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【INOSHIRU記事紹介第4弾】

『COVID-19パンデミック中のオックスフォード大学臨床留学体験記』

一問一答コーナー

名前:寺島里佳 (Rika Terashima)
所属大学・学年:群馬大学 6年
留学先の国:英国
留学先の大学(機関):University of Oxford
留学の期間:2020年3月2日~3月16日
留学の目的:臨床
留学の費用(概算):約30万円- JMEFからの補助金15万円= 約15万円
-学費:0円
-家賃:11万円
-生活費:約5万円
-渡航準備(保険、航空券、Apartmentのdepositなど):20万円
プログラム(仲介してくれた機関/人):日本医学教育振興財団 JMEF
利用した奨学金:日本医学教育振興財団 JMEF
VISA:Short term study visa
保険:クレジットカード付帯の東京海上日動海外保険
留学中の住まい:ホテルと学生寮

【プロフィール】
4歳から12歳までの約8年間を米国・カリフォルニア州で過ごした後、日本へ帰国し、現在は群馬大学医学部医学科6年生です。
幼少期を米国で過ごしたおかげで英語は得意です。
将来は国際的に活躍する内科医になりたいと思っております。

【サマリー】
日本医学教育振興財団(JMEF)の「英国大学医学部における臨床実習のための短期留学」というプログラム
4週間 (私の場合はCOVID-19で2週間で切り上げになりました)
補助金15万円あり
英国内での大学の割り振りはほぼiELTSの成績順 (University of Oxfordは毎年大体iELTS 8.5以上)
診療科の希望は出せるが、希望が通るとは限らない

Q1. 留学中にカリキュラムで学んだことについて

Department of Cardiologyについて

私はUniversity of Oxfordの最大の関連病院であるJohn Radcliffe HospitalのOxford Heart CentreでDepartment of Cardiology循環器科の実習をさせていただきました。初日はCardiologyの先生にOxford Heart Centreの案内をしていただき、Departmentの各部署で毎日行われている活動のスケジュールをもらいましたが、次の日からは自由に好きなところに行っていいと言われました。場所別にはclinic, cath labs (カテ室), wards (病棟), imaging (画像検査) が毎日行われていて、Cardiology内ではintervention (カテ)、Electrophysiology (EP; 電気生理)、Structural (構造的心疾患)のsub-groupに分かれています。

英国の医師は卒後の2年間はFoundation doctor(日本で言う研修医)として複数の診療科でトレーニングを受けます。その後、specialty registrar (日本では後期研修医)として特定診療科でトレーニングを受けてからconsultant (専門医)になれます。病棟を管理しているのは主にregistrarで、クリニックを持っているのはconsultantのみでした。Consultantはcardiologyの中でも不整脈や肺高血圧症などさらにsub-specialtyを持っていて、専門外来を担当していました。

Clinicでは、General/intervention、arrhythmia(不整脈)、Adult Congenital Heart Disease (ACHD; 成人先天性心疾患)、Pulmonary hypertension (肺高血圧症)、Heart Failure (心不全)、Inherited Cardiac Conditions (遺伝性心疾患)、Structural (構造的心疾患)などと、全てが専門外来に別れていました。カテ室では、Interventionグループではcoronary angiographyやPCI, EPグループではSVT ablation, AF ablation, pacemakerやICD留置、StructuralグループではTAVI, Mitraclip, PFO closureなどが見学できます。毎週木曜日には昼食付きのCardiology Journal clubが開催されました。

