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歴史修正主義の30年⑨主戦場はアメリカへ

 こうして、河野談話の修正という目論見では大きな成果を上げられなかった歴史修正主義者たちは、「吉田証言」批判を突破口とする朝日バッシングによって、日本人の歴史認識を大きく揺るがせるという大戦果を挙げたのであった。しかし、こうした歴史修正への試みに対して、国際社会は厳しい目を向けていた。第1次安倍政権が「軍や官憲による強制連行を示す記述はなかった」とする答弁書を閣議決定すると、米国下院は慰安婦問題で日本政府に謝罪と賠償を求める決議を採択し、オランダ議会下院、カナダ議会下院、欧州議会もこれに続いた。2012年末に第2次安倍政権が誕生すると、2013年1月3日のニューヨーク・タイムズ紙は「日本の歴史を否定するさらなる試み」と題した社説で、河野談話・村山談話の見直しを「恥ずべき衝動的行為」と厳しく断罪し、オバマ政権の高官も同月6日、「河野談話を見直すなら、米政府として何らかの対応を検討する」と日本政府に通告した。オーストラリアのカー外相は同月13日、岸田文雄外相に「河野談話の見直しは望ましくない」と表明し、同月29日には米ニューヨーク州議会が、3月には米ニュージャージー州議会も「慰安婦」決議を採択した。同年4月、安倍首相が国会で「侵略という定義は学界的にも国際的にも定まっていない」と発言すると、米ワシントン・ポスト紙は「歴史に向き合えない安倍晋三」と題する社説で、彼の「侵略定義」発言を批判した。さらに、5月には国連でも動きが見られた。まず社会権規約委員会が日本政府に対して、「被害者を貶めるヘイトスピーチと示威運動を防止するための公衆教育」を勧告すると、拷問禁止委員会は、慰安婦問題での加害者訴追、「政治家による事実否定発言」に対する日本政府による反論、事実の徹底調査、被害者補償、公衆教育などを勧告した。そして7月30日には米カリフォルニア州グレンデール市で、市民団体が「平和の碑」(慰安婦像)を設置した。
 
 こうした海外の動きを受けて、日本の歴史修正主義者の間では、2012年ごろから慰安婦問題の主戦場はアメリカだという主張が広く見られるようになる。日本会議系のメンバーを中心に作られた「家族の絆を守る会」の岡本明子が同年、「米国の邦人子弟がイジメ被害 韓国の慰安婦反日宣伝が蔓延する構図」という論文を『正論』5月号に発表すると、慰安婦像のせいで在米日本人がいじめられているという根も葉もない噂が日本の右派の間で広まった。こうしたデマを根拠に、在米の日本大使館や領事館は2014年2月ごろから「歴史問題に端を発する邦人の方の被害に関する情報提供について」と題して、「歴史問題を背景とした嫌がらせ、暴言等の被害に遭われた方は、ご連絡ください」という掲示を出すようになったが、もちろん被害相談など一件も寄せられていない。同年12月には、米国で使用されている世界史の教科書の内容について、日本政府が「慰安婦」に関する記述の削除や書き換えを著者や出版社に対して要求するという事件が起きている。著者の一人、ハワイ大学歴史学部のハーバート・ジーグラー教授の下へ日本総領事館の係官が押しかけ、「日本政府の考える歴史の真実」をレクチャーしたというのである。
 
 2015年7月、サンフランシスコ市で「慰安婦」像設置の動きが報じられると、在サンフランシスコ日本総領事館が慰安婦設置の市議会決議に反対するようジャパンタウンの有力者に対して強力に働きかけを行い、「碑が設置されたグレンデール市では日本人や日系人の子どもたちがいじめやヘイトクライムの被害にあっている」などと虚偽の説明をしたばかりか、日系人が運営している様々な団体に対し、日本企業からの寄付の引き上げをちらつかせるなどして圧力をかけた。このようにアメリカなど海外では、日本政府が民間の歴史修正主義者たちと一体となって明白な歴史修正運動を推進しているのである。「中国や韓国による第三国での反日宣伝に対抗する」ため、自民党が2014年3月に設置した国際情報検討委員会の原田義昭委員長は、2015年10月2日、「南京大虐殺や慰安婦の存在自体をわが国はいまや否定しようとしている」と述べるに至っている。

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