願事宅配便/ミナトシリーズ

 ‘想い宅配便 ~その願い・叶えます~ ’ 
 
 玄関に大きく貼り出されたポスターには、天使の翼をモチーフにした文字でそう書かれていた。並んで受付締切日、営業時間、そして。 
 
‘場所:水晶森の南風のとなり エンジェル館’ 
 
 ポスターに目をやるたび、ミナトは苦笑する。ミナトはそこでバイトしていた。 
「この名前は詐欺だよなあ」 
 『想い宅配便』は天使が行っている事業だから、単純に‘エンジェル館’と命名されたんだと思う。でなければ、プレハブ小屋に高貴な名前をつけるはずがない。 
 天使は物よりも、気持ちや行動を重視する。きっとドラム缶でも‘エンジェル館’と名付けていただろう。 
「もうすこし気をつかう所があると思うんだけどな。何人の客をがっかりさせたことか」 
 ミナトはぼやきながらポスターの角度をチェックして、セロハンテープを机に置く。 
「よし、と」 
 
 受付のバイトに入って早や五日。客の到来は落ち着き、今日はまだ4人しか来ていない。あと半日も居れば今日のお勤めは終了だ。 
 ミナトが席についてお茶をすすっていると、アルミの引き戸が開いた。 
 5人目の客は紳士だった。細身を包む黒い燕尾服の上に土星が浮いている、惑星種。 
 土星の紳士は輪をつまんで上げ、軽く挨拶する。しゃれた仕草が実に似合う。 
 ミナトもそれに合わせて座ったまま会釈する。受付が今回の仕事だ。 
「いらっしゃいませ」 
「願ったものを届けてくれる所はこちらですか」 
 物静かな印象を与える声が、いかにも土星らしい。 
 ミナトは椅子をすすめて、パンフレットと伝票を差し出す。 
「はい、こちらです。‘願いもの’ですか、それとも‘祈りもの’でしょうか」 
「実は天使に願いごとするのは初めてでね。‘いのりもの’というのはなんだい?」 
 土星の紳士は困ったように頬のあたりを掻き、くるくる回っていた恒星が細い手に当た る。 
「失礼ですが、‘12月のおねがい’については……」 
 ミナトはおそるおそる尋ねた。 
 天使に願いを託す‘12月のお願い’は、クリスマスに並んで誰もが知っている地上の祭だ。しかし地上でも滅多にお目にかかれない惑星種の人が、地上の事情を知らない可能性もある。 
 紳士は人差し指を立てる。人よりずっと細長くて、しなやかそうだ。 
「あ、それはわかります。12月の3週間の間に、天使に願い事を書いた紙を軒下に下げて、叶えてもらうアレですよね。提示するのは自由、でも一人ひとつまで」 
「そう、それです。良かった」 
 ミナトはホッと胸をなでおろす。説明は業務のことだけでいい。 
「‘祈りもの’は自分以外に対する想いです。家族や友達、天気もこれに入ります。明日晴れますようにっていうアレですね。じゃあ最初から説明します」 
 ミナトはポスターと同じ絵のパンフレットを開く。 
「普通の宅配便でも荷物の種類に‘なまもの’とか‘壊れ物’がありますよね。『想い宅配便』の運ぶ物はお客様の‘想い’ですので、‘願いもの’‘祈りもの’という扱いになるんです。ここまではよろしいですか?」 
 紳士が頷くのを確認し、ミナトは話を進める。 
「ええとあらゆる‘想い’をお届けしますので、善意から悪意、恨みでもなんでも宅配します。自分のためなら‘願いもの’という扱いになります。ただ、悪意の場合は注意が必要です。これは相手が7割悪い場合に限られてまして、3割以上自分が悪い場合は、判定者から逆恨みと判定され、お客様に必ずバチが当たる仕組みになっています」 
「判定者ってのは、大天使ですか?」 
「いえ、大天使ではなく、黒い天使だそうですよ。僕も天使から聞いただけですけど」 
