樋口毅宏【後編】シュワルツネッガーも渡辺淳一も歴史上の大人物も、金玉をぶらぶらさせたアホ男
(このインタビューは2015年2月17日に掲載したものです)
「上司の妻を寝取ってやる!!」そんな物騒な文句が帯に踊る、スリリングで官能的な恋愛小説『愛される資格』が話題を呼んでいます。著者の樋口毅宏さんは、エンタメ小説『さらば雑司ヶ谷』からベストセラーとなった新書『タモリ論』などで知られ、さまざまな週刊誌でのコラムなど、カルチャー界隈でひっぱりだこ。そんな樋口さん渾身の作品にたぎった、“しょうもない男たち”への思いの丈を伺いました。後編は、あの大作家・渡辺淳一さんの意外な過去から、みんな知っている有名人まで、男はみ~んなアホである? というお話です。
担当編集者の太鼓判!
樋口さんはいい意味でとても「サービス精神過剰」な人です。この作品でも、上司の妻を寝取るという設定、臨場感たっぷりの大胆な官能描写、登場人物に思わず自分を投影させてしまいそうになる繊細な心理描写など、読めば必ず「ハマる」であろう箇所がこれでもかと盛り込まれています。特に第三章からの展開を想像できる人はいないはず。一見ベタで地味に感じるタイトルも、読み終わった後に感じる印象はまったく違ったものになるはずです。
(小学館・新里健太郎)
セルアウトする重要性
—— この作品『愛される資格』は、去年亡くなった渡辺淳一さんをリスペクトして、「愛の描き方のメカニズムと真髄に迫りたかった」とおっしゃっていますよね。
樋口毅宏(以下、樋口) そうですね。率直に言うと、売れる小説の仕組みを学びたかった。どういう主人公のキャラ設定で、どこにどの程度セックスシーンが散りばめると良いのか。それに登場人物の心の機微や話の持っていき方などを学びたかったんです。渡辺淳一さんはセックスシーンが出ない小説のほうが本当は多いんですけどね。
—— 売れるということは、みんなが欲する物語ということよね。
樋口 最大公約数狙いはありますよね。たとえば僕のデビュー作『さらば雑司ヶ谷』なり、『タモリ論』はそこそこ売れたんですが、メガセールスの書き手、例えば東野圭吾さん、宮部みゆきさん、時代劇作家の佐伯泰英さんたちと比べたら……。
—— 20万部、30万部、シリーズ累計●百万部突破の世界ですね。
樋口 自分が今売れている人たちのなかで顰に習う、お手本にしたい人って誰だろうと考えたら、渡辺淳一さんだったんですよね。
—— 樋口さんの作品は、コアなファンがたくさんいらっしゃる印象ですが、もっともっと広く売れたいという思いは強いんでしょうか。
樋口 やっぱり何事においても「売れる」っていうのは重要ですから。小説家でもマンガ家でも映画監督でもミュージシャンでも。ヒット作があれば長く続けられるし、発言権も増えますから。
—— なるほど。
樋口 渡辺淳一さんは、北海道の出身で、札幌でお医者さんをやっていたから、それだけでも普通に食べていけたんですよね、だけど東京で本を一冊出したら作家になりたいと思って。奥さんとお子さん2人がまだ幼いのに上京しちゃうんですよ。オネーチャンと一緒に。
—— オネーチャンですか?
樋口 ご本人もいろんなところで明かしていますけど、奥さんとは別に付き合っている女性と一緒に。それで、東京に出てきたら同棲した女性はホステスで働かせて、それだけでは食っていけないから近くの大きい病院で週1で働いて、「ああ、俺はどうして自ら出世コースから外れたんだろう、バカじゃなかろうか」って悩みながら、毎日毎日小説を書いていたんですよ。
—— そんな時代があったんですね。
樋口 小説を書きつつ、でも全然パッとしなくて、また他の女性に手を出してうまく行かなくて、頭に来て酔っ払って暴れて、警察の厄介になるんですよ。
—— なんと。
樋口 「ああ、俺の人生はもう終わりだ! 作家生命を絶たれた」と覚悟して交番で名前を伝えたら、「渡辺淳一? ふーん、作家? 知らないね~」って軽くあしらわれてしまう。それがすごいショックで、売れる小説を書いてやると決意したのが、渡辺淳一の原動力なんですよ。
—— おお、そうなんですね。
樋口 そこから奮起して直木賞とって、どんどん映像化されるものを書いて、文芸界のドンになったわけです。
—— 聞いているとあらすじとは違いますが、この本の主人公に、心の動き的には重なるものがある気がします。
樋口 そうなんですよ。「今に見てろよ!」という気持ちですよね。前回、モテないうだつのあがらない男を代表して小説を書いていると言いましたが、渡辺淳一さんのように学生の頃からモテてモテて、医者のエリートコースを歩んでいたような人も、今に見ていろよって思ってやっていたんですよね。
シュワちゃんも渡辺淳一もジョン・レノンも俺も……
—— 渡辺淳一さんといえば、直木賞の選考委員まで務めた大御所作家という印象ですが、そんなことがあったとは。
樋口 ほんと男ってしょうがないですよ。話ちょっと逸れますけど、あのシュワルツネッガーだって、ケネディ一族の女性と結婚して子宝に恵まれて、カリフォルニア州知事にまでなったのに、手を出した女性が誰か知ってます?
