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【イノシチとイモガラ珍百景】 #04 こんにゃくそばの店 カリヤド

「イノー! 今日はどこへ行くんだ?」
頼みもしないのに、この頃シシゾーがしょっちゅう僕を訪ねてくる。僕がイモガラ島のあちこちに存在する「イモガラ珍百景」を巡り歩くことになったから、そのたびにシシゾーもついてくるのだ。
「おはよう、シシゾー。今日は、こんにゃくおじさんのところへ行ってみようと思うんだ」
「こんにゃくおじさん? あのひとも、イモガラ珍百景なのか?」
「違うよ、おじさんじゃなくてあのお店がそうなんだって」
こんにゃくおじさんとは、僕とシシゾーがグルメツアーの途中で大変お世話になった恩人で、イモガラ湖の近くでこんにゃくそば屋兼簡易宿泊所「カリヤド」を営んでいる。何やら島の色々な事情にも通じていそうな感じだけど、基本的にはとても穏やかで気さくなおじさんだ。
「へー、そうなんだ。とりあえず、行こうぜイノ」
興味があるのだかないのだか、適当な返事をしてシシゾーはさっさと歩きだした。その後ろ姿を見ながら僕はちょっと呆れ笑いした。
カリヤドまでは家からそれなりに距離がある。僕は、小走りでシシゾーの後を追った。