Department of Cardiologyは非常に大きなdepartmentで、実習も自由なため、最初はどのように行動すれば良いのかわからずに迷いました。しかし、このままでは何も学ばずに帰ることになってしまうと危機感を感じて、どういうことを学びたいのかをアピールし、積極的に行動するように意識しました。私はpulmonary hypertensionやstructuralに特に興味があったので、そのチームの先生を捕まえて話をしてclinicに入れてもらったり、回診に参加させてもらったりしました。また、Cardiologyは専門性の高い領域なので、ディスカッションに求められる知識レベルが私の学生レベルよりも遥かに高かったです。自分がいかにcardiologyについて無知なのかを痛感し、勧めていただいたCardiologyのtextbookを用いて、実習後は病院内にあるCairns libraryでcardiologyの勉強をしました。今もまだまだ未熟ですが、実習初日と比べて、実習が中止になった2週間後にはcardiologyに対する知識は明らかに増えていました。世界トップレベルの大学で学ぶ意義と、優秀な人と切磋琢磨することの重要性を改めて感じました。

ーCardiology以外のアクティビティ

Department of Cardiology以外のアクティビティとしては、不定期で内科系と外科系のMedical Grand Roundsが開催されて、掲示板に開催日時とテーマが発表されました。また、Oxfordの1st year clinical student (つまり学部4年生)向けに開催されているClinical SkillsとSimulationの授業にelectiveの学生も参加することができました。こちらはDr. Elize Richardsが担当しており、年間スケジュールのexcelファイルをもらうことができ、いつでも飛び入り参加ができます。Clinical skillsではルート確保、ECG、などその日のテーマに沿って手技を学ぶことができます。私が特におすすめしたいのが、Simulationのクラスです。学生が数人ずつのグループを作り、simulationの人形に対して初期対応を行います。グループ内でリーダー、カルテ係、手技係、などと役割分担をします。Simulation人形は刻々とvital変化するため、リーダーはsimulation人形に声をかけて病歴聴取を取りながらvital変化をチームに伝え、カルテ係はカルテ入力や検査・薬のオーダーを行います。外回りの手技係は薬の静脈投与や検査の提出を行います。Simulationは非常によくできており、カルテ上で検査や薬をオーダーしなければ実行することができず、採血やルート確保に必要な道具や薬は別の部屋にあり、自分たちで取りに行き、検査してほしいものをそこへ提出しなければなりません。先生方はsimulationの隣の部屋からガラス越しにsimulationの部屋の中が見えるようになっていて、Simulation人形の声は隣の部屋から先生がマイクを通じて受け答えしています。Simulationは動画で撮っていて、別の待機室で他グループの学生が見ています。Simulationが終了後、動画を見ながらどこが良かったのか、悪かったのかを先生と学生でディスカッションをします。私はこのsimulationに非常に感心しました。例えば、血液がちゃんと採取されておらず血ガスが測れないなど実際の現場でも起きそうなリアルなミスが起きることや、急激にvital変化に対していかに冷静にかつ素早く対応できるのかが試されていることから、学生は実践力がつくと感じました。

Q2. カリキュラム以外の、留学先ならではの現地での生活について

 Oxfordは街並みもきれいで、治安もよかったです。University of Oxfordは現在39個のcollegeで構成されており、街中を散歩すると次から次へとcollegeが出てきます。

 実習中はUniversity of OxfordのSt. Hilda’s Collegeの学生寮に泊まらせてもらうことになりました。私が割り当てられた学生寮は大学院生用の一軒家 (6人暮らし)で自分のbedroom以外はすべて共有だったので、宿泊先の大学院生と仲良くなり、夜な夜な語りあったのがとても楽しかったです。立地はCowley Roadという世界中の料理が食べられるレストラン街にあったので、食べ物のクオリティが高くて充実していました。St. Hilda’s Collegeの図書館を使用できるようなvisitor’s passをもらうことができ、collegeの図書館で勉強し、学生や教職員用のdining hallで安く夜ご飯を食べることができました。宿泊先から病院まではバスで15~20分程度でした。

 University of Oxfordには様々な国の医学生が臨床留学に参加しています。私たちは同じUniversity of Oxfordのelective programに参加しているため、”elective student”と呼ばれます。Elective studentはみんなそれぞれ割り当てられたcollegeの学生寮に泊まっており、実習後は一緒に飲みに行ったり、週末旅行したりしました。OxfordはLondonまでバスで2時間程度なので、Londonに遊びに行ったりもしました。

