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言うなれば光と影

ヤンデルさん

こんばんは、お返事下さりありがとうございます。
前回は嬉しさがついつい溢れてしまい、失礼いたしました。

こちらは今夜はサンダーストーム、雷雨です。

日本の天気はどうなんだろうと気になって調べてみたら、ものすごい猛暑の予報なのですね。

少し前まで今年は冷夏だとか言っていたのに、恐ろしいものです。

どうかお体にお気を付けてお過ごしください。


天気予報といえばアメリカの天気予報ってなんだかいつも大袈裟なんです。

今日も昼頃から、

「今晩9時頃から雷を伴う暴風雨の予報!河川の氾濫に注意!!」

とアプリから何回も警告がありました。

『大雨で家に帰れなくなっても嫌だな』と思って、いそいそと帰路についたのですが、ふたを開けてみると雷を伴う小雨といった感じです。

折角早く帰ってきたのでホップのきいたビールをチビチビやりながら、時々ピカッと光ると、雷鳴が聞こえるまで何秒かかるか数えて、「おぉ、今のは近かったな」とか、「だんだん遠くなってきた」とかやって雷雲の行方を探りながらお手紙を書いています。


さてさて…。

いやはや、痛いところを突かれてしまいました。

「それ、何の役に立つんですか?」

そうですね、それが大事ですよね。

以前深い悩みに落ち込んだ時もこれを自問自答して、なかなかに苦しみました。

PETって何の役に立ってるんでしょうか?

医療現場ではどのような役割を担うことが出来ているのでしょうか?

これをお話しするにあたっては、核医学診療部の医師として働いていた経験が少しは役に立つのではないかと思っています。

(PETは画像診断の中でも、核医学という分野に属します。核医学専門医の資格を持っている医師はどれくらいいるのかなと思って名簿を見たら、日本中でたったの1317人しかいませんでした。とても少ないですね。)


PETは画像検査の一つであり、患者さんの体への負担を最小限に抑えながら、体の内部の状況を探ることが出来る可能性のある検査方法です。

少ない負担で体の内部の状況を探る、その特性を生かしながら、どれだけ病気の治療方針を左右するような有用な情報を提供することが出来るか。

それが臨床の現場では求められていると思います。

画像検査はどれも、同じような使命を負いながら日々進歩している中、PETの分野にもその歴史の中で、一つ大きな進歩がありました。

それは、FDGと呼ばれるブドウ糖によく似たPET用の薬の開発です。


ブドウ糖はご存知の通り、炭素原子が6個、水素原子が12個、酸素原子が6個という少ない原子で構成されいる単糖類ですが、FDGはそのブドウ糖の一つのOHがフッ素(F)に置き換わっています。

この構造変化から、フルオロ(F)・デオキシ(D)・グルコース(G)と命名されました。

フッ素の付いた(フルオロ)、OHの外れた(デオキシ)、ブドウ糖(グルコース)という意味です。

細胞内にエネルギー源として取り込まれたブドウ糖は、酵素によってさらに細かくなり、最終的にエネルギーに変換されます。

ですが、実はFDGの構造変化、OHに代わってフッ素がつくことによって、ブドウ糖を細かくする酵素がFDGには上手く反応しないことが判明しました。

つまり、FDGは細胞内でうまく分解することが出来ません。

更にもう一つ重要な特徴があって、一度細胞内に入ってしまったFDGは細胞の外に出ることが出来なくなってしまいます。

再度細胞の外に出ていくこともできないけど、分解もされない。

これにより、糖分を欲している(≒沢山エネルギーを消費している)細胞はその欲している具合に従ってFDGがどんどん溜まり、糖分を使っていない細胞はFDGの濃度は薄いまま、という濃度差が生まれます。

