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歴史修正主義の30年⑪日韓合意

 2015年12月28日、日韓両外相は共同記者会見を発表し、日本軍「慰安婦」問題で両国政府が「合意」したと発表した。これは日韓の対立により米国が主導する東アジアの安全保障環境に支障をきたすことを恐れた米オバマ政権が2014年から日韓両国に働きかけたことから始まった交渉の結果であった。合意の内容は、①日本政府は「当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた」責任を痛感し、安倍首相は「心からのおわびと反省の気持ち」を表明する、②韓国政府が設立する財団に日本が10億円を拠出し、元「慰安婦」女性の「名誉と尊厳の回復、心の傷の癒やしのための事業」を行う、③日韓両政府は①②を前提に、「慰安婦」問題が「最終的かつ不可逆的に解決されることを確認」し、「今後、国際社会において、本問題について互いに非難・批判することは控える」――というものである。同時に、尹炳世韓国外交部長は、在韓日本大使館前の「平和の碑」(少女像)の撤去や移転に適切に努力すると表明し、岸田外相は10億円は「賠償ではなく、あくまで支援金」であると説明した。

 これは非常に問題の多い「合意」であった。第1に、被害者たちの同意を得ていなかったため、「合意」発表後、韓国の被害者と支援者たちが直ちに非難の声を上げた。被害者救済のための合意であるべきものが、肝心の被害者を置き去りにして、政府間の合意だけで決着させようとしたことが最大の問題であった。実際、国連の女性差別撤廃委員会は2016年3月3日に発表した総括所見において、「日韓合意は被害者中心アプローチを採用していない」と批判しており、国連人権理事会の特別報告者も同月11日、日韓「合意」について、「適切な協議手続きがなかったこと自体が、真実、正義を求める運動や努力を傷つけるもので、サバイバーに相当な苦痛を与えている」と指摘している。

 第2に、河野談話に比べても、事実認定が極めてあいまいで、日本軍の「関与」は認めても、具体的な関与形態に触れないことで、実際には日本軍こそが慰安婦制度実行・推進の加害主体であったことを認めていない。それゆえ、安倍首相が2016年1月18日、国会で「性奴隷という事実はない」と断言し、岸田外相も「性奴隷という言葉は事実に反するものであり、使用すべきではない」と答弁しているように、性奴隷制度という慰安婦制度の本質を否認するとともに、日本政府の「法的責任」「賠償責任」を否認するものとなっている。しかし、日本政府による賠償こそ、被害者たちが90年代初めから求め続けてきたものであり、国際法律家委員会の1994年報告、国連人権委員会の特別報告者クマラスワミの1996年報告書、国連人権小委員会の特別報告者マクドゥーガルの1998年報告書、上述した女性差別撤廃委員会などが要求していたものである。つまり、慰安婦問題解決のための根幹を否定したことになる。

 第3に、安倍首相本人による謝罪の言葉が一切ない。日韓「合意」の共同記者会見における「安倍首相は心からのおわびと反省の気持ちを表明する」というのは岸田外相が読み上げた言葉にすぎず、安倍首相自身は、この「合意」を受けて、「最終的、不可逆的な解決を70年の節目にすることができた。子や孫、その先の世代に謝罪し続ける宿命を負わせるわけにはいかない」と、70年談話の一節を引用しつつ、むしろ謝罪の拒否を表明したのである。翌年、「合意」を受けて設立された「和解・癒やし財団」が安倍首相にお詫びの手紙を求めても「毛頭考えていない」と一蹴しており、安倍首相に誠意も謝罪の気持ちも全くないことは明白であった。

 第4に、河野談話には含まれていた真相究明措置や再発防止措置には一切言及されていないことである。和解と癒やしのための事業についても、日本側は金だけ出して終わりという態度であり、すべての事業を韓国側に丸投げしてしまっている。このように、謝罪もしない、賠償もしない、真相究明も再発防止措置も行わないで、政府間の合意だけで「最終的かつ不可逆的に解決」したと言われて、被害者が納得するはずがない。初めから失敗が宿命づけられていたと言わなければならない。実際、2017年には国連の拷問禁止委員会も日韓合意の見直しを勧告しているのである。同年誕生した韓国の文在寅政権が検証チームをつくって「合意」の成立過程を検証した結果、翌18年に日韓「合意」では問題は解決することができないとして、「和解・癒やし財団」の解散を決定したのも当然のことであった。

 最後にもう一点、「合意」文書のどこにも少女像の移転までは約束していないにも関わらず、安倍政権は「少女像」問題をことさら取り上げ、「約束を履行しない」韓国という宣伝を続けているのも大きな問題である。そもそも、少女像は、戦争と性暴力の犠牲者を記憶し、女性の人権と尊厳の回復を願う芸術作品であり、戦争と性暴力をなくすための世界的な「記憶闘争」のシンボルでもある。本来ならば、「慰安婦」制度のような重大な人権侵害を行った日本こそ、こうした記憶継承運動に連帯し、率先してその一翼を担うべき主体のはずである。それにもかかわらず、少女像をあたかも「反日」のシンボルであるかのように言い募る日本政府の言動が、いかに幼稚で恥知らずなものであるかを、戦後、ナチスや国防軍の行った戦争犯罪に向き合ってきたドイツの取り組みと対比してみよう。

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