見出し画像

【イノシチとイモガラ珍百景】 #06 外伝・末裔たちのラプソディ(1)

とある高級レストランの特等席にて。
いかにも暮らしぶりの良さそうな三人連れが、高級トリュフ料理を一通り楽しんだ後の一杯をたしなんでいました。いずれも立派な毛並みのイノシシたちです。連れのうちでも一番恰幅の良い男性が、ウェイターを呼び止めてこう言いました。
「君、今夜のおすすめを頼みますよ。ただし、“プリンセス・サトコ”以外でね」
ほらまた始まった、とでも言いたげに、ほかの二人はニヤニヤしながら目配せしました。
「相変わらず徹底してるわね、あなたのイモガラ島びいき」
高級な服装の女性がそう言うと、三人の中で一番カジュアルな服装の男性も言いました。
「でもよ、“プリンセス・サトコ”はイモガラ島産のお酒だろ。それって別に、ギリセーフじゃね?」
「甘いですよ、君。名前がワイル島由来じゃないか。そこは徹底しないと」
と、ウェイターに注文をした男性が反論しました。
「大体ね、先日だって何ですかあれは。よりによって私の敬愛する賢者の目の前でだよ、この私を“コイツ”呼ばわりして」
恰幅の良い男性の言う「先日」とは、“賢者”こと似顔絵描きの青年・イノシチが伝説のキノコを発見した場所へ“聖地巡り”した時のこと。イノシチをモデルにした演劇が旧・王室劇場で上演されると知った時、イノシチが好き過ぎるあまり彼は全上演欠かさず観劇し、そればかりか伝説のキノコのハリボテを自作して実際の発見場所へ行き、一緒に記念写真まで撮ったりしたのです。その時偶然イノシチがやってきたものですから、カジュアルな服装の男性からつい「コイツ、好き過ぎて“全通”してるんすよ」発言が飛び出したのでしょう。
「いいじゃないかよ別に、俺とお前の仲だろう」
「それはそれとして、場をわきまえるべきだという話だよ。実際、イノシチさんだってちょっと引いてたじゃないか、君が乱れた言葉遣いをするから」
たぶんイノシチさんが引いてたのって別の理由なんじゃないかな、と思いつつも、ほかの二人はとりあえず彼の言い分に耳を傾けることにしました。
「いいかい、君たち」
と、ワインを一口飲んでから彼は言いました。
「我々は、自分たちの置かれている立場というものに、もっと敏感でなければならないとは思わないかい? 今の我々が、このように地位を保証されているのも、偉大な先人たちの苦闘の歴史があってこそなのだよ。それをもっと自覚していかないことには、我々の未来も危ういですよ」
「まあ、それもそうよね」と女性が言いました。
「事実、今の世の中においても、私たちは過去のご先祖の功績を認められているから、それ相応の生活ができているのよ。ありがたい恩恵であることは確かね」
「そうだな」とカジュアルな男も後に続きました。
「政治的権力は失われたが、かつての王族の遺跡の管理や王族関連の広報云々、俺たちに任せてもらってるからまあウィン‐ウィンってとこだな。むしろ、これでまたそれらしくあれ、なんて言われるほうが俺には迷惑千万だね。お前だって嫌だろ、そんなんじゃおちおち観劇もできやしないぜ」
「君、いささか話が逸れているのではないかね」恰幅の良い男は、あくまでも冷静でした。
「だからこそ、普段の言動には気をつけるべきだ、と言っているのだよ。我々は常に、民の模範となるような存在でいなければならないんです」
そうそう、言い忘れていました。恰幅の良い男がミチナガ、カジュアルな服装の男がナリヒラ、そして高級な服装の女性がコマチです。旧知の仲である彼らは、ことあるごとにこうやって会合を開き、お互いの近況について語り合ったり次に会う約束をしたりするのです。このレストランはまさに、そんな彼らの行きつけの場所でした。イノシチやシシゾーにとっては、予約を取るのも大変なほど敷居の高いお店です。
「それで? 今日はまだ、本命の話題に入っていないんじゃない?」
ふと思い出したように、コマチがミチナガに尋ねました。
「それですよ、コマチ君。危うく忘れるところだった。そもそも、今日はそのために集まってもらったんです」
また一口ワインを飲んでから、ミチナガは話し始めました。ナリヒラは耳を傾けつつ、ミチナガが一切れ残していたトリュフをこっそり食べてしまいました。幸い、ミチナガには気づかれずに済みました。
「君たちも既に知っているでしょう。あの男が、ついに牙をむき始めたことを」
コマチはゴクリと息を呑み、ナリヒラも口をもぐもぐさせながらうなずきました。
「ナリヒラの知り合いから聞いて、これは危険だと即座に思ったよ私は。まさかイノシチさんにまで接触を図るとは、まったくあの男、一体何を企んでいるのか」
「私も少なからず驚いたわ。よりによって、彼が関わってくるとはね」
と、コマチが言いました。
「以前から私は、彼の言動や書物については疑問を抱いていたんだ。あの判断基準では、せっかくの伝統ある史跡までも“珍”扱いされて一緒くたにされてしまう。私には到底、許せるものではありません。あのような思想の持ち主は、イノシチさんにも悪影響を与えかねない。これは由々しき問題ですよ、君たち」
グラスのワインを飲み干したミチナガが、語気を強めて言いました。
「あー、だからか。最近やけに、お前さんからのお誘いが多いのは。こないだだって、いきなりコケじゅうたんを見に行こうだなんて、やけに不自然だと思ったわ」
トリュフを食べ終えたナリヒラがそう言うと、コマチは知っていたわよ、というようにうなずきました。
「ミチナガ、あなたのことだから、もうとっくに手は打ってあるんでしょ?」
「もちろん」とミチナガは自信ありげにうなずきました。
「彼らには、既に指令を下しています」
「彼らというと……まさか、“花吹雪”が!?」
ナリヒラとコマチが、同時に驚きの声を上げました。ミチナガは満足そうに微笑み、ワインのおかわりをグラスに注ぎながら言いました。
「その通り。“花吹雪”は実に優秀だからね。彼らには、イノシチさんの監視と警護を言い渡してある」
ミチナガの言う“花吹雪”とは、知る人ぞ知る隠密軍団の名称です。この軍団に属する優秀な忍者たちは、実に王族支配の時代からイモガラ島を陰で支えてきた存在なのです。普段は秘境の里で温泉宿を営んだり、さまざまな商売をして生計を立てているので、一般市民にはなかなか気づかれにくいのです。
「なるほど、じゃあとりあえず安心だな」
「安心するのはまだ早い。むしろ、これからが肝心です。あの男に先を越されるわけにはいかないからね」
「そうよ、ナリヒラ。私たちがイノシチさんを守らないと」
三人は顔を見合わせてうなずくと、おのおのワイングラスを力強く掲げました。
「今こそここに誓おう! 我々はイモガラ島の明るい未来のため、賢者イノシチさんをあの男からお守りすると」
「誓います!」
「誓うとも!」

こうしてこの日の夜、ひそかに盟約が結ばれたのでした。“賢者”イノシチの知らないところで。
はたして彼らは一体何者なのか? そして彼らの言う“あの男”とは?


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?