それでは時空を超えてみましょう
ヤンデルさん
前回のお手紙、嬉しくて震えました。
・今回は〇〇という属性の人が読みたくなるように書いてみた
と、同じ題材を何度も書き直していく企画をやってみませんか?
私の悩みを汲み取って下さり、少しでも文章力に幅が広がるように上達するようにと、こんな面白い企画を打ち出してくださいました。
このやり取りを通して自分の文章がどう変わっていくのか、自分でもワクワクしています!
まずは、『高校生だったころの、理系センスがあるが医学の専門教育は受けていない、私』にターゲットを絞るというお題ですね!
そこで17歳の頃の私に送る手紙を書いてみました(以下に添付します)。
あの頃の私が興味を持ってくれると嬉しいのですが…。
可能性がありそうでしたら、これからこの文章を検閲に通そうと思っています。
よろしくお願い致します!
(2019.10.3 タク → ヤンデルさん)
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17歳の僕へ
やぁ、元気にしてるかい?朝忙しいところを邪魔してしまって申し訳ない。
突然机の上にこんな手紙が置かれていて、誰の仕業かと思っているだろう。
信じられないかもしれないけど、僕はミライの君だ。
そう、ミライからの手紙だよ。
フフ、驚いたんじゃないかな。
おや?
その顔はもしかして、誰かのいたずらだと思ってるね。
まぁ無理もない。何せ唐突すぎる。
本当はこれから君の身に起こることをつらつらと予言してみせることで、僕がミライの君だということを証明することは簡単なんだけど、君も知っている通り、そんなことをしてしまったらタイムパラドックスという歴史矛盾が起きて、過去もミライも含めて全宇宙が消滅するか、君と僕の世界がパラレルワールドに分裂してしまう可能性が高い。
例えば、今僕が何歳なのかも言えない。
そんなことを言ったら、何年先までは死なないんだなと君に知らせてしまうことになるからね。
君のミライについて語ることは時空相対性維持法で固く禁じられているんだ。
そんなこんなで、この手紙は時空警察の厳しい検閲を通り抜けた末、君のもとに届いている。
だから、信じてほしいとは思うけど、僕が君のミライだという証拠を出すことは出来ない。
信じるも信じないも君次第。
まぁ、本当のところ、君が僕だろうが、僕が君だろうが今日の目的にはあんまり関係のない事なんだ。
実は、今日はある人からの任務を達成するために君に手紙を書いている。
その任務とは
「がんを画像検査で見つけることの意義とその手法について、高校生の頃のあなたにわかりやすく伝えよ」
というもの。
これがね、なかなか難しかったんだよ。
医学って色んな知識を揃えてようやく全体がおぼろげに見えてくるような学問だからね。
それを高校生の頃の僕、つまり君にもパッと理解してもらえるような文章を書くのはかなり苦労した。
一応頑張ってみたんだけど…。
う~ん、君に伝わりやすい文章になっただろうか?
正直なところ、全く確証が持てない。
そこで、今後の勉強のためにも、以下の文章を読んで感想を聞かせて貰えないだろうか?
感想は最後の余白のところに書き込んで、左下にある【送信】の文字を押してほしい。
そうすれば君の意見がこちらに届くから。
どうだい、ミライっぽいだろう?
