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【イノシチとイモガラ珍百景】 #13 イモガラ御殿

「さて、今日のイモガラ珍百景は!」
「ジャーン! イモガラ歴史博物館……の敷地内にある、こちらの建物です!」
「えー、博物館の方じゃないのかよ、イノ」
そうなんです、と僕は少しおどけながらうなずいた。
この日僕らが訪れたのは、キノコ町西部にあるイモガラ歴史博物館。その敷地に足を踏み入れると、本来の博物館の建物よりもなぜか敷地の真ん中あたりに陣取っている謎の建物が真っ先に目に飛び込んでくるのだ。外見はいかにももったいぶった風に華美な装飾が施され、長年の経過による色のくすみや剥げ落ちなどは見られるものの、どうにも高貴そうな印象である。
イモガラ珍百景調査員・カゲヤマさんの記した本にも、この建物に関しては極めて記述が少なく、『イモガラ歴史博物館を訪れた者ならば必ず目にする謎の建物、通称“イモガラ御殿”。詳細については不明。』としか書かれていない。
「何だろな、これ?」
シシゾーが、その小さな建物の周りをぐるっと歩きながら首を傾げた。
「これ、どこにも入り口がないぜ」
なるほど言われてみれば、その建物はどの壁にも窓がなく、鳳凰やら亀やらのおめでたい感じの生き物があちこちに描かれていて、扉らしきものなど見当たらない。
「本当だ、どうやって中に入るんだろう」
僕とシシゾーは、何かそれらしきものがないか探していたが、どういうわけかそのまま鬼ごっこに突入して、僕はシシゾーに追いかけられる羽目になった。
「ちょ、ちょっとなんでこうなるんだよ、シシゾー」
「アハハ、覚悟しろよイノ、すぐに捕まえてやるからな」
ふざけて建物の周りをぐるぐる走り回っていたら、不覚にも僕は地面のちょっとした出っ張りにつまずいてしまった。
「うわっ、と、っと」
「あっ、大丈夫かイノ!」
転んで地面に尻もちをついてしまった僕だったが、シシゾーがふと、僕のつまずいた辺りに目を留めた。
「おい、見てみろよこれ、何かある」
シシゾーがその部分のたちを少しだけ手で取り除いてみると……なんとそこには、地中に埋められたと思しき鎖のようなものが少しだけ外に出ていたではないか。
「えっ、鎖? なんで地面から鎖が?」
立ち上がって建物の壁を背にしながら、服のほこりを払っていた僕だったが、
「ん? ちょっと引っ張ってみるかこれ」
グイッ、と何の気なしにシシゾーが芋掘りの要領で(しかも馬鹿力で)鎖の端を引っ張った次の瞬間──
「う、うわぁ!」
なんと僕の寄りかかっていた壁がグルリと回転し、そのまま僕は壁の中に吸い込まれてしまった!
「うぉ!? イノー!」
そう叫びながらシシゾーはすぐさま後を追って回転した壁からスルッと中に入り込んだ。ウヒョー、カラクリ屋敷! などとはしゃぎながら。
「おーい、大丈夫かぁイノ!」
シシゾーの元気な呼びかけに、僕はすぐ答えることができずにポカンと口を開けたまま部屋の中央を見つめていた。
外見からは想像もつかないほど、そこは広々とした部屋の中だった。あれほど派手に飾り付けられていた壁とはまるで対照的な、がらんとした空間の真ん中に、ぽつんとただ一つ。
「……え? これってもしや……トイレ?」
そう。その部屋の中には、トイレがたった一つ、置かれているだけであった。天井に換気口らしきものは見受けられるものの、窓も扉もない部屋の中に。
「マジで! ウケるわー! これ、使っても水流せねーし手も洗えねーじゃん」
なぜか手を叩いて大喜びしているシシゾーを横目に、僕は一体ここはどういう場所なのだろうかと思いを巡らせていた。
よく見ると、一見トイレの便器と思しきそれは、腰を下ろす部分に何かクッションのようなものがフタのように敷かれている。まるでそこにずっと腰を下ろすのが前提かのように。もしかしたらこれは、本来の目的ではなく別の意味でここに置かれたのではないだろうか?
「ん?」
ふと僕は、部屋の片隅に何かが落ちているのに気がついた。細長く、ちょっと弧を描いたような形状のそれは、どうやらイノシシの牙であるように見受けられた。元は白っぽいと思われるが、長年放置されていたのかずいぶん黒ずんでところどころ形が崩れかけている。どうしてこんなところに牙が、それも片方だけ?
そんなことを考えていたら、突然外がやけに騒がしくなってきた。回転した壁の隙間から覗いてみると、どうやら博物館のスタッフさんたちがこの騒ぎに気づいて走り出てきたようだ。
「なんと!? どうやら、言い伝えは本当だったんですね!」
「まさか、ここに内部への鍵が隠されていたとは」
などと、明らかに興奮気味に語る声がいくつも聞こえてくる。
「もしもーし、中にいらっしゃるお方、我々の声が聞こえますかー?」