「天使はみんな白いと思っていましたが、黒い天使もおられるのですか」 
「みたいです。こんなふうに全身真っ黒だそうですよ」 
 ミナトはパンフレットの絵を指す。そこには黒い目と髪と翼を持った黒い天使が、バチを受けたらしい人に剣を突きつけている。突きつけられたほうは腕に怪我をして泣いていた。 
「手数料はいただきません。こちらの伝票に必要項目を書いていただいて、指定の投函口に入れて終わりです。受け付けてから大体3日ほどでお届けしますので、想いが叶うまでしばらくお待ちください。急がれる場合はスピード仕様サービスもございますが、この場合は特別に料金をいただきます。料金といっても、天使に贈り物をするだけで結構なんで すけど。甘い物とか白い物とか」 
「ほう。思っていたより早いんですね。一ヶ月が普通だと聞いてたんですが」 
「そうですね。実際、驚かれる方も多いみたいです。感激して電話をくださった方もいました」 
「私みたいな惑星種は恋をしませんが、よく告白とかあるみたいですね」 
「‘12月おねがい’で告白する‘天使告白’は恋人同士には大きなイベントですからね。告白と呪いの中間にあたる『自分を好きになってほしい』っていう‘願いもの’もあるようですが、僕はストレートに『好きです』っていうほうが好きかな。一度くらいはもらってみたいですね、やっぱり。――あ、すみません。ぼうっとしちゃって。説明、説明」 
 赤面するミナトを、紳士はくすくす笑う。 
「時々苦情の電話が来るんですが、依頼された‘想い’通りに宅配されるかどうか、ハッキリ言って保証できませんので、どうかご了承ください」 
 土星の紳士は頭を上げる。 
「これはご理解していただきたいのですが、‘想い’は意思の強さに左右されます。本心から沸き上がる意思が強ければ強いほど、‘想い’は成就されるというわけです。宝くじで一億円当選を願っても、心のどこかで叶うわけない、とあきらめていたら500円しか当たらないってことですね」 
「意思の強さ、ですか」 
 ミナトは頷く。 
「はい、そうです。本心からであればあるほど、‘想い’は確実にお届け出来ます。立派 な言葉を書き連ねても、些細な意思なら些細なていどの‘想い’をお届けするんです」 
「大義名分でも天使にはお見通しって事ですか」 
 うまくできてますね、と惑星は小刻みに揺れ、輪が炭酸のようにパチパチと弾ける。 
 笑っているらしいようすに、ミナトもつられて顔をほころばせる。 
「そうそう、逆恨みのことですが」 
 ミナトは耳打ちするように声をひそめ、紳士は興味深げに前屈みになる。エンジェル館には自分たち以外誰もいない事はわかっているが、なんとなく言うにははばかる気がした。 
「逆恨みの場合、意思は2倍になってお客様の元に返ってきます。僕はバイトなので、どういった仕組みなのかちょっとわかりませんが、下手すると命にかかわるそうです。意思の強さにもよりますけど、怪我は確実みたいですよ」 
「なるほどねえ。不本意に恨むだけ損ってことか。おもしろいですね」 
 土星は顎のあたりをしゃくる。 
 ふと、ミナトは重要なことを言っていないことに気づいた。あわてて補足する。 
「ああ、ええと、心配される方もいらっしゃいますが、‘願いもの’の内容は、依頼者とそれを受けた天使にしかわからないようになっています。受付の僕も、依頼者の名前しかわかりませんので、その点はご安心ください」 
 それから、とミナトは続ける。 
「‘12月のおねがい’同様、天使に託す‘想い’はお一人ひとつまでです。一度伝票を出したらキャンセルできませんので、そこも気をつけてください」 
 一通り説明を終えた事を伝えるように、ミナトは見ていたパンフレットを差し出した。 
 
