黄金のアデーレ
今年は、2つの美術展にクリムトがやってきます。
国立新美術館の
「ウィーン・モダンクリムト、シーレ 世紀末への道」
と
東京都美術館の
「クリムト展 ウィーンと日本 1900」
です。
というわけで、
それに関連した話題ですが、、、、
『黄金のアデーレ』
という映画があります。
Amazonプライムで見られますので、よかったらぜひ。
これは実話に基づいた映画です。
グフタフ・クリムトの描いた絵画、
「アデーレ・バウワーの肖像」
(通称「黄金のアデーレ」)を、
オーストリア政府から自分の手に取り戻したマリア・アルトマンという女性の物語です。
背景には戦争があります。
ヒトラーが没収した絵画の中に、この絵がありました。
それがそのままオーストリア政府のものになっていたわけです。
しかし、遺言を細かく調べていると、相続権は自分にあるのではないかと、マリアは考えます。
そこからは裁判もののストーリーが半分、そして戦争の悲惨さと自由を奪われた人間の回想が半分という感じで、物語が交互に進んでいきます。
マリアは当初はその絵が奪われたという事実だけを認めてもらえば満足でした。
絵画を自分のものにしようなんて思ってもいませんでした。
しかし、オーストリア政府は認めません。
そして、裁判には負けてしまいます。
マリアにとってそれは、自分の人生を認められなかったことと同じ。
ナチスに迫害され、親類は殺され、自分たちだけアメリカに逃げてきて、罪悪感を抱えながら生きてきた日々。
そんな過去が、なかったことにされてしまったと感じました。
しかし、担当弁護士がウルトラCを思いつきます!
いくつかの条件を満たしており、法廷をアメリカに移して、裁判をやり直すことができるのです!
そして、判決は勝訴!
政府の役人は、マリアに懇願します。
この絵画はすでに国民みんなのもの、美術館に置いておいてもらえないか、と。
しかし、マリアはそれを拒み、アメリカに絵画を持って行きました。
100億円ほどの価値のある絵画です。
マリアはその時90歳。
世界的な絵画を個人が所有して、いったい何になるのか?
そういう意見もあったと思います。
一方でマリアは、
「全体主義なんてもうたくさんだ」
と思ったのではないでしょうか。
どんな国、どんな時代であっても、同じことが繰り返されるのです。
民主主義とはなにか?
自由意志とはなにか?
個人の物語とともに、社会の在り方を考えさせられる素晴らしい作品です。
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