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眠れない人のためのお薬

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オーディオドラマと、コラージュ×短文でつなぐ、in企画新プロジェクト。あなたの日常に寄り添う小さな小さなフィクション。
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#コラージュ

#3 「透明のティーポット」

そのお茶はいままでに見たことのないような透き通った色をしていた。そこには色がついているのだけど、ゆらめく炎みたいに、風に吹かれて消えそうなオーロラみたいに、いくつもの色が入れ替わり立ち替わり現れるので、はっきり何色と言うことができない。そのあたたかいお湯をずっと見つめていると、だんだん目がちかちかしてきて、しまいには目をそらさずにはいられなくなる。あまりに長く見つめていすぎると、そのあとしばらく、何を見てもそのオーロラのような揺れる光が、目の中に重なって見えるはめになる。

#4 「名もない学生たちの氷漬け」

その日あの娘の横顔を、間近でみた。いつも見ていると思っていた顔、けどいちどもはっきりと焦点を合わせてはいなかったのだとそのときに知る。スタジアムで、大勢の生徒達といっしょに僕たちの学校のチームに声援をおくり、マフラーでぐるぐるまきになりながら温かいお茶を飲んだ。ぼくたちは隣にいて、何も話さなかったけど、同じものを見つめて、同じ喜び、同じがっかり、同じ緊張を分け合っていた。いつもの教室では、同じことをしているようでも、てんでばらばら、実際にみんなが授業の途中で窓の外を眺めて

#5「紫のインクのペン」

あの娘がいつも使っている、紫のインクのペンには秘密があることを、わたしはもう知っている。あの娘は詩人だ。子どもみたいなつるりとした顔、まっすぐな目の動きからは、まったく予想もできないような、めくるめく官能的な、濃く煮詰められた花の蜜のような薫りの詩を書いている。でもわたしは、それがなぜだかわかってる。あのペン、紫色のインクのペンは、彼女の手を流れる鼓動を読みとり、心臓の奥で鳴っている、時間の音楽のかけらを、一粒ずつ言葉にかえて、さらさらと紙に書き出すのだ。わたしはもうその

#6 「まぶたの裏に降るねむけの雪」

 眠気がおとずれるとき、人のまぶたの裏にはある結晶が溜まっている、という話を生物学専攻の友達から聞いた。その結晶がだんだん溜まっていくことで、まぶたが重くなっていく仕組みらしい。その成分の名前も教えてもらったのだが、名前は忘れてしまった。なんとかポリアミド、アセチル、なんとかリン、みたいな呪文のようなカタカナで、一度わたしもその言葉を口に出して唱えたはずなのだが、舌先を離れた瞬間すこしの蒸気と水といっしょに蒸発してしまいそれきり頭には残らなかった。カタカナの言葉はいつもあ