 土星の紳士は受け取ったパンフレットをパラパラとめくる。 
「本日はいかがなさいますか」 
「そうですねえ」 
 紳士は小首を傾げ、頭の輪を指でつつく。考え事をしているらしい。 
 そのまましばらくしたあと、土星の紳士は肩を落として息を吐いた。 
「いざというと悩んじゃうね。自分の事なんだが」 
「‘願いもの’ですね」 
 確認するミナトに、紳士はつぶやく。 
「ほんの些細なことなんだ。でも友達に笑われてね。星のくせに願うこと自体がおかしいって。そう言われると、どうしたものか、動けなくなってしまってね。ここまで来たら 思い切って願いを託せるかと思ったんだが、やっぱりためらってしまう。情けない。あいつに言われたとおり、私が願う自体、バカなことなんだろうな」 
 そこまで言ったとき、ミナトが机を叩いて勢いよく立ちあがった。 
 客は驚いたように身を退く。 
「僕は、友達に笑われようと、‘想い’は‘想い’として願うべきだと思います!」 
「それはそうだろうな。まさかキミに怒られるとは思わなかったよ」 
 苦笑する土星に、ミナトはハッとして赤面し、気まずそうに腰をおろす。 
「すみません。怒ったつもりはなかったんですが、つい。でも、これはバイトをしていて感じたことなんですけど。天使も言ってました。……願うこと自体は、すべての存在に平等なんだと思うんです」 
 12月は、天使が生けるものすべての願いを聞き届ける月。 
 託される‘想い’は実にさまざまで、純粋に希望するもの、絶望の縁から願うもの、祈りをこめたもの、あたたかいもの、するどく痛々しいものなんてのもあった。どれも強く、激しく、その‘想い’を貫いている。 
 ミナトは預かった伝票を手にするたび、厳粛な気持ちになる。 
「僕は伝票を受け付けて、預かった物を右から左へ渡す仲介役です。それでも、ひとつひとつの文字から‘想い’が伝わってくるのがわかります」 
 本当は、些細な‘想い’なんて無いのだ。 
 ミナトはまっすぐ紳士を見つめ、ハッキリと言った。 
「こんなことを言うのはおこがましいと思いますが、自分の‘想い’をバカなこととか言わないでください。ぼくは天使と違ってうまく言葉にできないけれど、少しでも願ったのなら、ちゃんと願うべきです。でないと、その‘想い’がかわいそうですよ」 
 言いたいことを言って、ミナトは少し後悔した。すこし言い過ぎたかもしれない。 
 紳士はうつむいていたが、間をおいて頭を上げる。 
 土星はどことなくスッキリした雰囲気をもっていた。 
「やっぱり、やめる事にするよ。まだ時間はあるようだし、一度帰って考えてから、また 来るとしよう」 
 ミナトも納得して頷く。 
「わかりました。期間中ならいつでもいいので、またいらしてください。僕はずっとここでバイトしてますから」 
「ああ、そうさせてもらおう。友の言葉も一理あると思っていたが、キミの言葉のほうがずっとすばらしいと思う。確かに願うべきかもしれないな」 
 照れるミナトに、土星の紳士はクスクスと笑った。 
 
