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【イノシチとイモガラ珍百景】 #02 伝説のキノコ発見の地



僕はイノシチ。居酒屋でアルバイトをしながら、路上で似顔絵描きをしているごく普通のイノシシだ。
自分ではいたって普通のつもりだけど、周りのイノシシたちによれば、僕はかなり個性的らしい。物心ついたときにはすでに、イノシシの皮を身に着けて暮らしていた。それが当たり前だと思っていたら、世間ではどうやら違ったみたいで。
まあ色々あって、最近ではそれも僕の個性の一つだと思えるようになってきたから良しとしよう。それよりも、むしろ僕にとって悩ましいのは、いつからか僕は島の有名人になり、なぜか“賢者”なんてあだ名で呼ばれるようになってしまったことだ。そんなに大したことなど、成し遂げてはいないのに。

そんな僕がこのたび、“イモガラ珍百景”調査員・カゲヤマさんの頼みにより、彼がこれまで地道に調査・発見してきた珍百景をたどっていくことになった。
最初に訪れるのはどこがいいだろう、と考えた時、そういえばこの前カゲヤマさんが、“伝説のキノコ”を珍百景に追加したと話していたっけ、と思い出した。正確に言えば、キノコを発見した場所、のことだけど。
イモガラ山のふもとにある樹海。ここに、かつて僕が親友のシシゾーたちとともに“伝説のキノコ”を発見した場所がある。
このキノコは、特殊な条件でのみ生息し、しかも満月の夜にのみ特別な花を咲かせる。花を咲かせる直前のキノコは、卵のようなものに包まれている。その卵を最初に見つけたのも、しばらく待った後試しにそれを叩いてみた(それがきっかけで卵から花が咲き、キノコが生まれた)のも、何を隠そうこの僕なのだ。この出来事がきっかけで、なんとイモガラ島と隣国ワイル島との国交が正式に認められ、よりによって僕が親善大使に選ばれてしまったのだが、これはまた別のお話。
ここへ来るのは久しぶりだ。現在、ここ自体に何かがあるというわけではなく、いつの間に建てられたのか、「伝説のキノコ発見の地」と仰々しい筆文字で描かれたまだ新しい立札だけが、いかにも誇らしげに立っている。いそいそと僕についてきたシシゾーが、興味津々で立札に見入った。
もとはといえば、このシシゾーがたまたま道に落ちていたキノコをウリ山博士に調べてもらったところ、これが新種のキノコだと判明したことがキッカケだった。だから、決してこれは自分だけの手柄ではないと僕は常々主張しているのだけど、いやいやここは君が、といつも押し切られてしまうのだ。
「見てよこの説明文、『賢者・イノシチ様により発見された』だなんて、大げさにもほどがあるよ」
「アハハ、本当だ! すげえな、イノ」
シシゾーは至ってのんきそうに笑った。お気楽、テキトー、が彼のモットーなのだ。
「笑い事じゃないってば。そもそも、何で僕が賢者だなんて呼ばれるのかわからないよ」
「いいじゃん別に、呼ばれたくても呼んでもらえないひともいるわけだしさ」
そういう問題じゃない、と僕は心の中でシシゾーにツッコミを入れた。
とはいえ、月の灯りに照らされながら、ゆっくりと花が開きそこかしこにキノコが舞い降りる幻想的な風景、あれを見られたのはラッキーだったな。まるで、ファンタジー世界の冒険のクライマックスみたいだったなぁ……
つい回想にひたっていると、森の奥から何やらにぎやかな声がこちらへと近づいてきた。
「ふう、こっちで合ってるのかなあ」
「もうそろそろだと思うんだけど……あっ!」
突然短い叫び声が上がったかと思うと、次の瞬間にはもう、僕とシシゾーの目の前には大きな荷物を抱えた観光客たちが間近に迫ってきていた。
「あの、あなたはもしや……賢者様ではありませんか?」
ひとりが震える声で僕に尋ねると、ほかのメンバーも一緒に荷物を抱えたままひざまずき、僕に向かって熱心に拝み始めた。
「ちょ、ちょっとそんな、やめてください」
あわてふためく僕に構わず、お調子者のシシゾーがこう言い放った。
「すげー、やっぱりお前有名人だな! さっすが賢者だな、イノ!」
ああもう余計なことを、と僕が思うよりも早く、彼らは確信に満ちた表情で目を輝かせながら口々にまくしたててきた。
「まさか、伝説のキノコ発見地でご本人様に会えるなんて!」
「これぞまさに、“イモガラ樹海の奇跡”っすよ!」
「やべー、これめっちゃやべーわ」
いや、いきなり知らないひとに取り囲まれるほうがよっぽどやばいんだけど、と内心おびえながら、僕はつくづくこの罪深いあだ名を呪わずにはいられなかった。
そんなことなど知る由もない目の前の彼らは、本当に心から喜びを分かち合っている様子で、じゃ、さっそく、と手にしていた大きな荷物の中身を出し始めた。なんとそれは、おそらく僕らが実際にこの場所で見つけたのとほぼ等身大と思われる、伝説のキノコを模したハリボテだった。
「あれっ、それもしかして、あのキノコッすか? めっちゃリアルに作られてるんすねー」
決して人見知りしない男・シシゾーが、さっそくそれに食いついた。
「そうなんですよ。これと一緒に、記念写真を撮りたくて来たんです」
観光客のひとりが胸を張って答えると、別のメンバーもそれに応じた。
「実際のキノコは見たことないけど、後日描かれた絵や、こないだの演劇のセットとか研究して、見よう見まねで作ったんです」
演劇とは、僕たちが伝説のキノコを見つけに行った話などが織り交ぜられた、知り合いのシシヤマさんの脚本によるお芝居のことだとすぐ分かった。
「そうそう、コイツ、好き過ぎて “全通”したんすよ」
「ゼンツウ?」
「公演を期間中全部見に行った、ってことじゃないかな」
首をかしげるシシゾーに、僕はさりげなく助け舟を出したつもりだったのだが、自分で言ってからハッと真顔になった。
「ぜ、全通……したんですか」
「ハイ!」と何の迷いもない瞳で彼は嬉しそうに言った。
「ここにいる皆も、少なくとも一回は見に行きましたよ。またいつか、再演してくれないかなあ」
なんということだ、こりゃ筋金入りのファンじゃないか! ますます震え上がる僕とは対照的に、シシゾーは興奮しきりで全身から喜びを爆発させていた。
「良かったなイノ! お前がキノコを見つけたおかげで、皆がこんなに楽しくなれたんだぜ!」
無邪気なシシゾーの言葉に、皆も大いに盛り上がった。
「そうですとも、賢者様には感謝、感謝っすよ」
「せっかくですから、よかったら一緒に撮らせてもらえませんか」
「今、急いでセッティングしますんで」
「は、はあ」
さあさあこちらへ、と促されるがまま、伝説のキノコのハリボテを囲みいかにもそれっぽいポーズを決めて、僕らはフレームに収まった。それから僕とシシゾーが、彼らひとりひとりと一緒に写真を撮り、ついでに僕はハリボテにサインまでさせられ……気がつけばすでに日も暮れかけていた。賢者ファンの皆さんはホクホクした顔で、何度も僕とシシゾーにお礼を言って去っていった。

その日の夜、家に帰ってからもそのひとたちのことばかり頭から離れなくて、
(あれ? 今日は一体、何をしに行ったんだっけ?)
なんてつい考えてしまうほどだった。今度はもうちょっと、その名所のあれこれに想いを馳せることにしよう。

【伝説のキノコ発見の地】 レア度:マツタケ級


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