僕の頭の中

電車の中ひまなのでアウトプットと思考の整理


最近、安倍晋三さんの国会論争での学生アルバイトに関する発言を見た。


批判はあるだろうけどあながち間違ってない気がする

こういう発言は「誰が発言したか」よりちゃんと「何を発言したか」を見ないとダメだと感じる

確かにアルバイトしすぎて学業に支障をきたす人はいる。けどそういう人って別に学費自分で払ってないイメージ

生活苦というより嗜好品への消費にあててる気がする、もちろん例外もいる

私学に通う学生のことは知らない、けど高々年数100万とかくらい多少頑張れば勉強しながらでも稼げるんじゃない

本当の意味で研究したくてけど家庭の収入がない、それでも大学に入学するならなおさら、奨学金がはとれる、苦労が必要なのは事実だが。

奨学金ってすごい、ろくに勉強しない大学生にもほぼ無担保で貸してくれるんだから、社会人になって重い負担となってるか知らないが、大学っていう研究の環境、そしていわゆるモラトリアムそのものにその金額に見合う価値を見出せなかった自分を恨めと言いたい

数百万借りるなら借りて良かったと思える生活を送りようがあるはず。この発見は、留学して見つけたことでもある気がする

私見では大学の授業料はむしろ上げるべきだと思う、公立はなおさら、文系学部はなおさら。

個人的に学費が上がっても知的水準は下がらないのではないかと最近感じる、ケンブリッジにいるせいもあるけど

むしろ優秀な学生の質が高まる(文化資本的な意味で)ので上がってもいいくらい

別に文化資本がない人を高等教育から排除しようとしてる訳じゃない、

元の授業料をあげて、親の収入や環境、卒業後の給与に連動した奨学金制度(いわゆる所得連動型奨学金制度)の拡充が一番フェアじゃないか、

一律無料にするというような「平等」と、我々が目指すべき「公平」は違う。と考える

特に文化資本の塊みたいな人間が我が物顔で「金無い」と語る一橋生を見てるとなおさら感じる。

たまにいる親に将来学費返すぞと言ってる人たちはそれが彼らにとっての最適解かもしれない

しかし、彼らの言うことも「悪」としては見てはいけない。おれも親が死んでなかったらそうなってたかも、知らんけど。

だけど、14で育ての親元を飛び出し一人で生きてきたおれでよかった、この感性が持ててよかった。この世界線でよかった。

親の死は無駄じゃなかった

再生産され続けるこの社会に違和感を覚えることができたから

最後にオジュウチョウサン障害10連勝おめでとう!

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