基準(あるいは「声」)

そしてイエスは彼らに言った、「この世の子らはめとったり、めとられたりするけれども、かの世と死人からの復活とにふさわしいとされた者は、めとったりめとられたりしないものです。また彼らは天使と等しい者になるので、もはやそれ以上死ぬことはありえません。復活の子なのですから、神の子となるのです」

ルカ 20章34―36

 天から鐘が鳴り響く。トランペットのファンファーレだろうか。「天」も「鐘」も「トランペット」も「ファンファーレ」も何か知らない。知らない言葉をどうして思いついたのかもわからない。ただ音に包まれているのを感じる。いずれにせよその音は美しい。
 しばらくその音を聞いていると何かしらの意図を持っていることを唐突に理解する。何かを自分に、自分だけに伝えようとしている。その意味を詳らかにしなければならない。
 聞こえてくる音の音程や強弱、速度、調子だけを頼りにその音の正体を突き詰めてゆく。その音に対して自分も伝えたいことを思いつつ喉を震わせながら息を吐き出せばそれに合わせ音は変化してゆく。その微細な差を検討することで語彙や文法を獲得することができる。この音は言葉なのである。膨大な時間を掛けてこの言語を習得してゆく。いつしか音は声となる。

 自分は選ばれたのだという。すでに命を失っており数えきれないほどの年月が経っている。しかし生前の行いが何らかの基準を満たしていたので復活する機会を得た。現状は仮初めの復活とでもいうような状態である。自分が生前どんな生き方をしてきたのか知らない。それほどまでに信心深い生き方をしてきたのかと尋ねるもそんなことは知る必要がないと声は何も答えない。重要なのは基準を満たしたという事実そのものである。音を声として聞こえるようになったことも真の復活へと進むための重要な評価基準でありこちらを満たす者はとても少数であるらしい。
 自分は選ばなければならないのだという。真の復活とはいわゆる「天国」を指しておりそこで未来永劫幸せに暮らすこととなる。ただその天国には三つの様相があるとのことだ。どの天国で暮らしてゆきたいのかを自分の意思で決定しなければならない。

※ ※ ※

天国①
 自分と同じく選ばれた者たちだけで構成された社会としての楽園である。誰もが理解をし合い争いのない生活を続けることが出来る。天国と聞いて誰もが最もイメージがしやすいものと言える。生前の記憶は何もかもそのままである。しかし生前ともに暮らしてきた掛けがえのない伴侶・親類・友人などが同じ天国に来ている保証はない。またどんなに愛していたとてペット等の動物は天国に迎え入れられることはない。
 そこでの生活は幸せとしか呼べないものとなる。もう会えなくなってしまった彼らを思い出して哀しみを覚えることはない。たった一つの天国にて多くの選ばれた同胞とともに自分が自分のまま暮らすという選択である。

天国②
 自分のためにカスタマイズされた自分だけの地上である。生前の記憶はあるもののその記憶が真に生前の記憶そのままとは限らない。自らの幸せに対し都合の悪い記憶は消去ないし改竄される。刺激的な生活を求めれば刺激的な、平穏な生活を求めれば平穏な生活を送ることになり未来永劫飽きるということがない。倫理は存在せず自分の好きなことを好きなように好きなだけ行うことが出来る。自身は無論のこと生前ともに暮らしてきたかけがえのない伴侶や親類、友人、知人は存在する必要があれば自分が求めている年齢や姿形で登場する。愛するペットなどの動物とも生活を送ることが出来る。そればかりでなく生前に嫌いだった人間を思い通りの仕方で幾らでも痛めつけることさえ可能である。
 この天国は個人的なものであり存在しているものは何もかも幻である。無論ここで生活をする者にとっては現実そのものである。客観的に見たときに幻想であるかどうかはそこで暮らす者には意味をなさない。無限個ある架空の天国の一つで暮らすという選択である。

天国③
 神の国である。新たに天使の一員となり神へ仕える。そこには生活と呼べるようなものはない。生前の記憶もなくなりひたすら幸福感だけを受容し続ける。死後生としての天国ではなく神との一体感を永遠に覚え続けるという選択である。

 この三つの中から一つを選択しなければならない。ここは時間という概念がほぼ存在しないので納得するまで考えて結論を出すよう釘を刺される。生前の記憶がないままに選ばなければならないという条件は変更できないとのことだ。声を獲得するまでと同程度の時間を掛けて結論を出す。

※ ※ ※

 自分は声になりたい――自分自身が声となり未来の同胞の選択を見守りたいのだと伝える。ほどなくこの願いが受け入れられたという報告を受ける。その条件ならば天国②か天国③のどちらかになると語られる。どちらの天国で自分は暮らすのかを尋ねるもそんなことは知る必要がないと声は何も答えない。
 天から鐘が鳴り響く。トランペットのファンファーレだろうか。

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