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「ガンナ・スタイル」を語る

今日から始まるジロ・ディ・イタリア記念!
イタリアのピンク色した某スポーツ新聞が発行している某スポーツ週刊誌の春先にでた特集「ロケット・マン」をこっそり訳してみました。

”トップ・ガンナ”がスポーツ・ウィークに打ち明ける。


几帳面で、料理上手、ストレスを感じたすべてを記録する手帳を持ち、芝を刈って薪を割るガンナ。そして今、「東京オリンピックで2つのメダル」を狙っている。


(聞き手=シルヴィア・グエリエーロ/2月13日・ミラノ)

フィリッポ・ガンナという青年を、だれだってすぐ気に入ってしまうだろう。たとえマスクをしていたって、その目はいつも笑っている。なにしろイケメンだし、人あたりもいいし、とにかく強いのだから(ほかに何がいる?)。ドヤ顔になったっていいだろうに、しかし、そんなところは微塵もない。プロフェッショナルであり、カメラを向けられ少しはにかみながらも、取材にはしっかりと向き合い、自分のことや再始動となったばかりの自転車競技について(2月3日、フランスでのエトワール・ド・ベッセージュに今期初参戦し2勝、次の予定は2月21〜27日中東でのUAEツアー)おしゃべりしてくれる。それはまるで友達といっしょにいるかのようにだ。

そしてまさしく、「友達」はミラノのすぐ近く、モンティキャーリのベロドロームにいた。かれの第二の家族ともいえるトラック競技代表の招集があり、わたしたちはそこで会うことになった。代表監督のマルコ・ヴィッラは「ぼくにとって第二のお父さん」であり、代表選手仲間は「夜どおしバカ話して楽しめる兄弟」。そんなかれらとだから、やたらと勝つのも自然の成り行きなのだろう。キーワードをいうなら、飾らない素朴さ。その内面があまりに慎ましくあるからこそ、フィリッポ・ガンナは単なるスター選手には決してあてはまらない(外から見ればもうすっかりスター選手ではあるけれど)。とはいえ、かつてはこんなことを言っていたという──小学生3年のガンナが、地元サイクルクラブのペダレ・ヴァルバネーゼで競技をはじめたときのことだ。「一回だけレースして、やめたんです。『サイクリングなんていやだ、好きじゃない』って言って」。しかし、それから自転車競技に集中するため勉学をやめることにしたときはこうだった。「学校では、ぼくが自転車競技で結果を出せるわけがないって言うやつらもいましたよ、そのだれかさんたちも今はもうなにも言わないでしょうがね」とかれは微笑みながら言うけれど、内に秘めたプライドがあればこそ。そのプライドをもって、タイム・トライアルのヒーローたちがいる世界の頂点へペダルを踏みこみ、チタンやカーボンの自転車を見せつけるのだ。子どものころからだって、そのプライドをもって、祖父母からのプレゼントである初めての自転車を友達にみせていた(「緑色だったけど、カッコ悪いどぎつい緑だったんです。でもぼくにとっては最高の自転車でした」)。わたしたちは昨シーズンの話をした。かれにとっても手応えのあるものだったが、こっちはもう熱狂そのもの。ベルリンのトラック世界選手権では世界記録のおまけつきで金メダル、イモラでのロード世界選手権ではタイム・トライアル優勝(イタリア人選手として初)、ジロ・ディ・イタリアでは48時間にわたってマリア・ローザを着用し4勝。「ぼくは自分のちょっとした居場所を見つけることができたんです」と謙虚に締めくくる、成功の数々だった。

トラックも、ロードもというのは、すごく厄介ですか?それとも、より楽しめる?
あるとき金髪美女とでかけたら、次はべつの黒髪女性とでかけるような感じでしょうか?
──「ふたりと一緒に出かけられるかぎりは……2020年みたいなシーズンを再びと思っています、ジロをなんとかクリアして、オリンピックにしっかり備えたい、それが今年の焦点ですね」