Q3. なぜその場所(国・大学)、その期間を選んだか

-場所について
 私は将来は国際的に活躍する内科医になりたいと考えております。留学先としては米国もしくはヨーロッパを考えましたが、米国へは野口医学財団のプログラムでThomas Jefferson Universityへ留学させていただき、他の場所が見てみたいと思いました。JMEFのプログラムはアラムナイとの繋がりもできて、歴史があるため、参加したいと考えました。また、英国への臨床留学は英語のため、言語の壁もなく、学びが多いと考えました。
 英国の臨床留学で学びたいことは3つありました。1つ目は、イギリス式医学教育のもとで患者さんとの信頼関係構築を強く重視した診療制度を経験することです。2つ目は、イギリスの医療制度National Health Service (NHS)が実際にどのように機能しているのか、そこから日本が学べることは何なのかを考えることです。3つ目は、世界中から集まる優秀なelectiveの医学部生と切磋琢磨し、そのネットワークを将来に活かすことです。
 英国内のどの医学部にも他国の学生が勉強に来ていると思いますが、University of Oxfordはelective programという同じプログラムの参加者として他国の医学部生と切磋琢磨することができるため、距離が近く、仲良くなりやすいです。University of Oxfordは現在、世界医学部ランキングで1位を取得しており、世界一のところで勉強してみたいという思いと、elective studentと交流したいという思いから、私は英国内でもUniversity of Oxfordに行くことにこだわりました。

-期間について
期間についてはJMEF側から指定されます。幸いなことに、大学のカリキュラムは5年生後期からは選択ポリクリになっており、実習期間が選べます。Oxfordに行く時期には日本国内の実習は入れないことで問題なく留学できました。また、Oxfordでの4週間は選択ポリクリの単位にもなりました。

Q4. 留学に至るまでの準備について

事務的な話
iELTS受験
校内選考応募
JMEF書類応募
JMEF面接
University of Oxford応募
UK short term study visaへのapply
事務的な手続きが本当に大変でした。特にvisaの申請のために戸籍謄本の取り寄せや専門翻訳会社への翻訳依頼など、手間がかかりました。

勉強に関する準備
同じプログラムに参加する大学の同期がいたので、彼と一緒に毎日Step 2 CSのCaseを2個ずつ、医師役と患者役で実習後に練習しました。Step 2 CSのPractice Caseはすべて一周することができたので、自信に繋がりました。

Q5. 準備、留学中の両方について、「こうしておけばよかった」と思う反省点と、自分なりに工夫してよかった点

 もともと私はUniversity of OxfordのAcute General Medicine (急性期総合内科: AGM) に希望を出すつもりで、AGMではファーストタッチを学生にやらせてくれることも多いと聞いていたために、Step 2 CSを用いた勉強をしていました。しかし、残念なことに、AGMは私が留学する期間中は留学生を受け入れていないと言われ、循環器科に興味があるためDepartment of Cardiologyに希望を出しました。Cardiologyでは専門的な内容が多く、ファーストタッチを学生が行うわけではないので、Step 2 CSを勉強するよりも、英語のCardiology textbookを読んだりしたほうが役に立っただろうなと感じた。

Q6. 留学していた場所について

University of Oxfordの医学部は現在世界医学部ランキングで1位です。John Radcliffe HospitalはUniversity of Oxfordの最大の関連病院であり、Oxford地区の高度先進医療を担っているacademic hospitalです。Oxford Heart CentreはJohn Radcliffe Hospitalの中にあり、循環器内科・循環器外科の合同の循環器専門センターです。

Q7. 留学中どのような人とかかわったか

 Department of Cardiologyの先生方、University of Oxford現地の医学生、同じ寮のUniversity of Oxfordの大学院生、他国から参加したelective studentとかかわりました。

