中野さん

イラストアシスタントと谷村新司

 私は今ライターだが、20代の頃、何をどう間違ったか、ものすごい技巧派のイラストレーター、Nさんのアシスタントとして1年間ほど修行したことがある。
 これだけ聞けば、とっても輝かしい過去である。あるのだが。残念な事に、そんな素晴らしいテクニックを伝授いただける場にいながら、私はそのチャンスを全くつかむ事ができなかった。N氏も役に立たない私に、時給を私に1年も払い続けることとなった。気の毒としかいいようがない。もうどう謝ったらよいやらわからないレベルである。
 生まれて初めて勤めたのは健康食品会社のデザイン部で、頑張ってはいたものの、私は仕事が出来るほうとはいいがたく、いや、はっきり言ってトホホホホホホホホホホホホホくらいの状態であり、後輩に泣かされたのを期に辞める決心をした。辞めるきっかけもトホホホホホホホホホホである。

そこで偶然知り合いに「アシスタントを探しているイラストレーターさんがいる」と紹介していただき、テストも無くそのまま採用となったのである。職場ではじめてNさんが超スゴ腕リアルイラストレーターさんだと知った。当時はまだパソコンが今ほど普及しておらず、Nさんのようにマシーン関係をエアーブラシでガッシリ描ける人はニーズがあり、引っ張りだこ状態。即戦力のアシスタントが欲しくて焦っていたのだろう。そして紹介してくれた知り合いも、私の実力を1億倍くらい盛って紹介してくれたのだろう。

脂汗が滴り落ちる。ヤバイ……。とんでもなくレベルの違うところに雇われてしまった。人の手足もロクに書けん私が、どうして家のパーツだの精巧な3Dイラストを描けるというのか。
何も知らないNさんは、ニコニコと
「じゃあタナカさん、この絵描いてみて」
と簡単な人物のイラストの仕事をふってくださる。が、緊張のせいもあり、昭和の子どもが道に落書きした宇宙人みたいな意味不明のものを描いてしまい、
「い、いかん! せめてもう少し人間っぽくしなくては」
と、気に入らない部分をもう一度消しゴムでケシケシ。必死で描き直す!が、単に宇宙人ぶりが強調されるだけとなり、再び消しゴムでケシケシ。必死で書き書き…を100回くらい繰り返した結果、最終的には、立派な宇宙人が仕上がった。キェー!
「タナカさん、それは……」
N氏の蒼白になった顔色は今でも忘れない。雇った当日、そのアシスタントが全く使えないことが判明したんだもの。そりゃ顔色もなくなろうて……。多分、私の宇宙人イラストが目に飛び込んだ0.5秒くらいで私を紹介した友人を恨み、テストしなかった自分を後悔したのだろう。

 ただN氏は優しく、しかも根気強かった。時給を払っている分どうにか使い物にしようと私にイラストレーターのイロハを教えてくださった。が、その期待に応える日は全く来ず、下絵を消しゴムで消し、トレーシングペーパーを貼るだけの日々が過ぎていった…。

しかし3か月後くらいだろうか。やっとN氏の役に立つ時が来た。しかも意外なところで!

イラストレーターという仕事は、すごく神経を使う。特にN氏はリアルイラストなので細かい部分もチクチクと描かなければいけないのでなおさらである。締め切り前は、さすがの温厚なN氏もイライラ……。

そんな時好きな音楽を流して気を休めるのだが、私はふと思いついた。
「Nさん、私、実は谷村新司の真似ができるんです」
「えっ、うそ! やってみて、やってみて」
なんとNさんが食いついてきた。よし。師匠の疲れきった神経を癒す。これもアシスタントの仕事よねッ。
私は張り切って、誰にもウケたことの無い一発芸を、自信満々で披露した。

「♪さらばッ 昴ようおうぉぅぉぅ♪」
「だーっはっはっは!!」

疲れたNさんもナチュラルハイになっていたに違いない。異常にウケたのである!

そしてそれ以来、Nさんが疲れたとき必ず
「タナカさん、タニムラ」
とリクエストしてくださり、私が「♪さらばッ 昴ようおうぉぅぉぅ♪」と歌う。イラストレーター事務所でやっと輝ける仕事を手に入れたのである。求められている職種とは違ったが……。

イラスト自体は全くもって上達せず、結局1年で事務所を辞めることになったが、考えようによってはよくぞ一年間タニムラで雇い続けてくださったなあと、目頭が熱くなるばかりである。最後まで、タニムラタニムラとリクエストしていただけた。今「昴」を聞くと、私はこのイラストレーターアシスタントの、空回りな期間を思い出すのである。

ということで、なにかオモロイ芸を磨いておくと、いざという時に助けになるかもしれないぞ!いや、諸刃の剣だが!!

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