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【イノシチとイモガラ珍百景】 #11 イノガタ・シシノシン像

結局のところ、この前の“尾行されてるかも”疑惑についてはどうなったのかというと……
あれから僕は、お世話になっているイノガタ巡査に相談したりして、それとなく警戒しつつ日々を過ごしていたけれども、イノガタさんいわく、どうやら怪しい者が近くをウロウロしているという確かな証拠は得られず、ひとまずは大丈夫だろうという結論に落ち着いた。
「とはいえ、市民を守るのが我々の務めだからね。困ったことがあったら、いつでも相談するんだぞ」
真面目で責任感の強いイノガタさんは、そう言ってビシッと敬礼ポーズをとってみせた。僕は丁重にお礼を言い、そこから僕とシシゾーが訪ね歩いている“イモガラ珍百景”の話題へと移っていった。
「改めて行ってみると、知っていたつもりの場所にも新たな発見があったりするものですね」
と僕は、ちょっとカッコつけて言った。
「確かにそうだね。私も毎日、町中をパトロールして回っているが、昨日までつぼみだった花が翌日綺麗に咲いていたりして、実に心が和むものだよ」
イノガタさんのいかにも町のお巡りさんらしい言葉に、僕もつられて心が和むのを感じていた。正直、例えは少し違うかもしれないけど。
「ところで、私は最近気になる噂をたびたび耳にするんだ。もしかしたら、イノシチはもう知っているかな?」
「えっ、どんな噂ですか?」
「それがね」とイノガタさんは、少しだけ声のボリュームを落として言った。
「実は、その噂というのは、私の祖父に関するものでね……正確に言えば、祖父を讃えるために作られた銅像、なのだが」
なるほどここはキノコ町の交番だし、これはひそひそ声にもなるわけだ。イノガタさんは公私混同を極端に嫌い、いとこのシシヤマさんさえも公の場では名字で呼ぶほどだから(ちなみに、シシヤマさんのフルネームは“シシヤマテルオ”である)。
「私とシシヤマの祖父、イノガタ・シシノシンの像のことはもう知っているね? 彼は事業をいくつも興したり、イノシチの育った“イノハウス”を創設したりと、このイモガラ島の発展を語る上では欠かせない存在だ。その祖父の銅像が、ある時期から見るたびにその姿を微妙に変えている、というんだよ」
「姿を変える、ですって? あのカチカチの銅像が?」
「普通ならそう思うだろう? ところがどっこい、なんと目撃証言のみならず、証拠の写真まで存在するらしいんだよ!」
僕の言葉が若干ツボったのか、少し吹き出しそうになりながらイノガタさんは言った。
「あるひとが見た時は帽子をかぶっていたのが、別のひとが見た時にはかぶっていなかったり、またある時には銅像の持っているステッキが上下逆になっていたりするそうだよ」
「アハハ、まさかそんな」
と笑いつつも、これはちょっと調べてみる価値がありそうだな、と僕は思ったのであった。

「で、そのイノガタのじいちゃんの像を見に行くってわけか」
いつものようにシシゾーが、僕に同行することになった。
「そ。まあ割と近所だし、さして珍しくもないんだけどね」
我ながらちょっと失礼かな、と言ってから気づいてしまった。イノガタ・シシノシンさんは、身寄りのない僕を拾って育ててくれた大恩人だというのに。ちなみに彼は、銅像になったといってもいまだ健在で、イモガラ島の南にある島で村長に選ばれ大忙しの日々を送っているらしい。本人としては、悠々自適の生活を求めて行ったらしいんだけど。
「確かにさ、あんまり近所にあり過ぎて、大して気にすることもないよな」
「だろ? だからなんかちょっと、逆に新鮮かもね」
などと話しているうちに、もう目的地の前に着いてしまった。たっぷりとした上着に立派なひげをたくわえた、大柄なイノシシの銅像がそこには建っていた。
「うーん、見た感じは別に普通、だけどな」
「イノ、これも例の珍百景ってヤツなのか?」
「ハッ、そういえば。でかしたシシゾー」
シシゾーの言葉でふと思い出し、僕はあわててカゲヤマさんの著書を取り出した(この頃では、常日頃持ち歩くようにしていた)。シリーズで何冊も刊行されているうちの一冊に、確かにこの銅像のことも紹介されていたのだ。
カゲヤマさんいわく、『訪れるたびに異なる印象を受けるのが魅力的』とある。該当するページの写真を見つけた瞬間、僕は直感的にある違和感を覚えた。
「……あれっ?」
そのページに載っていた写真は確かに目の前の銅像だったけれども……何かが、どこかが、微妙に違うような気がしたのだ。
「シシゾー、ほら見てよ。このページと、どこか違う気がしないか?」
僕はシシゾーにも、その本のページと銅像とを見比べてもらった。シシゾーはしばらく両者を代わりばんこに見つめていたけれど、むー……と唸り声を上げた。
「……えー? わっかんねー……どこが違うのかさっぱりわかんねー! イノ任せた!」
僕ももう一度改めて、本の写真と実物とを見比べてみた。かぶっている帽子にも、手にしている高価そうなステッキも、別段何の変化もなさそうだ。上着のボタンも、はち切れそうなギリギリのところで留められている位置が共通している。じゃあ一体、どこに僕は違和感を……?
「ん……長い……?」
ふと僕はあることに気づいた。銅像のイノガタさんが持っているステッキの上部が、立派に伸びたひげの先端によりほんの少しだけ隠れている。それに対して、カゲヤマさんが訪れて撮影した当時の写真では……ステッキの上部が完全に見えているではないか!
「あ! ひげが少しだけ長いんだこれ!」
思わず興奮して大声を出してしまい、周りにいたひとたちが一斉に振り返った。うわ、恥ずかしい。
「うわ、マジかこれ! わっかりづれー!」
ようやくそれに気づいたシシゾーが、腹を抱えて大笑いした。ゆえにますます僕らは、周りから注目の的となってしまったのであるが……
「こんなの普通気づかないよ! 何これ!」
「やべー、これマジで怪奇現象だろ! こんなカチカチの銅像がさ!」
天下の偉人の銅像を前にして、軽率ではなはだ失礼な僕らはしばらく笑いが止まらなかったが、やがてそれもようやく落ち着いてきた頃ふと我に返った。
「……いや、普通ありえなくね?」
既に笑顔の消えたシシゾーが、僕の顔色をうかがうように言った。
「……だよね? なんでこんなことが起こってるわけ?」
僕に至ってはもはや、多分少し顔色も悪くなっていたかもしれない。
「しかも別の目撃談では、帽子が消えたりステッキが逆だったりもしたらしいよ」
「はぁ!? マジで、嘘だろ」
お互い再確認しているうちにどんどん怖くなってきてしまい、この場に長居するのも不安になってきた僕らは早々に退散することを決めたのだった。
「と、とりあえずオレ、当分の間このへん通らねーから! お前も気をつけろよ、イノ」
「う、うんそうする」
うわあ、怖い怖い。よく女の子の人形の髪が自然に伸びるなんて怪奇現象を耳にするけれども、まさか銅像でそれが起こるだなんて想像もしなかったよ!

【イノガタ・シシノシン像】 レア度:エリンギ級


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