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やはり女の子は父親次第か

これを読んで確信した。やはり女の子は父親と母親の仲、父親の影響が絶大だ。過去にそういう話を何度か書いた事ある。
今の社会は父親が家庭不在で男の子はまだ異性の母親が居るから良いとして、女の子には異性の親が不在。その悪影響は大きいと。

母親がクソでも男の子はその中で母親を支えるなり何かしらの関係性・繋がり自体はある。女の子は異性親との関わりそのものが希薄。
まして女の方が受け身指向が強く恋愛脳なのだから本来なら異性親との信頼関係、親の夫婦関係が大きな影響与えるのは当然の事だろう。

女の子に限った話では無いけど、本来なら子育て教育は父親が深く関わるべきだと書いた。まだ幼児期なら母親だけでもどうにかなるけど
それ以降は母親では役不足。そこで外部(学校・塾・習い事)に丸投げしてる訳だけど、これは本来なら子供にとって異常な事。
信頼関係も乏しい見知らぬ大人に突然教えられて、しかも数年毎にコロコロ変わる。こんなのが子供に良い訳無い。全て権力・大人側の都合だ。

権力側は大人と子供の間に強固な関係など作らせたくない。孤立したままの奴隷にさせたいから異動を繰り返す。声かけ事案みたいな事やってる。
父親を家庭から外へと追い立てて家族がバラバラなんて異常事態だ

本当なら父親が仕事するなら、母親や子供もそこに一緒に居る。
よく男は狩り女は村仕事なんて原始論を吹き込むけど、あんなのは嘘の洗脳だ。狩りに母親や子供が付いていく事もある。父親が母子と共に村仕事をする事もある。そんな単純な二元論は権力側の「教育」。

むしろ原始的で素朴な集団ほど人間関係を重視して家庭・村集団で共に居ようとする。

夫婦親子がバラバラだと妻は夫に対して何の実感も敬意も抱かなくなる。ATMのように金を持ってくるだけの存在。
一緒に居れば、実感も協力も生まれる。
父親が家庭から不在となれば、子供にとって父親とは何の実感も湧かない金だけ持ってくる存在になる。夫婦・親子の繋がりが乏しく、金(餌)だけ持ってくるロボットだ。妻も子供も父親を軽んじて見るようになってきて当然。人間はエスパーじゃないんだから、共に居なければ実感も繋がりも想像力も失われる。

もし逆に妻が産む機械のように産んで母乳あげる時だけ無機質に関わって、情緒的な付き合いは全て父親だけとなったら子供達は母親をロボットのような存在と見做して軽薄に扱い、利用するだけになる。

今の社会では男(父親)が稼ぐのが甲斐性であり、愛情だと思わされている。それは違う。そうやって男だけに負担・責任を押し付けるのは家族愛でも何でもない。本来なら稼ぐ事も子育て教育も家族みんなでやるもの。
そうでなくちゃ家族である事に何の意味がある? 今のような一般家族って会社とどこが違うの? 今の一般的な家庭モデルに家族であるメリットや情緒的な意義がどれだけあるの?

自分はこの8年間程、ほぼ24時間365日連れと一緒に居る。
恋人・夫婦・親子が離れるって動物として異常な事なのだ。
例えば野生のカルガモ親子なら一時も親子は離れない。
夜に近くに居ても手を僅かにでも離したらピーピー鳴いて不安そうに呼んでくる。雛(子供)に取って親と離れる=天敵にやられる死に等しい。
親から離れれば、はぐれて孤立して生きていけなくなる。

人間だって同じ事だ。今でこそ、ありとあらゆる通信手段・文明の利器がある。けどそれらが無かった時代なら、子供が迷子になったり、夫婦が離れ離れになって、そのままお互いに所在が分からず一生会えないなんて普通に有り得た事。だから恋してる段階では特に女の方は自分では制御出来ない程の強烈な愛着行動が発動するように出来ている。
不安が強くなって少しでも繋がろうとする。それは文明社会以前の状況を考えれば当然の仕組み(生理的作用)だ。まして女は自身の体内に妊娠する性なので、余計にリスク意識と不安が強くなるように出来ている。
愛着行動=絶えず一緒に居ようとする作用であって、恋愛時のそうした精神状態はカルガモの雛と変わりない。

しかし、今の社会ではそうした動物的・情緒的欲求を無視してる。
カルガモの雛なら雛鳥の要求を無視して鳥かごの中に入れておく。
いつも付きっきりでは人にとって面倒で危ういから。人の都合を優先してる。けど自分はそういう真似しなかった。雛鳥の要求に従っていつも一緒に居た。だから家の中でカルガモの雛飼ってる他人の動画と見比べたらまるで違う。うちの子はすごく活き活きとしてた。結果としてそのせいで殺してしまったけどさ。

本来から恋人・夫婦・親子はどんな場面でも極力一緒に居ようとする本能(生理的作用)が働く。そうでなくては家族とは言えない。
しかし、現代ではそういう家族は皆無だろう。みんな「社会常識」という都合の方に合わせてる。

