カートメル構想

フーヴィアンの間で“カートメル構想”という俗称で親しまれている,「企画立案され,本編映像で一定のネタ振りがあったものの,ついに完全な形での映像化は実現しなかったストーリー展開」を紹介しましょう.

ときは1988年,クラシックシリーズは7代目の時代です.当時の脚本チーム,アンドリュー・カートメルら三名は「今までの描写で身近になりすぎてしまったドクターに,ふたたび神秘性を取り戻そう」と考えました.つまり,当初の放送開始時には「正体不明・謎に包まれた男・ドクター」だったものが,長年の放送を通じて母星や同胞を登場させてきた結果として,「沢山居るスゴイ宇宙人のひとり・まぁそんなかでは変人だけど」になってしまった.これではドクター“だから”スゴイのではなく,ドクターの種族がスゴイのであって,主人公がドクターである意義も薄まってしまうし,物語を牽引する原動力としても弱い.そう考えたカートメルは,タイムロード神話体系に大幅な改訂を施し,ドクターを組み込むことを画策します.

さて,これまでに提示されてきたタイムロード神話を少し整理しておきましょう.ガリフレイ創世・躍進時代の伝説には,必ず二人の巨塔が鎮座していました.オメガとラシロンです.この二名こそ,タイムトラベルやタイムロードの再生のノウハウなど,今日我々の知るタイムロードがタイムロードたるに必要な技術を開発したとされる,タイムロード開闢の祖です.オメガとラシロンは互いに争いながらも,タイムロードという種族全体にとっては,ときに偉大なる指導者であり,恐れ多き暴君,そしてまごう事なき神格でした.(どっちも作中では存命なんですけどもね.イエス・キリストが地球の皇帝として君臨し続けてる,みたいなヤバい話に近いものがあります.ずるい)

…では,そのタイムロードの“始祖”が二人だけではなかったとしたら?秘かに“もう一人”いたとしたら?遥か昔に真の名も失われ,権力を手にすることなく,歴史の闇に消えた第三の存在.現存する伝承も相矛盾する,謎に満ちた掴み所のない何者か.二大巨塔に対抗しうるカリスマが,確かに存在した…

ということにして,「“もう一人”とは何者なのか.何を成し,どこに消えたのか?」「ドクターと“もう一人”の関係とは一体?」「ドクターが他のタイムロードと比べても変人なのは,“もう一人”が絡んでいるのでは?」「ひょっとして,ドクターこそ“もう一人”本人なのか?あるいは生まれ変わりか?はたまた直系の子孫か?」…と謎とヒントを散りばめて,視聴者の興味を惹く,はずでした.これがカートメル構想の全容です.

しかし,ようやく「ドクターにはまだまだ秘密があるぞ」と伏線を張り始めた矢先,ドクターフーは番組打ち切りの憂き目に遭うのです.こうして“もう一人”にまつわるお話は,映像化されることなく立ち消えになってしまいました.1997年には小説Lungbarrowとして,”もう一人”とドクターの関係を探る物語が一応の形になったものがリリースされましたが,前年の1996年のテレビ映画でも,2005年以降の新シリーズでも “もう一人”が明確に取り上げられることはありませんでした.

ただし,この話題はここで終わりません.カートメルが目指した「ドクター自身の神秘性の再定義」という構想は,かたちを変えて,間接的に新シリーズで実現した,ともいえるのです.沢山いるスゴイ宇宙人のひとりからの脱却は「タイムウォー唯一の生き残りである」ことで成り,さらに,「異質な存在だからこそ生き残ってしまった」と逆説的に理由付けした上で,ドクター自身の人格として昇華.“もう一人”の失われた名の謎は,「ドクターの名前自体が最大の謎」として間接的に再現.この様に新シリーズの舞台設定の大枠に受け継がれました.カートメルの構想を意識した采配であったか,これは定かではありません.新シリーズS5-S10までのライターのモファット氏も,後年のカートメルら三名も,その類似性に関しては雑誌等で度々認めるところです.旧シリーズと新シリーズを結ぶ,ミッシングリンク…とまでは行きませんが,一度考えを巡らせるのも,面白いかもしれませんよ.

(僕としては“もう一人”をいざ正史に組み込まれてしまったら,却って興ざめかな,とも思いますが,「ドクターの唯一性を,作品の設定が後押ししてより強固にする」という試みは功を奏したと感じています.)

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