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自決権とは何か(1)

 パレスチナや沖縄について語る時、「自決権」という言葉が使われることがしばしばあるが、その割にこの言葉の正確な意味は、それを使っている当人によってさえ、驚くほど理解されていないことが多いので、ここで、できるだけ簡単かつ正確にこの言葉の意味を説明したい。
 
 歴史的沿革を辿れば、レーニンやウィルソンの「民族自決」思想が重要であり、さらに遡ればフランス革命にまでその思想的淵源を辿ることもできるだろうが、ここではそこまで古い話はしない。あくまで第2次大戦後の国際法の話に限定する。したがって、同じく英語ではthe right to self-determinationと訳されても、憲法や倫理学でいう自己決定権もここでは関係ない。自己決定権は個人の権利(憲法上は第13条に根拠を持つ)であるが、自決権は集団的権利であり、その主体は「人民(peoples)」である。したがって、人民の集団的権利である自決権を、個人の権利を意味する「自己決定権」と混同してはならず、「基本的人権の要素」などと誤解してもいけない。また、「民族自決権」という言葉を使う人も多いが、国際法上の権利としては「人民の自決権」というのが正確である。なお、2007年に国連総会が「先住民族権利宣言」を採択し、その中で自決権が謳われているので、先住「民族」には自決権があるではないか、という人がいるかもしれないが、これも英語で言えば、the right of Indigenous Peoples to self-determinationであり、「先住民族」も「人民」の一種とみなされているのである。
 
 さて、第2次大戦後の最も重要な国際条約である国連憲章は、第1条第2項において「人民の同権及び自決の原則の尊重」に言及したが、ここでは自決は未だ法的な権利ではなく、国連の目指すべきプログラム規定であると解されていた。
 ところが、第2次大戦後、植民地独立運動が大きな高まりを見せ、ヨーロッパの植民地から独立したアフリカ諸国が一挙に16か国も国連に加盟した1960年、国連総会で採択された「植民地独立付与宣言」(総会決議1514XV)は、その第2項において、「すべての人民は自決の権利を有し、この権利によって、その政治的地位を自由に決定し、その経済的、社会的及び文化的発展を自由に追求する」と宣言した。ここにおいて自決権とは、「政治的地位を自由に決定し、経済的、社会的及び文化的発展を自由に追求する」すべての人民の法的権利であることが国際文書によって初めて明確にされたのである。同時にこの宣言は、前文において、「植民地主義の存続は、国際経済協力の発展を阻害し、従属人民の社会的、文化的及び経済的発展を妨げ、世界平和という国際連合の理想と敵対することを確信し」、「すべての形態及び表現における植民地主義を速やかにかつ無条件に終結させることが必要であると厳粛に宣明」したうえで、第1項で、「外国による人民の制服、支配及び搾取は、基本的人権を否認し、国際連合憲章に違反し、世界平和と協力の促進にとっての障害となっている」と謳っているので、自決権とは何よりも、「植民地人民の基本的人権を否認」し、「国際協力を阻害」し、「世界平和の障害」となり、「国際連合の理想と敵対」する植民地主義を「速やかにかつ無条件に」終らせるためにこそ承認されなければならない、という論理が見て取れる。
 
 さらにその6年後の1966年、国連総会は2つの人権条約を採択した。「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」と「市民的及び政治的権利に関する国際規約」がそれで、それぞれ「国際人権A規約」と「国際人権B規約」、あるいは「社会権規約」と「自由権規約」とも呼ばれている。名称から明らかなように、前者は社会権を中心に定め、後者は自由権を中心に規定しているが、両規約の第1条は同一の文言で「人民の自決権」を定めており、その第1項は植民地独立付与宣言第2項とほとんど同じである。なぜ人民の自決権が両規約の第1条に定められているかと言えば、自決権は、社会権であれ自由権であれ、すべての人権を享有するためのいわば共通前提であるからである。言い換えれば、自決権が実現されないところでは、基本的人権の享有が確保されない結果になるということである。これは今のパレスチナの状況を見れば一目瞭然であろう。自決権は、いわば、「権利を享有するための権利」ということもできるだろう。
 
 国連総会はさらにその4年後の1970年、友好関係宣言(国連総会決議2625XXXV)(正式名称は「国際連合憲章に従った諸国間の友好関係および協力についての国際法の原則に関する宣言」)を採択し、加盟国が遵守すべき7つの原則について詳述したが、その第5原則が「人民の同権と自決の原則」である。その第1段落は、「すべての人民は、外部からの介入なしに、その政治的地位を自由に決定し、その経済的、社会的及び文化的発展を自由に追求する権利を有」することを確認し、第2段落で、「植民地主義の迅速な終了を実現するため」、「人民を外国の制服、支配および搾取の下に置くことは、この原則に違反し、基本的人権を否認し、憲章に反するものであること」に留意を促し、第4段落で、「主権独立国家の確立、独立国家との自由な連合もしくは統合または人民が自由に決定したその他の政治的地位の獲得は、当該人民による自決権の行使の形態を成す」と宣言した。すなわち、自決権の実現形態には「主権独立国家の確立」「独立国家との自由な連合もしくは統合」または「人民が自由に決定したその他の政治的地位の獲得」が含まれることが明らかにされた。さらに、第5段落では、「すべての国は、(……)人民から自決権と自由および独立を奪ういかなる強制行動をも慎む義務を負う」ことと、「かかる人民は、自決権を行使するに当たってこのような強制行動に反対し抵抗する行動において、憲章の目的と原則に従って援助を求め、かつ、受ける権利を有する」ことが明記された。
 
 ここでも依然として「植民地主義の迅速な終了の実現」が重要な目標として掲げられており、すべての国は「人民から自決権を奪う強制行動」(植民地主義はその端的な現れ)を慎む義務を負い、人民はそうした強制行動に抵抗する権利と援助を受ける権利があることが明記されたのである。これはかなり画期的な規定であると言えるだろう。パレスチナ問題にこれを当てはめて考えれば、パレスチナ人は彼らの自決権を否定するイスラエルの強制行動(軍事占領、入植政策と人種差別、植民地主義、戦争犯罪等々)に反対し抵抗する権利があることが明らかであり、さらに言えば、他の国々はパレスチナ人の抵抗運動を援助する義務があると考えることもできるだろう。
 

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