いきなり呼ばれて、思わず僕はビクッと肩を震わせた。覗きをしているのがバレたみたいなスリル。
「あ、はい、あのー……なんか知らないけど、中に入れちゃいました」
しまった、いかにも不審者ですと言わんばかりの答え方をしてしまった。
「そうなんすよ、その壁の近くの鎖を引っ張ったら、壁が回転したんすよ! よかったらやってみてくださいよ」
全く悪びれることなく、シシゾーが得意そうに言った。スタッフさんたちはオロオロと戸惑っている様子だったけれど、ひとりが意を決して地面の鎖を引っ張ったらしく、キイィ……と音を立てて壁がまた回転した。そこから皆さんもゾロゾロと中へ入ってきて、部屋の中に足を踏み入れた瞬間次々と驚きの声を上げた。
「なんと……!」
「これが“イモガラ御殿”の真実とは」
「まさか、これが」
そりゃそうだろう。どんなに豪華なお屋敷かと思って入ってみたら、広い部屋の中にトイレが一つ、ポツンとあるだけなのだから。
「すみません。勝手に入ってしまったりして」
僕がスタッフさんたちに頭を下げると、彼らは怒るどころかいえいえ、とにこやかに応じてくれた。
「お恥ずかしいことですが、実は我々もこれまで、この中にどうやって入るのかさっぱりわからなかったのですよ。おかげで、今後この建物に関する研究もはかどることでしょう」
「それならよかったです。けど、どうしてこんな所にトイレが作られたのでしょうか」
「さあ……今のところ、はっきりとはご説明しかねますが、そもそも当博物館自体が、この通称“イモガラ御殿”ありきで建てられていることは確かです」
「と、いいますと?」
「博物館を建築する際、文化財保護の観点から、この建物をあえて残したまま周りを囲むように設計したのです」
なるほど、そんな事情があったのか。ふむふむとうなずきながら、僕はふとあることを思い出し、部屋の隅に目をやった。
「あの、そういえば、あそこに牙らしきものが落ちているんですが」
「牙、ですか?」
スタッフの中の、とりわけ経験が豊富そうな男性が歩み寄り、懐から虫眼鏡を取り出してしばらくの間床に落ちていた牙らしきものを観察していたが、
「ハッ! こ、これは」
突然驚きの声を上げた彼に、周りのスタッフさんたちも何事かと駆け寄ってきた。
「皆、よく見てくれ。これはもしかしたら、例の“付け牙”の片割れではないか?」
「えっ! なんですと!」
にわかにざわめき始めた一同。その横でひそかに僕は、“付け牙”というワードに内心ちょっと動揺していた。なぜならば……何を隠そう、この僕自身“付け牙”を身に着けているからなのだ! 最初に落ちている牙を見つけた時、思わず(え、これ僕が落としたのじゃないよね?)と一瞬思ってしまったし。でもまさか、こんなところで僕が愛用しているみたいな牙を見つけることになるなんて!
「ね、その“付け牙”って何すか?」
さっきから何か言いたくてウズウズしていたシシゾーが、好奇心いっぱいの表情でスタッフに尋ねた。付け牙を熱心に観察していたベテランスタッフさんも、待ってましたとばかりに勢いよく語り始めた。
「ああ、それはですね。今、我々が展示している品の中に、イモガラ島最古の付け牙なるものがありまして。本来、我々イノシシは二つで一対の牙を有しておりますゆえ、展示の付け牙に関しましても対で展示できたらと長年願っていたところなのです。いやはや実に、これは世紀の大発見ですぞ!」
「館長やりましたね! さっそくお祝いだ」
「付け牙バンザイ! わっしょい!」
いつの間にか、床にあった牙は高そうな布の上にうやうやしく捧げられ、皆お祭りのおみこしのごとくそれをわっしょい、わっしょいと高く掲げて大騒ぎし始めた。いやはや、これは一体……

その後しばらくして、僕らは再びイモガラ歴史博物館を訪れることになった。
というのも、先日僕が“イモガラ御殿”で見つけた付け牙が、どうやら博物館で元々展示されていたものと対をなすものだと正式に認められたため、このたび綺麗に修繕されて日の目を見ることになったのだという。は、早っ。
僕とシシゾーが博物館に到着した時にはもう、敷地の外まで行列があふれていた。テレビでも大々的に報道されていたからなぁ。
敷地内の中央に位置する“イモガラ御殿”の前にも、観客が大勢群がっていた。係員さんに案内されてそこへ近づいてみると、新たに解説文の看板が設置されていた。そこにはなんとこう書いてあった!

『古の王室政権時代に建てられたとされる、かつての王族がひそかに愛用した空間。この内部にて、当館展示中の付け牙の片割れが落ちていたのが“賢者”イノシチ氏によって発見され、このたびめでたく完全なる対の形での展示が実現した。』

【イモガラ御殿】 レア度:マツタケ級


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