東京オリンピックでは、ロードレース、トラックのチーム・パーシュートと、ロードのタイムトライアルですね。3つともメダルを狙う?
──「2つあれば。もし2つ獲れたら両手にもってキスできますから。ロードはぼくの特性にぜんぜん合ってなくて、あのルートには、ぼくよりずっと確実なイタリア人ロードレーサーがたくさんいますし」

でもジロでは、まさに好みのところではないステージでも驚かされました。たとえばコミッリャテッロ・シラノのような……
──「そうですね。ロードでいえば、目標はもちろんジロでまたいくつかステージを勝つことです、それは特に大事に思っています」

はじめてのジロはなにが印象に残りましたか?
──「イタリア中の熱気ですね、いろんなところでそれは感じました。デビュー戦としてはこれ以上のぞむものはなかったし、はじめのうちはどこを向けばいいのかもわからないぐらいでした」

ジロで大活躍して、世界タイトルをものにして、なにか変わりましたか?
──「おそらくより忍耐力がついたとおもいます。足と……あとお尻がうごかなくても耐えることを学びました。そしてより自分がかわるようになって。世界レベルで戦えるってわかったんです、もう夢物語じゃないと」

人々があなたに対してもつ認識も変わったと思いますか?
──「いまはみんなに気づかれることがあります。マスクをつけていても!すごいですよね、サッカー選手たちがどんな思いをしているのか想像もつきませんけど」

あなたが鏡をのぞくとき、なにが見えますか?
──「いつものフィリッポですよ。この時期は髪が伸びて、もう少し切らないといけないけど。チクリズモはぼくを変えたりしないから」

あなたにとってチクリズモとは?
──「学校ですね。自分の人生をきちんとするように教えてくれる。すぐ荷造りをすること、あらゆるもの、自分をも管理することを教えてくれる。もしなにかに例えなくちゃいけないなら、かつての軍隊のようなものかな。ガツンと成長させてくれるような」

それはあなたに起こりましたか?
──「そうですね。とりわけ、一人暮らしをするようになったときから。だって、練習をして疲れ果てても、それからまだ食事をつくって、掃除洗濯しなくちゃいけない。それから、次の日もまたきつい練習があるのがわかってるから、お使いにも行っておかないと。いやでもちゃんと管理することを学びますよ」

女性のやってることがどういうものか、学んだわけね!
──「まあ……そうかも、女性たちはほんとにすごいですよ」

管理といえば。あなたのお父様は、84年ロサンゼルス・オリンピックのカヌー選手でしたね。「テデスコ(ドイツ人)」と呼ばれた……。
──「あだ名は、ぼくの最初にいたサイクルクラブの会長がつけたんです(訳注:父親とも旧知の間柄だったらしい)。ベルリンの壁があった時代に競技をしていたから。かれをしごいていたルーマニア人の監督がいて。その教えには父からぼくへと受け継がれたものもあります。まさに刷り込みですね、動物みたいな! よく言われたものでしたよ「その電車は一度しか通らない、なにをすべきか見るんだ」って。ぼくと学校は2本の平行線のまま出会うことは決してない。だからぼくは、すぐわかったんです、どっちを選ぶべきかを」

あだ名といえば、あなたのは?
──「『トップ・ガンナ』、『ピッポ』、ヴィヴィアーニが言うように『猛獣』もあります。ぼくにとってはなにも変わらないから、友だちはみんな呼びたいように呼べばいいんですよ。何年か前には「大理石の猫」ってよばれていました。トラックで交代せず意固地になってたから。監督のヴィッラは、ぼくがチームの一員としていられないならと4人に入れてくれなかったのだけど、いまは考えを変えたと思いますよ」

人生においても「意固地」ですか?
──「場合によっては。ある部分ではそう、きちんとすることについてなら、わりと意固地なところがあるかな。ほかのことは気にならないけど。性格としては楽観的、でも気分が塞げば、ぼくだってかみつきますよ。リスペクトはするけど、それを求めもしますから」