 Department of Cardiologyの先生方には病棟や外来で多くのことを教わり、大変お世話になりました。Cardiologyの専門的な知識が全くない私にも丁寧に教えてくださり、COVID-19が大変なことになってきたときにはちゃんと帰れるのかなど細かいところまでご心配いただきました。

 University of Oxford現地の医学生とも数人仲良くなることができ、何度か一緒に飲みに行きました。この飲み会で現地の医学生に教えてもらった英国の大学受験事情、医学教育事情、NHSの仕組みなどはどんな記事を読むよりも勉強になりました。

 同じ寮の大学院生5人とも仲良くなりました。隣の部屋には数学者が、下の階には美術史専攻、上の階には脳科学者が住んでいて、国籍も研究内容も多様で話していて本当に面白かったです。このように世界中から一流を目指している若者が集まり、同じ空間にいるという状況が私にとっては刺激的で、自分も頑張らなければならないと改めて感じました。

 最後に、同じプログラムのelective studentととても仲良くなりました。このelective studentとの絆が私にとっては生涯忘れないものとなりました。実習が開始したときは参加できるセミナーの情報交換し、一緒に飲みに行き、週末は一緒に旅行したりしました。そして、COVID-19の影響でelective programの存続が危ぶまれたときはお互い情報交換し、励まし合いました。留学プログラムが急遽中止になったときに、他国のelective studentとこれからどうするのか、いつ帰国するのかという話になりました。そのときに、他国の医学生が、「自分の国も大変なことになってきたからそろそろ帰らなければならない。」と言い出しました。「大変なことになっているならば帰らない方がいいのでは?」と私が言ったら、「人手不足で学生の手も必要になってくると思う。手伝わなければならない。」と彼らは言いました。私はこの返事にとても驚きました。自分は医療現場ではきっと使えないだろうと無意識のうちに思っており、自分も手伝わなければという考え方に至らなかったことを恥ずかしく感じました。自分の国の医療を担っているという責任感を持った意識の高い他国の医学生とは話しているだけでも、はっと気付かされることが多々あり、自分も医療に従事するものとしての自覚と責任を養わなければという思いにさせられました。

Q8. 英語の能力はどう変化したか

元々英語は得意なので、大きな変化はないですが、ブリティッシュイングリッシュのリスニングが少し向上したかもしれません。

Q9. 留学のメリット/デメリットについて

-得たもの
英国の医療現場を内部から観察することで、英国の医療制度、NHSについて非常に勉強になりました。また、英国の医師の働き方を見ることができたのは良かったです。英国では日本と比べてwork-life balanceが取れていて、循環器内科医でもしっかり寝て、休暇も取れてという状況でした。
最後に、COVID-19の影響は大きく、私は英国に押し寄せてくるCOVID-19の勢いとそれに伴い目まぐるしい速さで対応を強いられる英国の医療現場を目の当たりにすることになりました。当初想像していた留学とはかなり異なるものになりましたが、この貴重な経験によって、考えさせられることはたくさんあり、私自身の成長にも繋がりました。

-失ったもの
日本語での勉強、国試勉強は全く進まなかったです。また、循環器に付いていくだけでも必死で、循環器以外の勉強は何もできなかったです。

-得られなかったもの
 John Radcliffe Hospitalは高度先進医療を提供する病院であり、このような病院は英国内でも数えられる数しか存在しません。そのため、英国の医療のほんの一部しか実際には見ることはできません。John Radcliffe Hospitalは日本の大学病院と似ており、診療科は臓器別であり、最初は英国の医療と日本の医療は同じなのかと思ってしまいました。実際に英国の医療制度の面白いところは、primary careに力を入れていることであり、多くの病院がprimary careやsecondary careのGPクリニックや病院です (英国NHSの仕組みについては詳しく最後に書いてあります)。

