これはひどい! 中立装い極右を応援

この記事はひどい。

朝日新聞デジタルに掲載された「仏総選挙、反ユダヤ主義争点に」と題したこの記事は、今月末に投票が行われるフランス国民議会選挙は、ユダヤ系への差別が争点だとしたうえで、極右の国民連合(RN)と左派連合の「新人民戦線(NFP)」が対立しており、RNはNFPを反ユダヤ主義だと批判していると伝えている。

 記事は冒頭近くで、最近、12歳のユダヤ系フランス人少女が性的暴行を受ける事件が起き、昨年起きたユダヤ系への差別的な言動や暴力行為が前年の4倍になったと報じる。そして、記事の末尾では、選挙の選択肢が右翼と左派に絞られる構図にユダヤ系フランス人は苦悩しているとして、父親がアウシュビッツで殺害されたクラスフェルドさんは決選投票がRNとNFPになった場合、RNに投票するとし、ホロコーストの記憶の伝承に取り組んだ政治家の息子フランソワさんは「どちらも危険な価値観をもっており、耐えがたいジレンマだ」と述べたと伝えている。
 
 何の知識も持たない読者がこの記事を読めば、極右のRNと反ユダヤ主義のNFPが対立しており、どちらも危険な団体だが、NFPの方がより危険である、といった印象を受けとるだろう。しかも、反ユダヤ主義的差別や暴力事件とNFPが何か関係あるかのような誤解すら招きかねない書き方になっている。一見、「右翼と左翼」をともに斥け、あたかも「中立」であるかのように装いつつ、実質的には極右を応援する結果になっている。
 
 あまりにもひどい記事だが、飛幡祐規氏の「パリの窓から」によれば、原因はフランスのメディア自体にもありそうだ。NFPの中心は「服従しないフランス(LFI)」で、欧州議会選挙翌日の6月10日、LFIが「マクロンの政治にとってかわり差別的な極右と闘うために社会的でエコロジカルなプログラムを掲げた新しい人民戦線をつくろう」と、緑の党、共産党、社会党に共闘を呼び掛けてできたものである。LPIは、最低賃金の引き上げや必需品の価格凍結、大企業や富裕層への課税、女性の妊娠中絶と否認の権利の憲法規定化などリベラルな政策を掲げ、イスラエル軍のガザ攻撃発生以後は、ネタニヤフ政権の戦争犯罪とパレスチナ人に対する差別主義・植民地主義を告発して停戦を要求したことが、多くの若者たちの共感を呼んだ。ところが、マクロン政権とメディアはLFIに対して凄まじいバッシングと脅迫を浴びせ続けたという。朝日のこの記事もそうしたフランス・メディアのさらなる単純化と劣化版である。
 
 なるほど、反ユダヤ主義的差別や暴力事件が起きているのは事実だろう。しかしそれ以上にひどいのは、パレスチナ連帯の集会やデモが禁止され、ネタニヤフ政権やガザへの戦争犯罪を告発する言論がすべて「反ユダヤ主義」の名の下に禁圧されている現状であり、その中で生じているムスリムやアラブ系移民への差別と暴力であり、その先頭に立っているのがRNなのである。RN(国民連合)は2018年に改名する以前は「国民戦線(NF)」と名乗っており、マリーヌ・ルペンの父親ジャン=マリ・ルペンが創設したネオファシスト政党であり、公然と反ユダヤ主義、人種主義を掲げる極右政党であった。娘のマリーヌ・ルペンに代替わりしてから、支持層を拡大するため、反ユダヤ主義の旗を降ろす代わりに新たなスケープゴートとなったのが移民・難民、とりわけアラブ・ムスリム系の移民・難民だったのである。差別対象がユダヤ人からアラブ人やムスリムに変わっただけで、人種主義・差別主義の体質は一貫しているのである。
 
 「中立」を装っていればいいと考えているのかもしれないが、このような朝日(だけではない)の記事は、明らかに人種主義と排外主義に加担するものとなっているのである。

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