掌編いろは/す「すべてのひとつ」

 最後にシンバルが一度、鳴らされた。
 それはそれはおおきな音で、鼓膜がしびれるほどだった。
 わあんわああんと音の余韻がテント中に響きわたり、ふしぎなことに、サーカスもわあんわああんと揺れだした。
 見ると忠実なライオンも火を吹く男も足長ピエロも綱渡りの美女も年老り顔の小人も、まるでかげろうのようにゆれている。ゆらりゆうらり融けていく。
 融けたサーカスを背中に、ひとり、団長が姿を現した。
 団長はシルクハットを脱いで深々と頭を下げると、あの誘うようなほほえみを見せて、言った。
「ごきげんよう。また相見える時を」

 それで、なにもなくなった。
 唯一残っていた一枚の紙吹雪だった紙が、サーカスの残像をそこに映していた。