Q10. 現地で苦労した話について

 とにかくCOVID-19で苦労しました。渡航前は英国でのCOVID-19の症例数は非常に少なく、日本の方が症例数が多かったです。渡航2週間前に、英国政府が新たな規制を発表し、内容としては「COVID-19の影響を受けて、アジア諸国から入国する医療関係者は14日間以上医療現場から離れなければ英国の医療現場に出てはならない」というものでした。私は急遽日本で行っていた実習をキャンセルし、入国制限などを恐れて飛行機を取り直して早めに英国へ渡航することにしました。医療現場から離れ、かつ英国に早めに入国するということをUniversity of Oxfordのprogram directorに伝えて、実習の継続を交渉しました。実習が始まるまではロンドンのホテルに滞在し、実習開始ちょっと前にOxfordに移動し、何とか無事実習が始められました。

 ところが、実習中に英国での COVID-19の件数が爆増しました。University of Oxfordのcollegeが閉鎖され、Personal Protective Equipment (PPE)を無駄使いできないという理由で外科系の診療科で実習をしていたelective studentはtheatre (オペ室)立ち入り禁止になりました。COVID-19のためにベッドを空けなければならないということで、Cardiology病棟の入院患者は減らされ続けました。Cardiac and Thoracic Care Unit (CCTU)では人工呼吸器が使えるため、空けなければならないということで、循環器外科を含めた術後ICU管理が必要な手術は緊急手術以外すべて延期にされました。

 Elective programの3週目の月曜日にはOxford現地医学生の実習も中止になっており、その日の午後にelective学生の実習も中止になるという連絡が来ました。病院に一番近い寮であるIvy Lane Flatsに泊まっていた他のelective学生は、Ivy Lane FlatsをCOVID-19に対応するNHS職員の宿として利用するため、早急に宿を出るようにと追い出されてしまいました。私達elective studentは急いで自国へ帰国しました。

 COVID-19に振り回され、飛行機を取り直した回数は4回、最終的に私が日本に到着したのは日本が英国に対する入国制限を開始する前日でした。

Q11. 留学について意識し始めた時期とそのきっかけ

JMEFの英国大学臨床留学プログラムへは毎年群馬大学から参加者が出ていて、過去参加者である知り合いの大学の先輩から応募プロセスについて教えていただいてたので、3年生ぐらいのときから存在は知っていました。特に群馬大学のように、大学の提携として米国やヨーロッパなどの先進国へ臨床留学することが難しい地方国立大学の医学生にとっては良いプログラムだと思います。

Q12. 留学後の展望について

 まだ具体的に将来のビジョンが描けているわけではないですが、将来は国際的に活躍する内科医になりたいという点は変わらないです。英国のNHSは実はかなりの人手不足で海外医学部出身の医師も多く、米国よりも入りやすいそうです。いつか英国へ臨床留学や研究留学、MPHなどのMasterを取りに行くのもありだと思いました。

Q13. 最後に一言(後輩へのメッセージなど)

 今回、私はCOVID-19で留学のスケジュールが刻々と変更になり、非常に苦労しましたが、COVID-19の中で変化していく英国の医療現場を見ることができて、感染症、公衆衛生、国策について色々考えさせられました。留学には予想しないような困難がつきものですが、それを乗り越えて強くなっていくと思うので、是非みなさんも自分のcomfort zoneを出ていろんなことに挑戦してみてください。

Q14. その他、言い残したことがあればどうぞ

 今回の実習で私はNHSとその仕組について学ぶことができました。NHSについては実習前に少し予習して知っているつもりでしたが、実際にNHSの職員として内部から英国の医療制度を観察することによって学んだことは大きかったので、皆さんにシェアさせていただきます。

