ビール広告は、マーケティングの墓場か?
すっかり秋めいてきて、さすがにビールのCMもおとなしくなってきたようだ。もっとも「おとなしくなった」のはオンエア頻度で、たまに見かけるそれは相変わらずけたたましい。派手なタレントを使ったり、聞き覚えのある音楽でインパクトを狙ったり、うまそうな泡の見せ方に工夫を凝らすのは、どのCMも同じだ。その、「どのCMも同じ」傾向に、最近気になって仕方がないことが出てきた。とにかくタレントにやたらと「うまい!」「おいしい!」と言わせる。「ゴクッ!」「プハー!」「フーッ!」、とどめは「しあわせ〜!」、これでもかと念を押す。各社の主力ビール、新規開発ブランド、第3のビール・新ジャンル系・発泡酒に至るまで異口同音にそうだから、もうどこの企業の、どのビールが「オシ」で、どれが定番商品でどれが新発売かもわからないほどだ。お金こそかかっているものの、「通販のCMと大差がない」と言っては言い過ぎだろうか?要は「売りたい」「買って欲しい」の、一辺倒。
ついこの間まで大学の教員をやっていた身としては、「最近の若者はビールを飲まない」が実感である。同じように彼らはほとんどテレビを見ないから、テレビCMと同様に、ビールという文化には未来がないのかもしれない、などと思ってしまう。「ターゲットが違う」と言ってしまえばそれまでだが、これでは将来のビール需要は明るくないだろう。ますますビールは「カッコ悪いオヤジ文化」に成り下がっていく。
ところが、ビールのCMが「どれも似たり寄ったり」とは裏腹に、当のビール自体は、ここにきて「開発陣、頑張っているなぁ!」と目を見張るものがある。最近のお気に入りはキリンのSPRING VALLEY。地域の弱小メーカーの独壇場だった「クラフトビール」をキリンが本気で手がけるのだから、値段こそ少々高めだが、味の風格や安定感は申し分ない。どこのコンビニでもよく見かけるので、かなり売れていることは間違いないだろう。長引く非常事態宣言により、飲食店でアルコールを提供できないことが常態化したことの影響だろう、微アルコールビールなる新ジャンルも登場した。麦・ホップを使用した本格ビールから、アルコール分だけを取り省く「脱アルコール」製法なのだそうだ。これが結構うまい。アルコールが入っている(0.5%)以上飲酒運転にはなるが、ビールの味わいがちゃんとあるのにほぼ酔わないから、この状況で酒の提供を控える飲食店やいろんな生活シーンで活躍しそうだ。他にも、各ビールメーカーが昭和の懐かしいビールを復刻させていて(最近ではアサヒの『マルエフ』が大ヒットのようだ)、ビール好きのオヤジには黄金時代かもしれない。
こんなにもビールが多様化して市場が加熱しているのに、広告はどれも似たり寄ったり。ビールメーカーの中で、ビールをこよなく愛し真剣に商品開発に取り組む人たちは、自社の広告をどう思っているのだろう?その情熱や本気度と、チャラチャラした没個性の広告との乖離が気にならないのだろうか?
ビールをめぐる広告の現状を、ぼくは「マーケティングの墓場」とすら感じている。もっと商品そのものに耳を傾けて、その個性を輝かせる広告ができないものだろうか?
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