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ガザ攻撃の目的は何か

 私事ながら、3月末から異常な忙しさが続いたせいで、丸一ヶ月、記事を書くことが全くできなかったが、ようやく一昨日で一段落がついた。
 
 早尾貴紀氏が『世界』5月号に「ガザ攻撃はシオニズムに一貫した民族浄化政策である――欧米の植民地主義・人種主義の帰結」と題した論文を寄稿している。いつものことながら、この人の論文は本当に鋭く問題の本質を剔抉していて勉強になる。
 以下に、この論文の要点をまとめておく。
 
 シオニズムはヨーロッパにおける反ユダヤ主義的排斥への反動として発生したユダヤ・ナショナリズムであるが、人種主義と植民地主義と国民国家思想をヨーロッパ列強と共有しており、それゆえ、欧米諸国による建国運動への支援・関与を得ることができた。
 
パレスチナ問題は宗教対立ではない
 
 シオニズム運動によるユダヤ国家建設の標的は必ずしもパレスチナでなくてもよかったが、最終的にパレスチナが標的になったのは、①本来、政治的・世俗的なナショナリズムであるシオニズムを宗教言説(ユダヤ人の「離散と帰還」という神話)によって正当化しやすかったこと、②欧米キリスト教世界がオスマン帝国からエルサレムを奪還するのにユダヤ教による王国復活の神話を利用したこと、③ユーラシア大陸で長期にわたって繰り広げられた「グレート・ゲーム」の一環がパレスチナを含む中東地域でも展開されたこと――という3つの理由があったと指摘している。
 シオニズムが本来、世俗的・政治的運動であり、宗教はその目的のために便宜的に利用されただけであるという①の指摘は、パレスチナ問題が本質的に政治問題であって宗教対立ではない、ということを理解するうえで極めて重要である。
 ②は、アメリカで大きな勢力を持つエヴァンジェリカル(福音主義)やキリスト教原理主義がなぜイスラエルのシオニズムを支援しているのかを理解するうえで重要であるが、本稿ではあまり立ち入った考察はされていない。
 ③のグレート・ゲームは大英帝国とロシア帝国との間で、ユーラシア地域の支配圏をめぐって行われた陣取り合戦にペルシャやオスマン帝国、日本も加わっていった構図が描かれている。第1次大戦後の英仏による中東地域(旧オスマン帝国領)分割には、旧ドイツ植民地を接収して統治領とした日本も、英仏日間の相互承認を通じた当事者であるとの指摘がなされている。
 
 シオニズム運動は、ヨーロッパ人が先住民の虐殺さえ躊躇せずに彼らの土地と資源を収奪しつつ入植し、入植者社会を形成していく入植型植民地主義であり、アメリカ、カナダ、オーストラリア、南アフリカ、「満州国」などと共通性があることを早尾氏は指摘しているが、イスラエルのシオニズムは、植民地主義や人種主義が国際社会において否定されつつあった時代に国家建設が進められたこと、「ユダヤ人だけの国家」を目指した点において、特異性を放っていると私は思う。
 
イスラエルと国際社会はなぜハマスを悪魔視するのか
 
 続いて早尾氏は、イスラエルの軍事占領と入植活動を支援する「オスロ体制」の欺瞞的本質を指摘している。早尾氏によれば、オスロ体制とは、表向き、イスラエルとPLO(パレスチナ解放機構)とが相互承認した「和平」体制であるとされているが、その実態は、イスラエル側がパレスチナ側に抵抗運動をやめさせることによって安全を保障されるのに対して、パレスチナ側は主要都市部の行政権を認められただけで、「国家」となるために必要な入植地返還、東エルサレム返還、国境管理官の移譲、水利権の移譲など何一つ認められていない決定的に不平等で非対称な体制であり、それどころかイスラエルの軍事占領とさらなる入植活動さえ実質的に許容するものであるという。
 この欺瞞的なオスロ体制に公然と反対してきたのがパレスチナの抵抗組織ハマスであり、ハマスがイスラエルによる占領と入植活動に対して反対してきたからこそ、パレスチナの民衆はPLOを見限り、ハマスを支持するようになった、というのである。イスラエルと欧米社会(日本も含む)がハマスを敵視し、テロ組織であるかのように宣伝してきたのは、ハマスがイスラム組織であるとか、イスラエルの殲滅を目指しているから、などではなく、ハマスが占領と入植、植民地主義に対して抵抗しているからである。
 その証拠に、ハマスは2000年の第2次インティファーダ以降、パレスチナにおいてPLOをしのぐ支持を集め、06年のパレスチナ議会選挙では西岸地区とガザ地区の両方で勝利したが、イスラエルと欧米日はこの選挙結果を認めず、イスラエルとアメリカはPLO主流派のファタハに武器弾薬を与え、兵士の訓練を施し、ハマスとの内戦を引き起こさせた。PLOが西岸地区で武力クーデタに成功したのは、イスラエルがハマスの議員と活動家を一斉逮捕し弾圧したからにすぎない。ガザではイスラエルとアメリカに支援されたファタハによるクーデタは失敗したが、国際社会はクーデタにより選挙結果を覆したPLOの「自治政府」(西岸地区)のみを承認し、選挙による正統性を持つハマス自治政府を拒絶し、テロ組織扱いを続けている。
 
ガザ攻撃の目的はガザ抹消である
 
 イスラエルによる狂気のようなガザ虐殺・ジェノサイド・民族浄化は一体何を目的としているのか、良識のある世界中の人々が疑問に思っているだろう。この問いについて、早尾氏は、イスラエルが一貫して計画してきたガザ地区そのものの抹消である、と答えている。イスラエルは08~09年、12年、14年、21年とガザに対して激しい攻撃を繰り返してきたが、それと並行して、イスラエル政府はガザ地区の抹消を何度も検討してきたという。07年にはガザ地区をエジプト領へ移管することを検討したが、エジプト政府に拒絶され、12年にはガザ地区住民全員をエジプトのシナイ半島に移住させる案をアメリカを通じて打診したが、再度エジプトに拒絶されている。14年には西岸地区のPLO自治政府も巻き込んでのシナイ半島移住案を再度提案し、昨年10月の攻撃開始からわずか1週間後の10月13日にも、ガザ地区の全住民をシナイ半島へ「避難」させる検討文書がイスラエル国防省内で共有されたという。
 イスラエルからパレスチナ人を抹消し、ユダヤ人だけのユダヤ人国家を建設するというシオニズムの目標を貫徹すること、そのためには「人間動物」であるパレスチナ人にどれほど甚大な犠牲が出ようと一切気にすることはない、それこそが今回のイスラエル軍の行動原理なのである。
 

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