故に家庭に父親不在が当たり前。どんなに外で大金を稼いだところで妻も子供も夫に対して蔑視的扱いをするようになる。
女の子に至っては異性親との繋がりがまるでない。希薄な夫婦関係を目の当たりにする。

そりゃ、今の社会ほとんどの女の性格が悪くなって当然だ。それはある意味、素直・当然な反応なんだよ。
父親との信頼関係・繋がりが無いのだから、他人の男との関わりも軽薄で冷酷なものになる。だから「条件」「年収」みたいな観念になってくる。

バーゲンセールのように思考停止して人気の男に群がる。
父親との繋がり・知識経験が希薄で乏しければ、集団に追従したり、年収のような機械的な数値で判断するしか無くなる。
まさに近年の東京一極集中指向は同じ事だ。人は繋がりが乏しく確固たるアイデンティティが失われるとクラゲのように流されてしまう。

もし父親が大好きで、他の男に対して頂き女子みたいな真似が平然と出来ると思う? 詐欺搾取みたいな冷酷な真似が出来るのは何とも思ってないから・・男との情的な繋がりが乏しいからでしょ。
人間が蚊なら躊躇なく殺せる反面、愛しのペットを傷つける事が出来ないように。
犬を可愛がってる人はアカの他人の犬にだって一定の想像力や愛情が働くようになる。父親と一般男性の関係も同じ事だ。
今の社会構造だと女にとって男(夫・父親)は「他人」となるケースがほとんど。情緒的な経験が乏しかったから、愛情みたいな不確かなものにはすがれない。金みたいな確かなものにすがろうとする。

記事冒頭のリンク先の話を見てすごく納得したのは、「母は父に惚れ抜いているし、私も父を好いている。」という記述だ。
自分は他人の文章の感じから、その人と同じ屋根の下に住んだ場合の悪い面も含めた挙動や男女関係の挙動もかなり想像つく。(たぶん、それなりの精度で当たると思う)
それで言うと母親が父親に惚れ抜いてるというのは、まんま子供(まふゆさん)の挙動もそんな感じになるんだろうなというのは、この記事読む以前から感じてた事なので納得した。子供というのは親・夫婦関係の写し鏡なんだろう。

連れは父親こそ知らないで育ったものの、母親に愛されていたようだし、母親の弟(おじさん)と同居してて、その人が実質的な父親代わりになってたようだ。確かに連れの感じから、その疑似的な両親関係と今の連れの雰囲気や挙動が見事に繋がっていると感じる。

それでいうとTさんはタイプ2の父親を大好きそうに書いてたし、母親は確かタイプ9とか書いてたっけ? あとはTさんの性格・挙動から判断するに母親は奥手で夫を好きなんだろうけど、愛情表現は大人しめなのかな?と予想がつく。

どんな形であれ、こうして見ると自分と縁がある女性はみんなこの社会の中では珍しく父親との関係が良好そう。

それもそのはず、自分はその点に関してはかなり意識して操作してる。

うちの母親とか妹に「金無い男と付き合うと苦労する」みたいに言ってて、そういうのもすごく嫌だったし、うちの両親の関係は言わずもがな。
それだけじゃないけど、とにかく自分は女が男に金求めたり、利用寄生する態度に対して物凄い警戒・不信感があったのでその点は徹底対策の意識があった。例えばニートで事を強調したりとかね。

↑のスキルの項目で書いた通り、その手の女は自分に徹底して近付かないよう振る舞ってるので、自ずと何かしら縁出来る人はこの社会の中では少数派の父親と関係が良好な女性なのだろう。

自分にとって、幼少期から母親に愚痴を聞かされ続ける関係・両親の喧嘩を散々見てきた身として、同じ想いはしたくないからでこそ、悪いものに対して徹底として忌避・排除意識が働いていると言える。
虐待されて育った子は虐待しそうな奴を敏感に見抜くという話のように。

子供は親の写し鏡という話で言うと散々両親の不仲・喧嘩を見てきて、父親も母親も嫌いだから、人間全般に対して強い嫌悪感・不信感がある=「みんなに嫌われていたい」みたいな意識になるのだろう。

憎悪・悪意・対立をたくさん見てきたからでこそ、他人の負の面を鋭く察知する。強いて言えば、親子関係に恵まれてきた人は良い面しか知らないからでこそ他人に対しても善意を信じて純粋無垢故に多くの人と交流出来る反面、騙されるリスクもあると思う。
自分の場合はその点、強力な警戒心を持ってるから容易に悪意にほだされる事は無いだろう。反面、他人とはまるで関わらない。体がみんな敵だと認識してるからな。

自分は両親からは何も教わった覚えがない。せいぜい母親がテーブルマナー教えてきたくらいだ。けど他人に頼れないサバイバル環境の中に居たおかげで、自力で見識を見出して蓄え備える術を得たと言える。
良いもの悪いものを分別して、本質を見通す能力が備わったとも言える。

社会性は無い、他人と気軽に関われない。それはマイナス面だけど、そのおかげで育まれたプラス面もある。
良い面悪い面、互いに補い合えれば、それが一番だろう。
心理ネタ・性格タイプ分類みたいなのは互いの良い面・特性を見出して、活かし合える関係を築く事に役立てたいものだ。