【幣原発案説の虚妄(第18回)】「マッカーサー、嘘つかない」?

 「権力は腐敗する、絶対的権力は絶対的に腐敗する」(アクトン卿)
 まあ、これが世界的な常識ではないだろうか。ところが日本ではこれが逆になる。
 「権力者は正しい」「権力者は嘘つかない」
 こう思っている人が多いようなのだ。これを端的に表現した権力者がいた。
 安保関連法案が衆議院に提出された5日後の2015年5月20日の国会党首討論での出来事。岡田克也民主党代表が「安保関連法案に関する政府の説明は間違ってますよ」と指摘したのに対し、安倍晋三は、「われわれが提出する法案についての説明は全く正しいと思いますよ。なぜなら私は総理大臣なんですから」と発言したのである。安倍氏が阿保だということは十二分に知っていたが、この発言を聞いたときは、流石に「ここまでかっ!」と絶句したものである。しかしこういう人物を通算9年近くも首相の座に据えていた(私を含む)国民もそれなりなのかもしれない。
 
 「お上」という言葉を使う人は今でも驚くほど多い。国民が主権者だということを未だに知らないようなのである。「難しいことはお上にお任せしておけば間違いない」ということなのだろう。臣民意識丸出しなのである。
 
 突然話は変わるが、幣原発案説を唱える人が真っ先に挙げる証拠が、マッカーサーの『回想記』(1964年)であり、1951年5月の上院での証言であり、1955年1月のロサンゼルスでの演説である。ナチスの宣伝相ゲッベルスは「嘘も百回言えば真実となる」と言ったが、マッカーサーは3回言えば真実となるのか。いや、そうではなく、幣原発案論者はそもそもマッカーサーは嘘をつかないと思っているようなのである。幣原発案論者でマッカーサーの著書や証言の信憑性を真剣に検討しているのを見たことがない。最初から事実であると前提してしまっているのである。これは驚くべき態度ではないだろうか。学問的態度とは到底思えないのである。
 しかし、『回想記』を事実と前提した時点で、その議論は終わってしまっているのではないだろうか。例えば、袖井林二郎氏の『マッカーサーの二千日』を読むだけで、マッカーサーの『回想記』がいかに誇張と虚飾と自己正当化と誤りに満ちているかがよくわかる。豊下楢彦氏も『昭和天皇の戦後日本』の中で、「いかに80歳を超えた時期の執筆とはいえ、事実関係の誤りは余りにもひどいと言わざるを得ない」と指摘し、「占領史の現実を理解するためには、マッカーサーの『回想記』が描きだすような“メロドラマ”の世界から解放されることこそが、先決の課題であろう」とまで述べているのである。到底歴史の史料として無批判に使えるような代物ではないのである。
 
 ところが、幣原発案者はまた、ホイットニーの『マッカーサー』(伝記)を証拠として取り上げることも多い。これがまたマッカーサーの『回想記』と瓜二つなのである。どちらも事実だからだろうか。そうではない。最初、自伝を書くつもりのなかったマッカーサーがホイットニーに資料を提供し、それを基にホイットニーはマッカーサー伝(1956年)を書いたのだが、マッカーサーは死の直前になって気が変わったのか、ホイットニーのマッカーサー伝を(引用との断りもなく)引き写しながら自分で書いたものが『回想記』なのである。似ていて当たり前なのである。袖井林二郎氏は言う。

一言でいえばホイットニーはマッカーサーの「アルター・エゴ」、つまり分身であった。ホイットニーのマッカーサーに対する献身ぶりは完璧であり、それはものの考え方から書体までほとんど見分けがつかないほどである。(……)またマッカーサーの『回想記』は、ホイットニーの『マッカーサー:歴史とのランデブー』からの引きうつし(もちろん断りなしの)がやたらに多いが、それはケーディス元民政局次長の言によれば「二人は全く同じような考え方をしていたのだから、マッカーサーはホイットニーの本を引用したというよりは、自分自身を引用していたのだといっていい」(著者とのインタビュー)ということなのである。(『マッカーサーの二千日』)

 児島襄氏も言う。

ケーディス大佐によれば、「マッカーサー元帥とホイットニー(准将)は銅貨の裏表のような間柄」である。(……)元帥が怒れば准将も怒り、元帥が嘆けば准将も嘆く。元帥の考えは、口にしなくても准将には推察がつくとみえ、しばしば事後報告で問題を処理しても、元帥は苦情をいわぬ。ほかの幕僚には許されない処遇である。(『史録日本国憲法』)

五百籏頭真氏も言う。

ホイットニーだけが秘書を通すことなく随時マッカーサーに会えた。そして夕方には定期的にマッカーサーの部屋で長く話し込んだ。夕8時に退庁した後も2人は別れることができない。自宅へ帰ってから専用電話でまた話し込むことも稀ではなかった。それほどにマッカーサーの分身であるホイットニーにとって、問題は妻が「あなたは誰と結婚したの」と責めることであった。(『占領期』)

 ホイットニーのマッカーサー伝とマッカーサーの『回想記』が一致しているからといってそれが事実だなどと言えないことは明白なのである。
 歴史上の事実を認定する際には、誰かの証言や記述を鵜呑みにするのではなく、個々の証言や記述の信憑性を慎重に検討しなければならないという常識くらいは身に着けたいものである。

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