「キミは‘願いもの’をしたのかい?」 
 紳士の問いに、ミナトは当然といった顔で答える。 
「はい。良いアパートに引っ越したいって」 
「こいつは傑作だ! 天使にアパートを頼むなんて初耳だよ!」 
 とたんに紳士はカラカラと笑い出し、輪に閃光が走る。きらきらして目に痛い。 
 ミナトは憮然として言った。 
「そんなに笑わないでくださいよ。来月から住むトコが無い僕には、かなり死活問題なんですから」 
「新年を迎える時期に住むところが無いなんて、どうしたんだい」 
「アパートの土台に、パキラスが住みついちゃって」 
 パキラスは好酸菌で、全長が手の平サイズと菌種にしてはでかい。季節の変わり目に群れを作って移動し、夏は森の奥で過ごし、寒くなれば暖かい家屋の土台で越冬する。それは構わないのだが、1シーズンかけて家を腐らせてしまう。都合が悪いことにパキラスは 絶滅危惧種に指定されているため、退治するどころか追い払うこともしてはいけない。 
 運悪く住みつかれた住人は出ていくしかなく、今年はミナトの住むアパートが餌食になった。専門家の診断によると、早くても年明けには床が抜けるそうだ。 
 紳士は同情の色を見せる。 
「それは災難だなあ。でもパキラスに家を食われた人は、代わりに今年の幸運を手にするって言うし、元気出すといい」 
「ありがとうございます」 
「私は、キミのような大人物に逢えただけでも幸運だけどね」 
 ははは、と土星は笑い、ミナトは頭を掻いてふてくされる。 
「大人物かなあ。確かに天使は、希望を叶える偉大な存在かもしれませんが、僕は皆のようにやたら敬う気はしません。今回バイトに来て、さらにその判断は正しかったと思いました。このエンジェル館なんて、実に天使らしいですよ。普通は大理石の神殿を連想するでしょう、それがプレハブ! ここに座って、見物客ががっかりする姿を見てると、僕ですら気の毒になってきますよ。天使のくせに夢を壊すのも良いトコです。プレハブ以外にマシなものは考えなかったのか聞いたら、100人乗っても壊れない物置にするか悩んだ、なんてトボけたことを本気で言うんですよ! 敬うどころか、僕はツッコミを入れずにいられませんでしたよ!」 
 紳士はさらに閃光を弾かせて大笑いする。 
「確かに、天使は物に執着しないというか頓着しないところがあるね。それにしても、敬う気がないのに、よく天使に関わるバイトしてるね」 
「バイト料が破格だったんで、即行面接に言ったんです。そこで‘願いもの’を聞かれて、素直に最高の物件って答えたんです。そしたら隣の人からは怒られるし、天使たちは翼を打って大爆笑してるし、散々でしたよ。だから面接落ちたと思ったんですけどね」 
「私でもキミを採用するな。こんなにおもしろい人種(ヒトしゅ)は滅多にいないし。死活問題なら、その願いは聞き届けられそうだね。意思が凄く強そうだ」 
「なんか気に入られたみたいで‘願いもの’と関係なく、日当たり良好の2DKで格安物件を叶えてくれるそうです。その時はじめて、天使が神々しく見えました」 
「天使は約束を忘れない種だというしね。私もキミが良い家に住めるよう祈っておこう」 
 土星の紳士は笑いが治まらないようすで、肩を震わせながら輪をバチバチと光らせる。 
 ミナトはおもろくない顔で冷めたお茶を飲み干す。 
「いいかげん笑うのやめてくれませんか」 
「ごめんごめん。星ってのは一度笑うと止まらないんだよ。それにしても傑作な話を聞かせてもらった。やっぱり来てよかったよ」 
「僕はあまりおもしろくありませんけどねっ」 
「どうか怒らないでくれ。お詫びに行きつけのバーでごちそうしよう。キミの話ももっと聞きたいし」 
「笑われた分、しっかりごちそうになりますよ」 
「もちろん、全メニュー制覇してもいい。良かったら今夜にでも。キミの名前は?」 
「ミナトです。夜なら、7時過ぎに時間が空きます」 
「私はサターン。じゃあ7時にカノープス通りの『スプートニク』に来てくれ。会員制だが、会員の紹介があれば誰でも入ることができる。入り口に怖い顔したヤツが立っている。彼に‘サターンの紹介で’と言ってこれを見せるといい。通してくれるはずだ」 
 紳士は自分の恒星をひとつ取って、ミナトの手に落とす。 
 ミナトは紫の星を見つめ、手の中で転がしてみる。 
 動かない恒星は、ただのビー玉としか思えず、期待を裏切られて舌打ちする。 
「取ったら、もう浮いたり回ったりしないんですか?」 
「引力がない君には無理だろうな。じゃあ、待ってるよ。とっときの話もね」 
「ありがとうございました」 
 サターンは手を軽く振り、軽快な足どりで店を出ていった。 
 
 ミナトはサターンの姿が見えなくなるまで見送り、恒星を胸ポケットにしまう。 
 ふいに空を見上げると、3人の天使が飛んでいくところだった。 
 胸元で大事そうに抱えている光は‘想い’だろう。 
 白く輝く翼をはばたかせ、あっという間に見えなくなる。 
 ミナトは土星の‘想い’が何なのか考えながら、プレハブ小屋に戻った。 
 水晶の森から吹く南風が、とても心地よく感じる午後だった。 
 
 
     了