ではどうかよろしく。
・・・・・・
さてさて、今日の話題は『がんを見つける』、その意義と手段について。
まずは『がん』というものを説明しなくてはいけないね。
『がん』について君が知っていることは何だろうか。
・手術でとらなくてはいけない悪いモノ
・色んな臓器に出来る
・抗がん剤という治療が必要になることもある
・ヒトを死に追いやってしまう病
何だかとても怖い病気だということは知っていると思う。
でもどうして『がん』が出来るのかとか、どうして『がん』が命を奪ってしまうのかについては、ボンヤリしていてイマイチよくわからないんじゃないかな。
実はイメージを膨らませてもらうために、がん細胞をモチーフにして短いSF小説を書いたことがあるんだ。
もし時間があったら目を通してもらえないだろうか。
面白かったかどうかは聞かないでおこうと思う。
これまで色んな賞に応募してみたんだけどだめだったし、その結果が全てを物語っている。
いいんだ、今回の目的はそこじゃない。
ご想像の通り、このSF小説に登場する暴走した有機アンドロイド、これが、がん細胞にあたる。
今回の物語は1つのがん細胞が生まれるまでしか書いていないのだけど、これから彼女は街外れにあるジャンク屋に流れ着いて、使い古された新生合成プラントで粗悪な自分のコピーをたくさん作り始めるという展開になる予定だ。
実際の『がん』も、自分のコピーを作り続ける暴走した細胞、ということが出来る。
最初はたった一つの細胞だ。
そのたった一つの細胞は、もともとはごく普通の細胞としてごく普通に平凡な毎日を暮らしていた。
でも、ある事をきっかけに突然コントロールが効かなくなって増え始めてしまう。
そう、神経モジュールの規制コードが壊れて、勝手に自己複製を始めちゃったアンドロイドみたいに。
実際のがん細胞の場合、その根本的な原因は、染色体、つまり遺伝情報に生じた『キズ』と言われている。
遺伝情報の中には、こういう時は増えていいよ、こういう時は増えてはいけないよ、ちゃんと役割に合った仕事をしなくてはいけないよ、勝手にどこかに行ってはいけないよ、というような様々な条件が書き込まれている。
このようなルールをつかさどる遺伝情報の壊れどころが悪いと、見境なく増え続ける細胞が誕生してしまう。
ただ、生物の体は非常によくできていて、遺伝情報の『キズ』は、ある程度織り込み済みになっている。(つまり、『キズ』は時々出来るものというスタンスで、それから身を守る術をすでに身に着けている。)
例えば、正常な細胞には、遺伝情報に『キズ』が入った時にそれを修復する機構や、直せないと思ったら自滅する機構が備わっており、多くの遺伝情報の『キズ』は問題が起こる前に解消される。
また、規制を逸脱した細胞がいないかと、白血球が常に厳しく監視の目を光らせており、万が一がん細胞が誕生しても、大体の場合は白血球に見つかって壊される。
このようなセーフティーネットのおかげで、がん細胞はやすやすとは生き延びることはできない。
でも、もしセーフティーネット自体に『キズ』が入ってしまったら…?
そうなると、がん細胞が生き延びてしまう確率がグンと上がる。
そして、ひとたびがん細胞が生き延びてしまうと、2個、4個、8個、16個、32個、64個…と倍々でとどまることなく増えて、いつしか周りの正常な細胞たちを邪魔し始める。
単純計算で、1つのがん細胞が20回細胞分裂を繰り返すと2の20乗で1048576個(100万個以上!)にもなってしまう。
増えすぎたがん細胞(たち)は周りの細胞たちに迷惑がられるんだけど、そんなの気にせずもっともっとどんどんどんどん増えて、最終的には臓器全体の機能が壊れることになる。
言ってみればただの細胞の塊なのに、がんが命を奪ってしまう理由はここにある。
人間の臓器は非常に秩序の整った構造で機能しているのだけれど、無尽蔵に増殖する細胞の塊は、その秩序を簡単に壊してしまうんだ。
がんのもう一つ厄介な特徴、それは『転移』という性質。
小説の今後の展開で予定している、『有機アンドロイドが街外れのジャンク屋で合成プラントへのアクセスを獲得し、自己複製が可能になる』という状況はこれを模している。