この濃度差をPET装置で検出することで、全身の糖代謝の違いを画像にすることが可能になりました。

FDGを使ったPET検査のことを、薬品名と撮像方法を合わせて、FDG-PET検査と言ったりします。

そして、このFDG-PETの使い方で最も有用だったのが、がん病変の検出でした。

がんはとても燃費が悪く、ブドウ糖を沢山取り込むことが知られています。

そのため、がんがあるところには沢山FDGが集まります

CTやMRI、エコーではがん細胞があるかどうか、わからなかった様な病変も、『FDGが集まるからそこにがん細胞があるのだ』と分かるようになりました。

PET特有の弱点があり、残念ながら全てのがん細胞を見つけることは不可能なのですが、がんの診断や治療方針決定には、かなり有用な情報が提供可能です。

現在のPET検査の90%以上はこのFDGを使って、がんの診断やがんへの治療が効いているかを判断するために行われ、日夜がん治療の方針決定に寄与しています。


しかし、逆に言うと、これまでのPETの歴史の中で、FDGだけしか臨床現場に深く入り込めるような成果を出した薬はありませんでした。

少し大げさかもしれませんが、PETの全力を100%とすると、現在の臨床現場ではその実力の10%も発揮していない、といっても過言ではないと個人的には思っています。


「PETを極めると、どんな未来がみえてきますか?」

そういう現状だからこそ、これは非常に心が躍るご質問です。

悩んだ挙句、まだ自分がPETの研究に実を置いている意味がこの辺りにあるような気がしています。

PETを極めた先にはどのような未来があるのでしょうか?

それを語るには、外堀から先にご説明しなくてはいけません。


まず、PETとその他の画像検査の違いについて、少しお話させてください。

先ほど、FDGは全身の糖代謝を画像にすることが出来ると言いました。

このような、画像のことを『機能画像』と呼ぶことがあります。

全身の様々な機能から、糖代謝という機能だけを抜き出した画像という意味ですね。

機能画像の反対、体の形そのものを画像化したものは『解剖画像』と言ったりします。

少し例外はありますが、単純X線写真やCT、MRIやエコーは解剖画像に分類されることが多いです。

そして、この機能画像と解剖画像の違いを説明するとき、核医学の医師は好んで夜景の写真を使います。

ここで使えるような写真を、何かの機会に撮っていたりしないかなぁと思って昔取った写真のフォルダを漁っていたら、一つだけ見つけました。

函館山から撮った、昼の函館と夜の函館です。

函館旅行の際、どうしても昼と夜、両方の景色が見たくてレンタカーで二往復したのでした。

ご覧の通り、昼の写真からは、どこに海があるのか、どういう色、形、大きさのビルが並んでいるのか、山の高さはどのくらいなのか、などといったことを知ることが出来ます。

一方で、夜の写真から得られる情報は少し異なります。

ビルの中でも明かりがついている窓とついていない窓があったり、車通りの一番多い道がどこか推し量ることが出来たり、何もなさそうな山の中に実は明かりが灯っていたり、船着き場の船にもかなりの明かりがある事が分かったり…。

言い換えると、この函館の夜の写真は、人々の活動性とか、息遣いとか、電力の消費具合とか、そういったものを可視化している機能画像とは言えないでしょうか。

また、悲しいことですが、函館はここ最近人口が減ってしまったせいで、100万ドルの夜景と言われていた以前ほどの輝きはないと伺いました。

『同じビルが建っていても、その街並みの活動性が落ちていることがある。』

これも機能画像でしか見ることが出来ない事柄だと言えます。

これを先ほどのFDGに当てはめてみると、

『がんの治療を行ったところ、治療の対象となっている病変の形はCTやMRI、エコーでは変化が見えないが、FDG-PETをすると、劇的にFDGの集まり具合が減っていて、治療が効いているのが分かる』

という様なことを、がんの治療を担当している医師に提供することが出来たりします。


光は機能が高くなるにつれて明るくなり、機能がない部分は、暗い影になっている、このコントラストが高ければ高いほど良い機能画像検査だと言えます。

言うなれば、光と影のコントラスト。

このコントラストをいかに上手く操るかが、PETを極める際のカギになります。


さて、なんだか長くなってきましたね…。

今回はここで一度おしまいにさせて頂いて、PETを極めた先に何があるのか、どういったことが可能になり始めているのか、などは次回以降にお話したいと思います。

今回は、これにて失礼いたします!


(2019.8.5 タク → ヤンデルさん)


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