渡独226日目

 長く筆が止まってしまった。ここには書けないけれど人間関係をもつれさせてしまい、喫煙を再開したり、感情が決壊に至るまでの猶予が今までより少なくなり、頭痛や耳鳴りにも表れるようになった。今は小康状態を保っており、余裕が出てきた。やはり文章などというものは孤独を持て余した人間が書くもので、社交、気に掛けるべき人々、満ち足りた愛、みたいなものを多く持っていては自ら書こうなどとつゆ思わぬのだろう。具体的なテーマはないがとりあえず最近の動向を書く。

 先日コーヒーミルを買った。あと数か月しか滞在しないのに荷物を増やさぬべきと悩んでいたが、とうとう耐えかねた。ドイツでは家庭用のコーヒーマシンが日本より普及しているから、スーパーで売っているコーヒー豆は軒並みパッケージが大きい。ハンドドリッパーでちびちび飲むだけの独り者にとっては飲み切る前にすっかり酸化してコーヒー風味の粒子になるだけだ。専門店の量り売りを買えばいいもののやはり自分で挽いてコーヒーに携わる時間を増やすのも精神によかろう。実際値段以上の価値があったと満足している。

 友人とイタリアに行った。正直イタリアの芸術には全く明るくないが、私の好きなデルフトの画家たちはヴェネツィアで学ぶことがあったようだし、以降の西洋芸術を好きなものはルネサンスに感謝しなければならないと思っている節がある。フィレンツェのウフィツィ美術館はその点で行ってみたい場所だったので行く旨を友人に話したら、彼も旅行先を探していたらしく一緒に行く運びになった。ボッティチェリやダヴィンチをこの目で見られる日が来るとは思わなんだ。今まで見たどの写真よりフレスコ画の色合いが思ったより優しいのが好ましかったが、ボッティチェリが設定したものではなく色あせた結果なのかもしれない。それでもよいものはよい。

 ドイツの春はしかし、球根植物が一斉に咲きだすのがいとおしかった。スノードロップやヒヤシンスの小さいの、クロッカス、水仙。順調に気温が上がっていくことはなく、3月後半でもたまに雹に見舞われたり、冬同様曇りがちだったりする。こうした小さくやさしく強い植物が足元から土を割り出でて来、本格的な春の始まりまでを慰めるという運びなのかもしれない。

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