ジャンク屋に流れ着いたアンドロイドは、そこでだれにも邪魔されることなく着実に数を増やしていくはずだ。
そしてある時、また別の場所にもアクセス可能なプラントを見つけ、そこでも数を増やす。
そうやってどんどん自分のコピーを増やし、気づけば街中はアンドロイドXのコピーで溢れ返り、最終的には街全体の秩序を破壊してしまう。
これが、がん細胞でいうところの『転移』だ。
カラダのある部分から発生したがん細胞も、その数が増えるにしたがって、血流にのって移動するものが出てくる。
血流にのったがん細胞たちは全身をめぐり、居心地のいい場所を見つけると、そこに居座ってしまう。
そしてそこでも倍々で増え続け、転移先の臓器の機能をも蝕み始める。
これが色んな臓器で起きると、様々な臓器の機能が落ち、どんどん生命を維持するのが難しくなってくるんだ。
何故がんが命を奪うのか、少しわかってもらえただろうか。
一連の説明が身勝手ながん細胞をイメージする手助けになっていると嬉しい。
・・・・・・
さて、このようにして命を蝕むがん細胞。
人類としては、このがん細胞の暴走を指をくわえて見ているわけにはいかない。
そのために医学は多くの時間やお金や様々な犠牲を払って、がんに有効な治療を模索してきた。
今回は治療の細かい内容を語るスペースはないのだけれど、この厄介な『がん』というやつと戦う方法は、少々乱暴にまとめると、以下の二通りある。
1. がん細胞の塊を丸ごと切り取ったり焼いたりする (局所療法)
2. 薬を使って全身を隈なく治療する(全身療法)
一つ目の選択肢は街外れのジャンク屋を、アンドロイドXとそのコピーごとぐるっと360度包囲してしまうようなやり方。
この戦略はアンドロイドXとそのコピーが全個体、包囲網の中に閉じ込められていれば、非常に有効な手段だ。
規制コードを守れない異常なアンドロイド(たち)を一網打尽に出来る。
外科的手術や放射線治療などといった治療がこれにあたる。
でも、もし一個体でもその包囲網の外に暴走アンドロイドがいたら?もしくは、街のいたるところの合成プラントがハックされ、同時多発的に自己複製が行われているような状況になってしまっていたら?
先に説明した『転移』がすでに起きてしまっていたら?
こういう状況では、ジャンク屋を包囲しただけでは暴走を食い止めることは難しいことが分かると思う。
そういった時に選ばれうるのが、二つ目の選択肢。
出来るだけ暴走アンドロイドのみを狙って破壊できるような薬を街中にばらまくという戦略だ。
この選択肢の究極的な目標、それは、暴走アンドロイドにしか効かない薬を開発すること、つまり、街中の暴走アンドロイド以外の生物、人間や正常に機能している有機アンドロイドや、犬のポチや猫のタマに全く影響のない薬を開発することだといえる。
残念ながら、そんな夢のような薬はまだ現実の世界には存在しない。
暴走アンドロイドも、他の正常な有機アンドロイドも、とても似ていて、暴走アンドロイドだけを壊す薬というのは非常に難しいんだ。
ある見方をすれば、生身の人間と暴走アンドロイドだって、とってもよく似ている。
つまり現時点では、がん細胞をやっつけるために、ある程度正常の細胞、普通の細胞も犠牲にしなくてはいけない。
これが抗がん剤治療に代表される全身療法の副作用の原因といえる。
現時点では、どちらの選択肢も完璧ではない。
状況を正確に把握し、時には組み合わせることによって治療効果を最大化する必要がある。
以上ががんの治療戦略を取り巻く現状だ。
まとめると、
・がんと闘うにあたって、我々は局所療法と全身療法という戦略を持っている。
・いずれの治療法にも欠点があり、状況に合わせて適切に組み合わせたり選択したりしなくてはいけない。
ということになる。
・・・・・・
さあ、ようやくここまで来たね。
ここまで説明することで、ようやく、『がんを画像検査で見つけることの意義とその手法について』を語ることが出来る。
長くなって申し訳ない。
おっと、そうだ、学校に遅刻しないよう、是非一度時計を確認してほしい。
大丈夫そうかい?