National Health Service (NHS)は英国の国営医療保険制度であり、英国の医療のほぼすべてを統括しています。日本にも国民皆保険制度がありますが、それぞれの個人経営のクリニックや民間企業に病院の運営を任せています。NHSは医療保険だけに留まらず、NHSが医学教育の費用を捻出して医療従事者を産出し、NHSが病院を運営して、全国民の医療費もNHSが賄っています。この途切れない医療制度が強みを発揮するところがいくつかありました。

i) 全国どこでも質の高い医療
 NHSのprovider (医療提供者)はprimary care (一次ケア), secondary care (二次ケア), tertiary care (三次ケア)に別けられています。Primary careは主にGeneral Practitioner (GP)で構成されており、secondary careはDistrict General Hospital (DGH)のことを指し、その地区の市中病院のような存在です。最後に、tertiary careはJohn Radcliffe Hospitalのような大学附属のacademic hospitalのことであり、tertiary careでは脳外科手術や移植手術など専門性の高い処置や手術を受けることもできます。NHSの管理によって、primary care, secondary care, tertiary careは提供している医療のレベルに重複が少なく、患者さんは緊急疾患でない限り、primaryからsecondaryからtertiaryと順番に高度医療へと移動してきます。また同時にtertiaryでやるべきことが済んだらsecondaryに降ろして、tertiaryに患者さんが溜まらないようになっています。私が実習したJohn Radcliffe Hospitalはtertiary careであり、GPが患者さんの全身状態を把握してくれているため、心臓以外のお薬調整など細かいことは気にする必要がなかったです。長期入院も少なかったため、英国のcardiologistのワークライフバランスは日本よりも高いと感じました。NHSは全国なるべく均等にprimary, secondary, tertiary careを配置していて、一つの地区のprimary, secondary, tertiary careの複数医療機関を束ねて”trust”という関連病院組合を構成しています。患者さんは基本的に自分の住んでいる地区のtrustの中ですべての医療が完結し、例えばLondonの患者さんがOxfordで医療を受けるなどということは基本的に起きないです。英国医学部出身の医師は卒後、優秀な人が全国に散らばるようなシステムになっており、どこのtrustにも優秀な先生が配属されており、同じsecondary careや同じtertiary careを比較したときにできる医療行為や医療の質は全国共通です。そのため、日本のようなブランド病院という概念もなかったです。NHSが一括管理しているからこそ、実践できるシステムだと感じました。

ii) 膨大な患者データ
 NHSのような一括管理システムの利点は英国全土の患者さんのデータを集約するポテンシャルがあることです。UK biobankは2006年に開始された非営利のデータバンクであり、患者さんの病気、全身状態、遺伝情報、環境因子 (ライフスタイル、薬など)のデータを保存し、特定の疾患と関連のある因子があるのかなど、研究できるようにしました。NHSのように医療をすべてカバーし、途切れのないデータ管理を行うことができると、膨大なデータが集まり、そのデータを研究することでさらなる医療の質の向上に繋がりました。

また、同じtrust内では複数医療機関に受診している患者さんのカルテを共有して見ることができるようになっています。Oxfordにいる間に参加したMedical Grand RoundsではEmergency Department (ED; 救急部)がどのようにして”big data”を解析して診療に活かしているのか、というテーマの講演を聞くことができました。EDに送られてくる患者さんはどこから来て、どのくらいの時間をかけてどの診療科を通っていき、最終的にどこに帰されるのかという患者さんの経過と移動ルートを示した解析や、EDが最も忙しい時間帯と患者の年齢層の解析、一ヶ月や一週間の中で患者の人数がどう変動するのかの解析を示しました。患者さんがEDに来院してから帰宅するまでの経過で停滞が発生しやすい場所の停滞解消法、EDの忙しさを反映したスタッフ人数の組み直しなどの現実的な解決策が取られており、私はとても感心しました。このようなデータ解析は同じtrust内の複数医療機関のデータを一箇所から簡単にアクセスできるから行える解析であって、もし同じことを日本で行うとすれば、患者さんが転院先でどうなったのか、いつごろ帰れたのか、フォローアップで何週間後にGPを訪れたのかなどの情報をすべての患者さんにおいてまとめるのが難しいです。

NHSも完璧ではないですが、日本の医療制度はNHSから学べることがたくさんあると感じます。特にこのprimary careをベースとした重複のないprimary, secondary, tertiary careの医療体制モデルと、患者さんの医療データの扱い方に関しては日本でも取り入れていきたいです。


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