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歴史修正主義の30年④NHK番組介入・圧力事件

 こうして自民党右派グループの中で「歴史修正主義者」として着実な「成長」を遂げつつあった安倍晋三であるが、歴史修正主義それ自身の「成長」のためには、自由な言論や報道が邪魔であり、何としてもそれを弾圧せずにはいられないという、安倍ら歴史修正主義者としての本性が露骨に発揮されたのが、2001年に起きたNHK番組介入、圧力事件である。これは、同年1月30日に放送されたNHK教育テレビ番組「問われる戦時性暴力」が、安倍晋三、中川昭一ら政治家の圧力を受けて、大幅に改竄された事件である。これはその前年12月に東京で開かれた民衆法廷「日本軍性奴隷制を裁く女性国際戦犯法廷」を取り上げた番組であったが、NHKが法廷を題材にした番組を放送するという情報が右翼の間で広まると、様々な右翼団体から電話・ファックス・メールなどで「放映中止」を求める声がNHKに殺到し、中川が会長、安倍が事務局長を務める「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」(歴史教育議連)など自民党右派と強いパイプを持つ日本政策研究センター(伊藤哲夫所長)もNHKに対して「番組適正化」を求めるなどの抗議活動を行い、1月26日には日本最大の右翼団体「日本会議」も片山虎之介総務大臣に抗議文を手渡している。1月27日には右翼団体「NHKの『反日・偏向』を是正する国民会議」がNHK正面玄関に押しかけ、「放送を中止せよ」と職員に詰め寄り7時間以上その場に居座るなど、威力業務妨害罪の疑い濃厚な行動を行った。そして、放送前日の1月29日にはNHKの松尾武・放送総局長、野島直樹・国会担当局長ら幹部が議員会館で中川昭一ら自民党議員と面会したほか、首相官邸で安倍晋三内閣官房副長官と面会している。その結果、29日夜から30日にかけて、NHK幹部から制作現場に対する指示により、法廷に批判的な秦育彦氏のインタビューが挿入される一方、被害者の証言や加害兵士の証言、法廷判決、米山リサ氏と高橋哲哉氏の発言などがカットされるなどした結果、放送時間に4分も足りず、法廷の意義すらわからない異様な番組が放映されることとなった。

 しかし、こうした安倍晋三ら政治家の圧力が明るみに出たのは、2005年1月12日の朝日新聞のスクープ報道と、翌13日の長井暁NHKチーフプロデューサーによる告発会見によってであった。朝日の本田雅和記者の取材によると、中川昭一は、NHKの松尾・野島両氏に対し、「番組が偏向してる」から放送中止を求めたことを認めており、「NHK側は…あそこを直します、ここを直しますからやりたいと。それでダメだ」と言ったとまで証言している。また、松尾武への取材によると、安倍「先生はなかなか頭がいい。抽象的な言い方で人を攻めてきて、いやな奴だなあと思った要素もあった。……『勘ぐれ、お前』みたいな言い方をした部分もある」との証言を引き出している。朝日新聞のスクープ記事が出た後、安倍、中川、NHK幹部らはこうした事実の否認に転じているが、朝日新聞から流出した取材テープを公表した魚住昭の記事(『月刊現代』2005年9月号)により、これらの事実は裏付けられている。朝日新聞社は取材資料を流出させたことが取材元に迷惑をかけたとして謝罪に追い込まれるのだが、皮肉なことに、流出した取材テープがこれら政治家による生々しい圧力の事実を裏付けていたのである。

 安倍晋三は朝日新聞のスクープ報道以後、自分はNHK幹部に対して「公正中立な報道を」求めただけだという弁明を繰り返しており、本田記者の取材に対しても、「公平性に著しく欠ける」と述べたと答えている。その背景には、おそらく「政治的に公平であること」と定めた放送法第4条の規定に対する誤った解釈があるのであろう。放送法は第1条で「放送による表現の自由を確保すること」や「放送が健全な民主主義の発達に資するようにすること」を政府に求めており、第3条で「放送番組は、……何人からも干渉され、又は規律されることがない」と規定し、放送の自律性と外部からの不干渉を定めているのである。それを受けた第4条が放送番組の編集指針として「政治的に公平であること」を定めているのは、あくまでも放送事業者が番組内容を編集する際の倫理規範であって、政府など外部から放送内容に介入する根拠となるような規範ではないのである。そもそも安倍晋三は、NHKの予算編成権を握る与党議員であるだけでなく、内閣官房副長官という行政権の担い手だったのであり、その人物による個別番組に対する事前の批判は、まさに、憲法21条2項が無条件で禁止している「検閲」に当たる行為であり、憲法違反である。
 
 安倍晋三は、朝日のスクープ報道後に頻繁にテレビ出演を繰り返し、得意の嘘を濫発して自己正当化に努めているが、その中には彼の人間性や政治的背景まで浮き彫りにするようなケースもあった。一例を挙げると、フジテレビは2005年1月30日の「報道2001」で、安倍晋三と元NHK記者の川﨑泰資、元朝日新聞編集委員の下村満子の鼎談を企画し、出演を依頼した。ところが、川﨑によれば、放送前日にフジテレビから「安倍氏の都合で番組は下村氏と2人の対談とし、時間も30分から13分に減らしてほしい」との連絡があり、川﨑はしぶしぶ了承した。ところが、川﨑が当日フジテレビで下村との対談を終えると、その直後に安倍が1人で登場し、「いま話した人は問題を何も知らない人ですから」と前振りをして、NHK問題をとうとうとしゃべり出したのである。安倍は出演できなくなったわけではなく、他局での川崎の発言を聞いて、川﨑との同席を嫌い、異論や反論を受けない一人での出演にこだわったのである。このとき安倍は、自らテレビ局に持ち込んだパネルを示しながら、「朝日の報道はNHKの偏向プロデューサーや朝日の極左記者が結託して自分を陥れようとする陰謀で、背後に北朝鮮のスパイがいる」などと根拠のない妄言を一方的にまくしたてたのであるが、このとき彼が持ち込んだパネルは、勝共連合の機関紙「思想新聞」に載った関連図とほぼ同じものだったのである。安倍晋三と統一教会とのつながりはこの当時からすでに存在していたのである。

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