第14話 それでもいい
こんな展開は予想していなかった。
翔に言われるがままついて行き、軽い夜食を作った。
ついこの間までお弁当を届けていたこのマンションに、実際に翔がいるのが変な感じがする。
これからは、こんな景色が増えるんだろうか…
「うまい!ほんとうまいよ、これ」
珍しく大きなリアクションをする翔がかわいい。
こんなもので良かったら毎日でも作るのに。
「ほんと、すごいよな。料理もできて、仕事も完璧だし…」
そんなことないよ、と謙遜しながら、今更気づいたの?と心の中で呟く。
ずっといたのに、
私はこうなるって最初からわかってたのに。
でもいい。
弱ってるときに必要としてくれてるんだもん。
お互い素直になって、一緒にいるのが自然になっていけばいい。
翔はやっぱり落ち込んでいるのか、仕事の話をする。
「俺が悪い」と繰り返す彼に、なんて言葉をかければもっと私にハマってくれるだろう…?
「来週、ちょうど新規のクライアントと会食するんだけど、紹介しようか?」
何気ないこの一言が翔には一番響いたようだった。
翌日確認すると約束をすると、翔は安心した様子だった。
急に話題がなくなったような気がして、百合子は食べ終わった食器をキッチンに下げ、そのまま洗い物を始めた。
「いいよ、あとでやるからおいといて」
翔はそう言ったけど、なんでもしてあげたいって想いは止まらない。
「これくらい、やらせて。今日は特に疲れてるでしょ?」
恋人同士のような会話に、口元が緩む。
翔が飲み終わったワインのボトルを片付け、まだ洗いものをしている百合子に近づいた時、
インターホンが鳴った。
こんな時間に、誰?
翔も同じことを思ったらしく、インターホンを覗き込む。
確認するなり、顔をしかめ何も応答しない。
「出なくていいの?」
「大丈夫」
鳴り続けるチャイムに嫌な予感がする。
今度は翔の携帯が鳴った。
翔は画面を見るが、出る様子はない。
「いいよ、私のことは気にしないで、でて」
翔があまりに拒否するので、何かを隠しているのか気になった。
「大丈夫」と携帯を置く。
チャイムはまだ鳴り続ける。
洗い物を終え、翔の目を盗むようにインターホンを覗き込むと、そこには酔っ払った様子の男性がカメラにもたれかかっているのが見えた。
「でなくていいって言ってんのに。弟だから。」
翔は仕方なく鍵を解除し男を招き入れた。
余計なことをしてしまったという後悔がしばらく百合子を黙らせたが、今日の翔はどこまでも優しい。
「この辺で飲んでて、終電逃すとうちによく泊まりに来るんだよ。ごめんな、せっかく–––」
と言ったところで、玄関が開き、慣れた様子で弟がリビングまで入って来た。
だいぶ酔った様子の翔の弟は、百合子を見るなり驚きと申し訳なさを混ぜたような顔になった。
「兄貴ごめん、邪魔しちゃってー」
と言いながら、早速靴下を脱いでリラックスしている。
百合子が自己紹介すると、百合子のことを知っているようの間があった。
翔が仕事や同僚の話を家族にしているなんて意外だったけど、自分ことが話題になっていると知って嫌な気にはならない。
結構歳も離れているんだろうか。
翔とは顔も性格も全然似ていないし、だいぶできが悪そうな弟は、ソファーを陣取り、やっぱり帰るという選択肢はない様子だった。
翔も、百合子に申し訳なさそうなアイコンタクトを取るが、やっぱり弟を追い出す様子はなかった。
リビングからの聞こえる会話を盗み聞きするつもりはなかったけど、酔っ払った弟の会話は、トイレの個室からでも丸聞こえだった。
「兄貴やっぱやるね。希ちゃんと結婚すると思ってたけど。だって希ちゃん−−−」
希ちゃん…
翔の元カノとかいうその女の名前を、弟は何度も繰り返す。
でもそれよりも、百合子は次の言葉に耳を疑った。
「いや、だって、渡辺百合子って兄貴にストーカーしてる女じゃないの?何がどうしてこうなっちゃったわけ?まじうけんだけど」
「仕事で色々あんだよ」
翔の今までの優しい態度が急に薄っぺらく思えた。
私を利用するなんていい度胸してる。
今の翔には私が必要なはず。
百合子はほくそ笑み、翔の魂胆をどう利用しようか考えた。
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