—— いやわからないです。
樋口 自分の家で長年働いていたメイドなんですよ。それがよっぽど若くてエロい、筧美和子か菜々緒か壇蜜系かと思ったら——。
—— ご自分の趣味ですね。
樋口 (無視して)ほんと言葉は良くないけど、おばちゃんだったの。
—— ひどいこと言いますね(笑)。でも、調べて見ると、おお、これは……。
樋口 タイガーウッズも愛人がいっぱいいるのがバレて、18ホールいくぞって言われていた。全員、金髪白人の美人で。俺ならシュワルツネッガーに肩入れするね。飲もうよ大将! って言いたくなるよ(笑)。
—— 人間味がありますね(笑)。
樋口 初めて好きになったもん、シュワルツネッガー。
—— あはははは、わかる気がします。
樋口 シュワルツネッガーとタメを張るのが、同時代のアクションスター、シルベスター・スタローンですよ。あの人もうだつのあがらないポルノ男優から脚本・主演の映画「ロッキー」がアカデミー賞を取って、最下層の暮らしから這い上がってきたんですよ。でもその後、奥さんを裏切って、巨乳のオネーチャンと浮気するんですよね。ブリジット・ニールセンという、『ロッキー4』や『コブラ』で抜擢した、頭からっぽで入れ乳の女と。
—— へえ~。
樋口 それでスタローンのお母さんがインタビューで「うちのバカ息子は、あのビッチの体に目が眩んだんじゃ」みたいなことを言って……。糟糠の妻を棄ててニールセンと再婚して、すぐ離婚して大金をとられて……バカまるだしでしょ?
—— スタローンもシュワルツネッガーも。
樋口 そう。スタローンも、シュワルツネッガーも、渡辺淳一も、俺も、いいやキング牧師もジョン・レノンといった歴史上の大人物も、みんなアホ男ですよ、ほんとに。
—— セックスの前ではただのアホな雄だと。
樋口 どんなに世間で持ち上げられても、口先ではどんなに立派なことを唱えても、金玉をぶらぶらさせている間抜けな生き物ですね。
第三部の「もう一度生まれる」
—— 小説にお話を戻しますと、終盤に憎き上司の奥さんを寝とることで復讐を果たし、してやったりというところから、さらに先が描かれています。復讐する相手を叩きのめしてどうなるのか? とハラハラしていたら、驚きの展開でした。
樋口 単なる復讐モノにはしたくなかった。もちろん、僕は前回言ったように「タクシードライバー」も、北野武さんの映画も好きだけど、どれも復讐を遂げたところで終わる。その先を描きたかったんですよね。
—— その先、ですか?
樋口 物語はそこで終わるけど、現実世界や人生は否が応でも続くわけですよね。誰しも子どもから大人になることを引き受けなくちゃいけない。「書き手のお前はできているのか」って訊かれたら自信はないけど、せめて小説のなかの主人公は人間的成長をさせたいと思って書いたんですよね。
—— その後の新しい生き方が、描かれていて、新鮮な気持ちで読みました。
樋口 古典なんですけどね。成長モノですから。
—— 復讐のあとの成長ですね。
樋口 そうですね、僕の小説でも『テロルのすべて』っていう、主人公がアメリカに原爆を落とす、物騒な小説を書きましたけど、それは原爆を落として終わるんです。『ルック・バック・イン・アンガー』も復讐を遂げて終わります。現実世界は否が応でも続くんで、それを書いてみたかったんですよね。
—— 主人公がもがき苦しみながらも、借り物じゃない、新しい自分の人生を見い出していくっていうのは、新しい景色を見せてもらったように思います。
樋口 ありがとうございます。今までね、荒唐無稽な、良くも悪くもマンガっぽいのを書いてきたから、この辺でちゃんと、「普通の物語」で落ち着いてみたかったんじゃないですかね。
—— ダメな男をいろんな角度から書いてやり尽くした感じはありますか?
樋口 ありますね、出し尽くした感が。小説家としての第一期は終わりだなと思いました。世の中に対しての鬱憤晴らしは散々書いてきたから、次のステージに進む決意が出来ました。俺ら男はしょうもないけど、これからも頑張って生きていこうぜって感じです。
(おわり)
樋口毅宏(ひぐち・たけひろ)
東京都豊島区雑司ヶ谷生まれ。出版社に勤務したのち、2009年『さらば雑司ヶ谷』で小説家デビュー。11年『民宿雪国』で第24回山本周五郎賞候補・第2回山田風太郎賞候補、12年『テロルのすべて』で第14回大藪春彦賞候補。他著書に『日本のセックス』『二十五の瞳』『タモリ論』などがある。
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