「ともかく、もう暗くなってしまったので帰りましょう、イノシチさん。僕らが送っていきますよ」
ほかのひとたちも、彼に続けとばかりにたたみかけてきた。ちょっとばかり押しが強いひとたちなのかもしれない。
「は、はぁ。なんだかすみません」
「イノー、オレお腹へっちゃったぜ、早く帰ろう」
というわけで、僕とシシゾーは、例の観光客さんたちに付き添われながら無事家へと帰ることができたのだった。

その数日後。
夕方、アルバイトに行く支度をしていた時、いつものようにテレビから流れてきたニュースに、僕は思わず耳を疑った。
「では、次のニュースです。イモガラ森の中にある、一部で“奇跡のコケじゅうたん”と呼ばれている場所から驚きの発見がありました。ここには長方形状にコケが密集していますが、なんとそのコケの下には秘密の地下倉庫が存在することが明らかになったのです。この地下倉庫は、遠い昔、イモガラ島にまだ王制が敷かれていた頃の名残と言われており、中には王族が愛用した道具や化粧品、香水などが貯蔵されていると見られます……」

【奇跡のコケじゅうたん】 レア度:モヤシ級(→エリンギ級くらいに格上げしてもいいんじゃない? by イノシチ)

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