あなたにとって、人生で大切なものは?
──「静けさ。去年気づいたんです。おそらく今はあまりにも禅すぎるって言われるんだけど、でもなにか習っているとかではなくて、ただシンプルに、自分の中に平和を見出しています。必要としているこの清らかさを与えてくれる平和を。以前は、走ることを考えたり、練習やインタビューを管理することにあまりに精神的エネルギーを無駄に消費してしまって、もう直前までなにかがずっと頭にあって睡眠時間も削られていました。それから、ぼくのマンマからちょっとした手帳をプレゼントしてもらって、日中そこに全部書きだしちゃって、これでよし、と眠りにつくようになりました。ぼくは紙が好きなんです。スマホもようやく使い始めたけど、まだうまくいかなくて、目覚ましかけるのにも大騒ぎですよ!」

さて、あなたの友達について。あなたのような人生を送る人にとって、よりどころを持つというのは、どれほど大切なものですか?
──「たくさんはいません。両手で数えられるぐらいかな。4人は生涯の友。ほかはこのチクリズモで出会った人たち。それから、とてもいい関係のぼくの妹カルロッタも。ぼくたちお揃いのタトゥーをいれてるんです、錨の絵。いつも近くに感じてる人たちは少ないけれど、かれらのメッセージがひとつでもあればね。ぼくが落ち込んでたりストレスを感じている時に、さっき話したこの静けさを取り戻すために」

ストレスを感じた時、どうしていますか?
──「いい庭があるんですよ、芝刈り機でぐるぐる歩いて1キロぐらいの。でも実家には森があって、父が木を切るのを手伝ったりしています。いつも言われるんです「手を動かしたくなったら、ここに来い」って。いい気晴らしになりますよ。慣れてないと、翌日……大理石の猫になりますけど!でも、たいていは家でだらだらしてますね、パジャマとスリッパのまま。睡眠はなにより助けになりますから。とりわけ北のクラシックみたいな大きなイベントのあとには必要です」

なぜ?
──「なぜって、ロードでは、自転車に乗ってる人がずっとそばにいて、ときどきぶっとばしたくなっちゃうんです。テレビで見てるとピンとこないかもしれないけれど、でもあそこで、ずっと道路の穴やヒビ割れや中央分離帯に気を使いながら何キロもギリギリのところで肩を並べて、終わってみれば本当にストレスだらけですよ。ぼくはこうした機会のあとなんどか寝込みましたね。発熱、風邪、インフルエンザ、まるまる2日ぶっとおして寝るしかないんです」

それじゃいつもステキなチクリズモの話で盛り上がってる私たちは……
──「そりゃいいことですよ。でもぼくには、もっとキツくて犠牲を払うものですけど。それでも、レースでは走りのことだけ考えていますし、トレーニングでは正しいやり方で実行できてるかだけを考える。でも長い登りを走っていると、ちょっとしてからあれこれ考え出すんです。このあとなにしようかな?、持ってきたパニーノは美味しかな?。そしていまはひとり暮らしだから、今晩なに作ろうかな、とか」

いつから1人で暮らしてるんですか?
──「ちょうど一年になります。ティツィーノ州のアスコナ(訳注・スイス)に家があるんですよ。主婦みたいになんとかうまくやってますよ。汚れたものに囲まれて暮らすのはいやだし」

料理はどうしているんです?
──「ぼくのマンマがいろいろ教えてくれました。12月はモスコンとバッソと一緒にカナリア諸島でオフシーズンを過ごしたのだけど、みんなで料理を楽しみましたよ。ぼくたち空腹で死ぬことは絶対ないって思いましたね。3人ともなかなかの料理の腕ですから。それにぼくは食べるのも大好き」

