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第6話 原産地決定 - 鶏が先か、卵が先か?

(2017年4月3日、第6話として公開。2021年12月9日、note に再掲。)

 今回は、原産地用語でいう「完全生産品」についてのお話です。完全生産品とは、一つの国(又は地域)で、何も輸入原材料を使用せずに、粗原料から一貫して最終製品までを生産した場合の物品です。さて、鶏は卵を産み、卵が孵化すると雛になり、成鳥になると卵を産むというライフサイクルを繰り返します。ここで、原産地規則を適用すると興味深い結果になります。
先ずは、よく使われるアジア諸国とのEPA特恵原産地規則における完全生産品の定義のうち、本事例に適用されうる定義を見てみましょう。

  1.  生きている動物であって、当該締約国において生まれ、かつ、成育されたもの

  2.  当該締約国において狩猟、わなかけ、漁ろう、採集又は捕獲により得られる動物

  3.  当該締約国において生きている動物から得られる産品

 それでは、これらの定義を卵に当てはめてみると、卵は③の生きている動物(鶏)から得られたものとして、生まれた国の原産になります。ここでは「生きている動物」について何らの制限がないので、隣国の鶏が()国境を越えて自国の領域で卵を産めば、その卵は自国の原産になります(もっとも、卵は誰のものかという所有権の問題は別です。)。また、大量生産をするため、隣国から鶏を輸入し、肥育して、産卵させたとしても、結果は同じです。

 次に、雛の原産地はどこになるでしょうか。雛は生きている動物であって、卵が孵化したものです。この場合の孵化は生まれたとみなされるのがWTO非特恵原産地規則案の考え方で、我が国も支持しています。その考えに従えば、雛の原産地は卵から孵化した国となります。孵化用の卵を隣国から仕入れて、孵化器で孵せば原産性が付与されることになります。

 では、雛が育って鶏になった場合はどうでしょうか。その鶏が雛の状態から一貫して一つの国で成育すれば、原産地はその国になります。それでは、雛を隣国から仕入れて、自国で肥育して成鳥にした場合はどうでしょうか。我が国では肥育を完全生産品として認めていないため、完全生産品にはなりません。念のため、話題からは逸れますが、品目別規則においてもアジアとのEPA原産地規則においては原産品となりません。

 それでは、勝手な想像をしてみましょう。大陸の国境際に住んでいる農家の鶏が柵を越えて隣国に行ってしまって、隣国の何者かによって捕獲されたとします。その何者かがその鶏を輸出しようとしたらどうでしょう。定義の「捕獲により得られる動物」に該当しそうですが、これは「捕獲」ではなく「窃盗」であるから原産地は肥育者である農家の所在する国であるとの反論があるかもしれません。この定義は本来、所属が特定している家禽を対象としたものではなく、狩猟の対象となる動物でヨーロッパのジビエのような場合を想定していただければ理解しやすいと思います。野生動物は条約、法律で保護されていることが多いので、その場合には、そもそも「捕獲」、「飼育」が禁じられていることに留意しなければなりません。

 我が国のような島国では、渡り鳥に対してこれらの定義を適用する機会がありそうですが、我が国では自然との共存共栄を文化として日常生活を送っておりますので、いくら原産地オタクとはいえ、あまり無粋なことは言わず、野鳥は静かに見守っていきたいものですね。

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