イモガラ湖北側の街道は、昔から商売人たちが多く行きかう宿場町として栄えてきた場所だ。この街道沿いに、ヤドカリの巻貝みたいな屋根のお店がある。それが、こんにゃくおじさんの営む「カリヤド」だ。このタイプの建物は「ヤドカリ型住居」と呼ばれ、主に海岸沿いの集落に多く見られる建築様式だけど、このような山沿いの地方に建っているのは珍しいということで「イモガラ珍百景」の一つに加えた、と、カゲヤマさんの著書にあった。
「お、見えてきたぜ、あの屋根。覚えてるよ」
シシゾーが勢いよく走り出したと思ったら、少ししてからピタリと立ち止まった。
「どうしたの、シシゾー」
「おい見ろよイノ、あんなに行列ができてる」
なんと、カリヤドのある場所から数十メートル離れたところまで、何やら行列ができているではないか。
「えっ、何これ」
思わず声が出てしまった。正直なところ、こんなに行列のできるようなお店ではなかったような印象だったから。
しかも、よく見てみると、並んでいるのはどうも女性、それも若い子がやたらと目立つ。皆キャッキャとはしゃいで、妙に楽しそうだ。
「すげえ、いつのまに人気店の仲間入りしたんだよ」
シシゾーもこれには驚きを隠せない様子で、並んでいる女の子たちに興味津々。
「と、とりあえず並んで待とうか」
僕は行列をガン見しているシシゾーを引っ張り、最後尾に回っておとなしく待つことにした。
すぐ前にいる女の子たちの会話が、それとなく聞こえてきてしまう。これでは盗み聞きみたいになっちゃうな、と思いながらも、ひそかな好奇心にはあらがえないものだ。
「そう、だからね、ここが本家本元らしいよ」
「えーそうなんだ!」
「マッツーがこの前食べてたこんにゃく団子も、ここで食べられるんだって」
「マジでー! 絶対注文する」
マッツー? 誰だろうそれ、と僕が思い始めた時にはもう、シシゾーが真っ先にその女の子たちに話しかけていた。
「すいませーん、その“マッツー”って、誰のことなんすか?」
女の子たちは一瞬目を丸くして戸惑ったものの、シシゾーの根っからの人懐っこさにたちまちほだされ始めた。
「え、マッツーのこと、知らないんですか?」
「歌って踊れるイダテンアイドル、ですよ。最近人気の」
「イダテンアイドル……あ! オレ分かった! あれでしょ、『シュッシューっと駆け抜ける~、音速よりも速く~君のハートを撃ち抜くぜ~♪』」
「キャー! それそれ、それですぅ~」
「お兄さん、ちゃんと知ってるじゃん!」
「ヘヘ、名前ド忘れしてたッす」
すごい、いつのまに僕だけ置いてけぼりになってしまっている。
「あっ、イノシチさんじゃないですか! イダテンアイドルのマッツー、イノシチさんは知ってますか?」
突然女の子に話を振られ、僕はうろたえてしまった。
「え、えっと……マッツー?」
「これこれ、このイケメンのことですよ」
そう言って女の子は、持っていたバッグに付いているキーホルダーを見せてくれた。そのキーホルダーには確かに、イケメンの写真がはめ込まれている。あれ? この顔、どこかで見たことあるような……
「今とっても人気なんですよ、マッツー」
「そうなんですか……知らなかったな」
最近では僕もすっかり有名人なので、街中で話しかけられるのは珍しくなくなったけれど、やっぱりいつも少し緊張する。
「最近、マッツーがテレビ番組で、こんにゃく団子が好物だって話していたんです」
「キノコ町の屋台でも売ってたけど、実はこっちが本家だ、って噂を聞いて」
「そうなんすか! オレたち、食べたことあるけどうまいッすよ、超おススメ」
シシゾーのヤツ、もうすっかり昔からの友達みたいに女の子たちと盛り上がっている。少なくとも、これで少しは行列の順番待ちも退屈しないで済んだけれど。それにしても、マッツーなるアイドル、一体何者なんだろう?
雑談に興じているうちに、いつの間にかお店の入り口まで来ていた。僕らの後ろには、まだたくさんの女の子たちが並んでいる。
「いらっしゃい! お待たせ……って、イノシチ君に、シシゾー君じゃないか。よく来てくれたねえ」
額の汗を拭いながら出迎えてくれたのは、カリヤドの主である通称・こんにゃくおじさん。来客の多さに、少々お疲れのようだ。
「こんにちは、お久しぶりです」
「おじさん、大盛況ッすね! オレたちも手伝うッすよ!」
シシゾーが何のためらいもなく、流しで手を洗いおじさんの後について厨房へ入っていった。僕も遅れをとるまいと、あわてて後に続いた。
「すまないねえ。最近急に、お客さんが増えたものでね。おじさんひとりじゃ、なかなかこれはキツいな」
「僕、接客業なので任せてください」
居酒屋での経験を活かし、僕はお客さんの注文伺いを手伝うことにした。シシゾーはというと、砂糖醤油で煮込まれたこんにゃく団子を串に刺す作業に熱中し始めた。
「はいよ、こんにゃく団子いっちょうお待たせ!」
「はいよ、シシゾー」
つられて同じ返事をしてしまった僕に、周りのお客さんたちがクスクス笑った。恥ずかしくて思わず顔が熱くなった、その時。
突然、店内のテレビから大きな歓声が聞こえ、こんなアナウンスが流れてきた。
『さあ、皆さんお待たせしました! 歌って踊れるイダテンアイドル、我らがマッツーの登場です!』
それと同時に、お客さんたちのほとんどが一斉にテレビに釘付けになり、画面の中に負けないくらい大きな歓声がそこかしこで上がった。
「キャー! マッツー!」
「かっこいいー!」
うわ、何だこれは。この子たち、皆マッツーのファンだったのか! と、内心おののきながら僕もテレビに目を向けると……
『イエーイ! 皆、元気してるか? イダテンアイドル、マッツーでーす!』
なんとそこに映っていたのは、以前僕に面と向かって、「君まるでイノシシじゃないみたいだよね!」と言い放ったイケメンだったのだ。あれは実にショックな言葉だったなあ……ちなみにその時彼は、僕の憧れの女の子・カリンちゃんと一緒だったっけ。その後しばらくして別れた、と言っていたけど。まさか彼が、よりによってアイドルになっていたとは!
「おじさん、こんなに繁盛してるの、マッツー効果だったんすね!」
シシゾーも厨房から出てきて、こんにゃくそばをゆでているおじさんの方を振り返って言った。
「ああ、まあそんなところだね。いやはや、人生何があるかわからないやね」
おじさんはそう応じると、自らこんにゃくそばを盛り付けお客さんの席に届けつつ、何気なくテレビに目をやった。
『俺も色々しくじったりしたけど、おかげでこんな風にデビューできました! 皆、ありがとな!』
湯気の立つこんにゃく団子の串を手にしたマッツーがカメラにウインクしてみせると、テレビの中でも外でも、また黄色い歓声が上がった。
それを見たおじさんは、眉間にしわを寄せながら厨房に戻っていき、お客さんに聞こえないようにぼそっとこう呟いた。
「ふん、まったく、あんな派手な衣装なんか着やがって……」
そう毒づきながらも、おじさんの眼差しはどこか安心したような、嬉しそうな感じにさえ見えた。

その時突然、僕は思い出した。僕とシシゾーが初めてこのお店に来た時も、おじさんの手伝いで一緒にモミジ村へ行った時も、数年前に家を出て行った息子のことを気にかけては寂しそうな顔をしていたおじさんのことを。

「シシゾー、ちょっと」
僕はシシゾーにコソッと耳打ちした。
「もしかしてマッツーって……こんにゃくおじさんの息子なんじゃね?」
「え!? そうなの?」
「なんか、そんな気がする」
「すげえ! オレ、ちょっとおじさんに聞いてみるわ」
今にも走り出しそうなシシゾーを、ちょ、待って、とあわてて僕は引き留めた。
「僕らからは言わないでおこうよ、シシゾー。おじさんが、話してくれるまで待とう」
最初はやや釈然としない様子のシシゾーだったけど、こんにゃくおじさんが複雑そうな顔をしながらもちょっと笑っているのを見て、うーん、まあいいか、と納得した。
テレビからは相変わらず、マッツーの元気な声と、観客の黄色い声援が響いていた。
『そうそう、この前番組で紹介したこんにゃく団子が、おかげさまで大人気らしいんすよね! こんにゃくはヘルシーで美容にもいいから、皆も食べてくれよな!』

【こんにゃくそばの店 カリヤド】 レア度:シメジ級

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