第6話 できっこないをやらなくちゃ

見た目がめちゃくちゃ好みで、相性も良い。
そんな人に出会うことはかなり稀だ。
そこから更にその人がたまたまフリーで、二人で何度か会ってくれるなんて奇跡に近い。
そしてそして、自分のことを好きになってくれて、最終的に結婚をするなんてどんな天文学的数字になるんだろう。

近藤真知にとって、そういった意味で亮太は奇跡のような存在だった。

奇跡だった。もう一生ないと思った。だから絶対にモノにしたかった。その思いが強すぎたのかもしれない。

天文学的数字を叩き出すのがこんなに難しいとは思わなかった。

亮太と音信不通になって二ヶ月になる。

終わりなのだろうか。呆気なすぎる。
一向に返事がこないLINEは一度勇気を出して催促を送ったものの既読無視で、もう怖くて送れなくなった。電話にも出ない。

私にとっては奇跡でも、亮太にとっては不特定多数いる女の1人に過ぎなかったのだろうか。こうして忘れられてしまうんだろうか。
彼と過ごした日々を思い出す。いつも笑顔だったのに。楽しそうだったのに。考えるほど、暗くなる。

もう良い加減に諦めなよ。もっと良い人いるよ。次いこ、次。世の中広いよ。

そんな言葉は欲しくない。自分を気遣う女友達とは、連絡をとらなくなった。
自分を否定せず、ただ愚痴を聞いてくれるマスターと、忘れさせてくれる強いお酒。真知は毎日のようにこのバーに入り浸るようになった。

「ありがとう、マスター。やっぱいい曲。励まされる。」
スピーカーから、真知がリクエストした曲が流れ終わった。
サンボマスターはやっぱり最高。彼はいつだって、私を鼓舞してくれる。どんな時も諦めなければ、私にも出来るの?本当に?

「罪な奴だな、あのボーカルも。」

隣で煙草をふかしていた男が、苦笑した。

「いや、俺もこの歌は好きだよ。でもさ、こう聞くとお前みたいな奴らに無駄に希望を与えるだろ?ストーカー生産機になってるよな。相手側の気持ちになってみろって。こえーよ。」

どうやら、マスターとの会話を全て聞かれていたらしい。誰だか知らないけど、盗み聞きなんて悪趣味な男。真知は男をひと睨みして、視線を逸らす。こういう奴は無視に限る。

しかし男は止まらない。苛々した口調で話し続ける。

「正直、理解に苦しむね。女はいつも恋愛、結婚。好きだの嫌いだの、そんな話ばっかりだ。正直うんざりだよ。俺の気持ちなんておかまいなしだ。どいつもこいつも、私だけは違うって顔して近付いて来るけど、結局みんな同じだ。浅いんだよ。迷惑だ。もっとあるだろ、ほかに。女ってみんな暇だよな。」

ふざけんな。真知の中で何かが弾ける。

「お忙しくて結構なこと。」

「え?」

「あんたは一生懸命になれることが他にもあるんでしょう。そんな人から見たら、私は薄っぺらく見えるでしょうよ。でも今の私は、どうしたって亮太のことしか考えられないし、一生懸命になる気もないの。馬鹿にしたけりゃすればいいよ。」

男は急に饒舌になった真知に呆気にとられたように目をしばたかせ、黙った。
何さ、自分から喧嘩を売ってきたくせに。今度は真知が止まらない。倍返しにしてやる。

「その代わり、女にウンザリって言うならもう女と二度と業務連絡以外連絡をとらないと今ここで宣言しなさいよ。はっ、どうせ出来ないくせに。連絡しなきゃ面倒なこともないのよ。
どうしてあんたがウンザリしてるか分かる?相手にしてるからよ。なんで相手にしてるか分かる?結局女が好きだからよ。

あんたがどれほどモテるか知らないけど、なんなのよ、さっきから偉そうに。そうやってずっと自分が高尚な人間だと思って生きていけばいいじゃない。私はそんなあんたを見下してるし、不幸と挫折を心から祈るわ。」

その言葉を受け、男はしばらく目を見開いて黙っていた。真知もまた、男を睨みつけしばらく二人は見つめあった。
そしてどちらからともなく、ほおが緩んだ。この状況に笑いが止まらなくなった。どうして平日の夜に、初対面でこんなくだらない言い争いをしているんだろうか。あぁ、可笑しい。

ーー久しぶりだ。こんなに笑ったのは。

「ごめん。ちょっとストレス溜まってたんだ。ぶつけちゃったみたいになっちゃったな。良い迷惑だろうけど、なんかスッキリしたよ。ありがとう。」芹沢翔は、目尻に滲む涙を拭いながら詫びた。
笑い涙なんて、何年ぶりだろうか。

「こっちこそ。言い過ぎた。ごめん。」女は照れたように微笑み、翔が差し出した手を握り、握手を交わした。

「また会える?」

「私はそのセリフを亮太から聞きたい。あんたじゃなくてね。」

「そっか。お酒もほどほどにな。連絡、くるといいな。」

そう告げて笑った自分の声が思ったより楽しそうで、驚いた。
女と話して、こんなに気を使わなかったのも、心から笑ったのも久しぶりだ。

軽やかにバーを出る。冷房が効いた店内から一転し、ムッとした熱気が翔を襲うが、天候とは裏腹に彼の気分は爽やかであった。

そういえば、彼女の名前を聞かなかった。
でもきっと、また会えるだろう。そして彼女とはこれでは終わらない。
なんとなくそんな予感がした。

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