それじゃ新型コロナにかかったとき味覚は(ヨーロッパ・トラック選手権もだけど)……
──「じっとしてても1キロも増えなかった。シンプルなパスタだけをマンマに作ってもらったけど、でもまるで味がしませんでした。うんざりな2週間でしたよ。ずっとプレイステーションで遊んでました、他にできることもなかったし」

ほかに好きな遊びは?
──「子どもの頃からだけど、レゴはずっと好きですね。たくさんもらったんです。遊ぶ時間を作ろうとしてるうちに山積みになってますけど。自転車でそんな時間がまったくなくて」

それじゃ自由時間はだれに捧げているんですか?
──「恋人のカルロッタに。もし彼女がいるときならね、でもすごく離れて暮らしているから。彼女とは5年前にとある競技大会で知り合ったんです、主催者の娘さんでした」

どうやって彼女を口説いたんですか?
──「ポンフェラーダの世界選手権のとき、彼女にメッセージを送り始めたんです。まあなんだかんだで、こういうことになりました」

でもどうして、そんな普通にメッセージを?気を引くアクションもなしに?
──「そんな気をひくことをするタイプじゃありませんから。でもクリスマスにはちょっとしたサプライズをしましたよ。その午後に彼女の家にいって紹介してもらったんです、思ってもなかったみたいで」

ほかに彼女をびっくりさせたことは?
──「去年の誕生日に、マダガスカルの旅行をプレゼントしました。コンソンニとその彼女も一緒に行ったんです。電話とかお金以上のなにか残るものをプレゼントしたくて」

彼女とも、スリッパのまま?それとも踊りに連れ出す?
──「新型コロナの前に、たしか2度ほど。でも一年のうち60〜70日は走ってるし、隔離期間もいれたら120日にもなります、それもチームといるし……一緒に過ごす時間がたくさんあるとは言えませんね。カルロッタは状況をわかっているし、受け入れてくれてます。だから彼女にモニュメントを捧げないとね」

ディスコに行かないとはいえ、音楽は好きですか?
──「どんなジャンルでも聞きますよ。ハードコアでもクラシックでも。今はトラップかな。ダウンロードするのはダーティなかんじの曲ばっかりですけど。すごく好きなのはサルモとかですね」

リラックスするときは、テレビ?それとも映画?
──「ドラマシリーズは、時間があるときならいろいろ見るし好きですよ。そうでなければ映画ですね。シリーズものはステージレースみたいで、ずっとついていかないといけないけど、映画ならワンデーレースみたいなものだから。パッとみておしまい」

「トップ・ガン」は何回見たんですか?
──「正直に言っても?一度もないんです。実のところ、はじめて映画の曲を聞かされたとき言ったんです。『なんですか、これ?』『君の曲だよ』『ああ、そうですか』って。残念なことにどの配信に行っても『トップ・ガン』はもう見つからなくて」

でも、もし『トップ・ガンナ』になってなかったら……なにになってたか想像つきますか?
──「料理をするのが好きだから、料理や観光業かな。高校で勉強したIT仕事はぜったい続けません。プログラミングはさっぱりわからなくて、それに電子ものよりいつも紙が好きですし」

それじゃ読むのは新聞で、ネット記事はみない?
──「外にいたらなにも読まないし、テレビも見ません。なにも知らないことが自分にはいいんです。家で家族がニュースをみていても、ぼくはテレビに背を向けたまま振り返りもしないし。夕食では、世界でなにが起きているかなんて話はしたくないんです」

でも、今生きている世界は好きですか?
──「こうある世界を好きでいないと。そこで生きていかなきゃいけない、だから美しいものを見つけて楽しまないとね」

パンデミックはべつにして、昨年いちばん衝撃をうけたことは?
──「ぼくも罹患したからだけど新型コロナのことがあんまり話されすぎて。でも唯一良いニュースといえば、スモッグが減って地球が少しだけきれいになったことですかね。環境にとっても私たち自身にとってもいいことであることにちがいありませんから。答えとしてこれで大丈夫ですか?」