よし、ではもう少しだけ。
がん細胞との戦いにおける画像検査の役割、それはずばり『戦況の把握』だ。
戦いを始める前、戦いを行っている最中、戦いが終わった後に、街のどこにどれだけ暴走した有機アンドロイドが潜んでいるかを正確に把握し、報告するという使命を担っている。
その報告の結果によっては戦略の組み合わせが大きく変わることもある、非常に重要な検査だ。
例えば、まだ『転移』が確認されておらず、街外れのジャンク屋のみで自己複製が行われているという状況を想定してみてほしい。
この場合、基本的な戦略はジャンク屋の包囲(局所療法)になる。
包囲計画が着実に進行するさなか、画像検査部隊が隣の一般家屋内の合成プラントでも有機アンドロイドの異常な自己複製を検出した。
これは一大事である。
画像検査部隊はすぐさま上層部に『ジャンク屋および隣の一般家庭でのアンドロイドの異常自己複製』と報告した。
その結果、包囲計画は隣の一般家屋を含む形で拡大修正され、包囲は無事成功した。
このようなことが実際の医療現場でも日々起きており、画像検査はがん治療を行う際には必要不可欠な検査となっている。
ただ、画像検査にも弱点がある。
大きな弱点の一つは、『解像度』だ。
CTやMRI、エコーなど、画像検査には色々種類があるけれど、全部同じような弱点を抱えている。
画像検査でがんを見つけるときのスケール感をSF小説の例えを当てはめると、画像検査がやっているのは、『飛行機から撮影した空撮画像で暴走アンドロイドが街のどこにいるか見つける』ような感じだ。
このスケール感では、頑張ればどこにどのくらい生物がいるのかくらいはわかるのだが、一つ一つがどういう生物なのか、どういう顔つきをしているのかは全く見ることが出来ない。
なので、現状では『なんだかここは異常に細胞の数が多いな』というところにアタリを付けて『がん細胞がいるかもしれない』と判断する。
そうなると、時には正常な細胞の集まりをがんと判断してしまうようなことも起きうる。
大好きなアーティストのコンサートを聞きに行っただけなのに、ガチガチに武装したSWATに包囲されたらたまったものではないよね。
現状では、細胞が異常に増えていると思ったけどがん細胞じゃなかったり、がん細胞の数が少なすぎて見つけられないということが頻繁に起きる。
このような問題を解決する方法として、『解像度を上げる』というのは一つの正攻法だけど、体に一切傷をつけない画像検査で、細胞一つ一つを詳細に観察できるようになるまでには、まだまだ山のような技術革新が必要だ。
現状の技術では難しいからといって、技術革新が起きるまで、ぬくぬく現状に甘んじているわけにはいかない。
人類は今もがんの脅威にさらされているんだ。
今ある技術でもっと正確にがん細胞の分布を評価したい。
そう願った研究者たちがいた。
そして人類は一つの手がかりを掴んだ。
カギになったのは、『暴走したアンドロイドは糖質の消費が異常に多い』という性質だ。
『ネットワークを介して報告されてくる糖質もしくは炭水化物の消費量を地図上で数値化すれば、暴走したアンドロイドたちがいる場所がある程度特定できるのではないか』、と考えたんだ。
実際のがん細胞も、効率のいいエネルギー生産の機能が壊れていて、何をするにも非常に沢山のブドウ糖を必要としていることが多い。
この性質を使ってがん細胞を見つけ出してやろうという目的で開発された検査をFDG-PETという。
FDGというブドウ糖によく似た薬を体に入れて、PETという機械で全身のブドウ糖消費量の情報を受信するという検査だ。
こうして『空撮画像』であるCTやMRI、エコーといった従来の画像検査と『ブドウ糖消費量分布情報』であるFDG-PETを組み合わせることで、がん細胞の分布をより正確に評価できるようになった。
もちろんFDG-PETにもまだまだ弱点はいっぱいある。
例えば、パン屋さんみたいに日常的に沢山糖質を使っている思われる場所は、FDG-PET検査で検出される仕組みになっている。
それを正常なのか異常なのか判断するのに、画像検査部隊は日夜研鑽を積んでいるんだ。
医学には完璧とか絶対とかというものはおおよそ存在しないんだけれど、完璧な画像検査も今のところ存在しない。
だけど画像診断の分野は日々着実に進歩を続けている。
出来るだけ多くの命を救うために。
可能な限り最適な治療を選択するために。
・・・・・・
ふぅ…初めに考えていたよりはるかに多く書いてしまった。
高校生の自分に伝えるっていうのは、想像していたより随分と難しい作業だということを思い知らされた。
これまで読んでくれて本当にありがとう。
せっかくなので是非感想を送ってね。
そうそう、今朝はこの数か月で一番というくらいの綺麗な青空が広がっていると思うけど、ちょうど授業が終わって学校を出たときににわか雨に降られるよ。
傘を持って出ることをオススメする。
帰り際に困っている子を傘に入れてあげることも忘れずにね。
それではまた。
平成の次の時代の君より
<以下余白>
【送信】
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