リクエスト

 あなたは歩きながらラジオに耳を傾けている。ふと曲をリクエストしようと思い立ちスマホで番組サイトにアクセスする。リクエスト・フォームに必要事項を入力し送信ボタンを押そうとした矢先あなたの記入した曲がイヤホンから流れる。同じ曲を誰かがリクエストしていたらしい。DJの流暢な曲紹介を聞きながらあなたはスマホをしまう。
 喉が渇きあなたは何か飲み物が欲しくなる。道沿いにある自動販売機の間際で飲料メーカーのキャンペーン・ガールから試供品を手渡される。あなたの好きな銘柄だ。運が良い。やがて飲み切り空き缶を捨てられるゴミ箱はないかと見回せば老いた掃除夫がこちらの顔も見ず缶を奪い取り袋に抛り込む。あなたは苦笑いで小さく会釈をして立ち去る。ゆっくりフェイド・アウトされた曲を受けるとDJは新しい話題を切り出している。
 待ち合わせ場所に到着するも恋人の姿はない。今日あなたは恋人に別れ話を切り出すつもりだ。しかし約束の時間から大分経っても恋人は現れない。あなたが恋人に連絡をしようとスマホを取り出すや否やメールが受信される。画面には恋人の名前が表示されている。メールの本文にはあなたへの別れ話が綴られておりもう会う気はないとの事だ。番組はエンディングに差し掛かっている。明日こそ何かリクエストしようと幾つかの候補からあなたは最も自分の気分に合った曲を一つに絞る。するとその曲のイントロがうっすらと流れる。それに載せDJが番組を締め括ると曲のボリュームは上がる。
 あなたが家に帰ろうと踵を返せば目の前にはあなたの家がある。ノブに手を掛ける前にドアが開く。足を踏み出そうとするなり後ろでドアの閉まる音がしてあなたは玄関に立っている。エンディング曲も終わりあなたがスイッチを切ろうとすればラジオは既に消えて無くなっている。そうして今あなたは自分の部屋にいる。

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