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【イノシチとイモガラ珍百景】 #05 決戦の土俵跡地

その辺り一帯は、おおむね草ぼうぼうの荒れ果てた広場だった。
「ホントに、この場所で合ってるのかな?」
僕はつい首をかしげてしまった。カゲヤマさんの本によれば、ここで昔王位継承権を決めるため相撲による勝負が行われていた、とあったけれど。
僕らの暮らすイモガラ島は、その昔は王族による政治が行われていたという。その後色々あって、身内同士の争いにより王族は分裂した。例のごとく相撲で決着をつけることになり、勝った者はイモガラ島に残り、敗れた者たちはお隣のワイル島へと追いやられ、過酷な生活を強いられた。
その一方では、一部の王族による独占支配に異を唱える者たちが決起し、ついに王制政治は廃止されて民主主義政治の世の中になった、とのことだ。……って、僕もこの機会にようやくちゃんと勉強し直したんだけどね。
「あっ、見ろよイノ、あそこに何かあるぜ」
シシゾーに言われて、広場の奥まった一か所だけ、きれいに雑草が刈り取られ、盛り土の上に円形の輪のようなものの跡があった。しかしその四方には立ち入り禁止のテープが張られて、中には入れなくなっている。
「もしかして……あれが相撲をやっていた土俵かな?」
ちょうどそのすぐそばには、丁寧に竹ぼうきで地面を掃いている作業服姿の方たちと、一見ジャージ姿だけどなんとなく高そうなブランドっぽい格好の女性が。
「すいませーん、ここって昔、土俵だった場所ッすかね?」
僕より早く、シシゾーが真っ先に話しかけていた。今日こそは自分からちゃんと声をかけようと思っていたのに。
「ええ、おっしゃる通りですよ。こちらがその昔、次の王位を決めるために勝負をしたと言われる土俵の跡地です」
高級そうなジャージ姿の女性が、動じることもなくにこやかに応じた。ビンゴ。
「今ではこのように、かろうじて面影がしのばれる程度でしかございませんが、一時期はこの辺り一帯が記念公園になっておりまして、この土俵でも皆さんがご自由に相撲をとって楽しめたのですよ。ところが、あまりの盛況ぶりに、土俵にヒビが入ってしまいまして。これ以上の利用は危険ということで、立ち入り禁止になってしまったのです」
「へえ、そうなんすね! オレも、ここで相撲とってみたかったな」
「本当に、残念なことでございます」とその女性も言った。彼女の胸元には、「コマチ」と書かれた名札バッジが付けられていた。
「それ以来、この公園に訪れる方もめっきり少なくなってしまい……せっかくいらしてくださったのに、お見苦しくて申し訳ございません」
まるで自分の責任みたいに、その女性──おそらくコマチさんというのだろう──は深々と頭を下げた。作業員さんたちも、同じように頭を下げた。
「あ、いえいえそんな、大丈夫ッすよ」
僕の方が逆に恐縮してアワアワしている一方で、シシゾーは周りをキョロキョロ見回して不思議そうにしていた。
「シシゾー、どうかしたの」
「ああ、いやなんかさ、誰かが見てたような気がしたんだけど、たぶん気のせいだな」
シシゾーがそう言って笑った直後、どこかでかすかに葉っぱがカサカサ鳴るような音がした。何だろう?
「ところで、オレ考えたんすけどね」
とシシゾーが、もうすっかり何事もなかったかのようにコマチさんに言った。
「この公園、もう一度ちゃんときれいにしてさ、復活させません? ここ結構広いからさ、朝ラジオ体操とかするのにいいじゃないッすか! ね?」
コマチさんたちは一瞬ぽかんとした表情になり、お互い顔を見合わせて目配せし合うと、うむ、とうなずいてみせた。
「それはとても良いアイデアです!」と、コマチさんは手を叩いて言った。
「ですが、もっと皆様に親しまれるような場所にするには、どうすれば効果的だと思われますか?」
「うーん、そうだなぁ……イノ、お前はどう思う?」
自分で言い出したくせにシシゾーったら、いきなり僕に振ってくるのやめてくれないかな!
「えっ? そうですね……」
口ごもっていると、突然僕のお腹がグーと鳴り出した。
「あっ、すみません、わざとじゃないです! ……そういえば、もうお昼か。このへんに食堂ってあったっけ」
あわてて謝っているうちに、いつの間にか心の声まで口に出してしまっていた。うわ、恥ずかしすぎる。
「食堂……ハッ!」
コマチさんが短く叫び声を上げ、作業員さんたちも何かに気づいたように目を見開いた。
「それですよ、イノシチさん! 土俵が壊れて入れない上に、ちょっと休憩するための場所もなかったからきっと廃れてしまったのですわ。ええ、そうに決まっていますとも」
え、あの、と僕が弁解する余地もなく、コマチさんは嬉しそうに僕の手を握ってブンブン上下に揺さぶった。予想以上に力が強い。そして勢いが強い。
「あ、それいいッすね! だったら、土俵ドーナツとか出したらどうですかね?」
シシゾーも目を輝かせて話に乗ってきた。
「土俵ドーナツ……いいですね! きっと流行りますよそれ。そうと決まれば、こうしてはいられませんね。イノシチさん、シシゾーさん、今日は貴重なご意見をどうもありがとうございました! さああなたたちも、急ぐわよ」
早口で一気にしゃべり倒したかと思うと、コマチさんは作業員さんたちと一緒にどこかへ走り去っていってしまった。まさに猪突猛進。
「……えっと、僕は別にそういうつもりで言ったんじゃ……」
「アハハ、見たかイノ、あんなに急いで走って行っちゃったぜ! 絵に描いたようなイノシシだな」
いや、それはお前もだよシシゾー、と言いたくなるのをどうにかこらえて、僕はどこかで腹ごしらえできるところはないかと、ひとまずシシゾーを連れてその場所を後にしたのだった。
確かに、せっかくあれだけ広い場所があるのだから、荒れたままにしておくのはもったいないよな、と思いながら。

【決戦の土俵跡地】 レア度:マツタケ級

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