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気まずさという壁

その時、自分はコンビニ店員だった。


社員店長と、高校時代からバイトしていたというオネエチャン。頼りない婆ちゃんが昼間のメインスタッフだった。

自分が入って1年ほどで、経営が替わった。
上の首だけがすげ替えられ、スタッフはそのまま残った。

勤続年数が長かったオネエチャンは、新しく来た店長に次ぐマネージャーという立場になり、それを嫌がっていた。


彼女が働かなくなったのは、それからほどなくだった。

シフト1分前に滑り込み、勤怠を切ったらまず禁煙の事務所で一服する。
それから徐ろに朝食を買い、ゆっくり食べ始める。
もちろん、レジには出ない。

タバコを咥えたまま、事務所で発注と精算をのんびりとし、昼のピークで長い列ができるとようやく、舌打ちをしながらカウンターに出てきた。

店長がいる日だけ、きちんと売り場に出る。

何かトラブルがあると
「店長来たら任せればいいんじゃないですかぁ?」

入ったばかりの頃、自分にあれこれ教えてくれた仕事熱心な若者の、あまりといえばあまりの変貌に、呆気に取られた。


夜から朝、朝から昼、昼から夜と引き継ぎをし、休む暇のないのがコンビニである。
引き継ぎ相手のスタッフから、バディの自分に苦情が来たのは当然であった。

会議で留守がちな店長に訴えると同時に、後輩ではあるが年長者として、本人に苦言を呈した。
もちろん、常々言ってはいたのだが、片手間の文句ではなく、時間をもらっての対峙をした。

ふくれっ面で黙り込んだ彼女は、そのまま自分と口を利かなくなった。


「芋さんと気まずいんです」

店長にはそう言ったらしい。


毛が逆立つほどの怒りと、脱力を感じた。


あの店を辞めたのは、他の理由だったのだが、
しばらくは看板を見るだけで胸に黒いものが浮き上がった。




あれから、かなりの時間が経ち。
何が自分を苛立たせたのか、ようやく整理が出来たような気がする。


自信がないのに責任を押し付けられ、断れなかった若者を、わかっても支えてもやれなかった不甲斐なさ。

そしてなにより。

つい先日まで、ふざけ合ったり呑みに行った「友人」だった相手に、「気まずい」という壁を立てられた衝撃。


「気まずい」は、あの頃の自分にとって、親しくない相手に使う言葉だったのだ。

その場で笑いに変えたり、腹を割って話したりが出来ない関係にだけ、気まずさを感じたい。
と、思ったのだ。
たぶん。

ぶっちゃけて欲しかった。


だってマネージャーなんてやりたくなかった、と泣いて欲しかった。

………のだろう、たぶん。


今ならもっと、上手に人間関係をおさめられたかもしれない。
彼女は若く、自分も修行が足りなかった。

今、どうしているだろうか。

壁の向こうで彼女が、昔と同じ無邪気な顔で笑っていることを、願っている。




☆ヘッダー写真、お借りしました。ありがとうございます。

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