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第4部 一般特恵制度(GSP):   GSP原産地規則の創設時からの変遷

 前回は、一般特恵制度 (Generalized System of Preferences: GSP) が実施されるに至った歴史的な背景と制度の概要について述べました。今回は、GSP創設時の原産地規則がどのように変遷していったのか、またその理由などについて解説していきます。 

1. はじめに

 本稿では、UNCTAD事務局がGSP技術協力プロジェクト用に編集した「Generalized System of Preferences - Digest of Rules of Origin」 (1982年版) から創設時の原産地規則を要約し、必要に応じてUNCTADの供与国別ハンドブックなどを参照しつつ説明を加えます。まず、完全生産品については、ほぼ同じ定義が各GSP供与国で採用されており、今日にいたってもほぼ同じです。したがって、以下に説明するのは、生産に使用された輸入材料が実質的に変更されたか否かを判断する規則です。UNCTADの整理では「プロセス基準」と「パーセンテージ基準」に分けられていましたが、今日使用されている原産性判断基準の呼称と混乱しないように、前者を関税分類変更を主要基準とする「欧州・日本型」とし、後者を付加価値基準のみを採用する「英米法国・社会主義国型」として説明します。

 本シリーズにおいては、常に「非原産材料」という用語を用いて原産性の有無を主眼とした材料の整理をしてきたのですが、GSPにおいては「輸入された材料」が一般的に使用されてきました。ここに50年間の世界の貿易・産業形態の変化が現れているともいえます。すなわち、IT革命後のモノの生産形態がグローバル・バリューチェーンの展開によって生産拠点への集中から国内、国外へと拡散し、一拠点で粗原料から製品までの一貫生産を行うことが最適な生産方法とされた時代は去りました。生産工程が多くの国の多くの企業者を巻き込む形で発展してきた結果[1]、原産性判断において「輸入された材料」という視点からのテストは現実味を失っていきます。そうした背景から生まれた解決策が、粗原料、一次形状の材料、中間材料、最終製品へと進む生産工程において、他社・他国から調達される「中間材料」と、粗原料から一貫生産で自社生産している「中間材料」に対して等しく原産性判断を行なうことを可能にすることで、常に生産工程を遡って輸入原料を探し出す苦痛から解放してくれました (詳細は第7節 「中間材料の概念の導入」に譲ります)。今回、古い規則を見直し、新しい制度に変遷していった経緯を理解することで、今日の特恵原産地規則適用上の謎が解けることがあれば幸いです。

2.    GSP原産地規則の原産性判断基準

2.1 欧州・日本型原産性基準

 GSPの創設が第2回国連貿易開発会議 (United Nations Conference on Trade and Development: UNCTAD) 総会 (1968年) で合意された後に、GSPを供与する予定の国々は、EEC (欧州経済共同体) がアフリカ、カリブ海、太平洋地域の旧植民地を対象に供与していた地域特恵制度であるヤウンデ協定の原産地規則及びEEC のGSP原産地規則案をモデル又は比較検討の対象として精査したと考えられます。EECとFTA網を構築していた欧州自由貿易連合諸国 (European Free Trade Association: EFTA) 諸国 (オーストリア、スイス、スウェーデン、ノルウェー及びフィンランド) 、特恵関税制度を初めて導入する日本は、モデルとしてのEEC・GSP原産地規則の骨格をほぼそのまま採用しつつ、自国の産業・貿易事情に適合するように調整した規則の策定を行いました。 

 「欧州・日本型」 GSP規則の特徴として、項 (4桁) 変更ルールを原則とする関税分類変更を主要基準としつつ、モノサシとなる品目分類表が関税徴収及び統計目的で策定されたことに起因する原産性判断への不適合を補うために、次の二つの別表を用意していました。 

リスト A項変更があっても実質的変更と認めない品目。項変更に加えるべき追加要件として、付加価値 (非原産材料の最大許容比率)、指定された工程の実施 (例えば、繊維分野における2段階工程要件)、特定の非原産材料の使用禁止若しくは制限、又は特定の原産材料の使用義務などを定めた品目の表

リストB: 項変更がなくても実質的変更と認める品目。項変更を求めると原産性要件が厳格化しすぎるため、項変更を伴わない特定の工程の実施で実質的変更を認める品目の表

 リストAとリストBは、1988年に単一リストに統一され、項変更要件の例外を定める規則表として残ります。この統一も、UNCTADの議論で供与国側が対象品目の拡大、各国の制度の調和などに一切妥協しないことに対する開発途上国側の不満が高まったことを受け、供与国側で実施できる範囲の措置として行ったものです。当時の原産地専門家からの評価は低く、逆に制度の説明をより困難にするとの声が上がっていましたが、IT化が進んだ今日、モニターで一覧するにはこの方が便利で、使い勝手がよくなりました。アセアン、インドのFTAで、一般原則を協定本文に置き、原則が適用されない品目に限って別表で規定する方法は、欧州・日本型のGSP規則にその源があります。

 1971年のGSP創設時に適用された品目表は、1959年に発効した「ブリュッセル関税品目分類表 (Brussels Tariff Nomenclature: BTN)」[2] です。BTNは1974年に関税協力理事会品目表 (Customs Cooperation Council Nomenclature: CCCN )として名称変更され、世界的に広く普及するようになりますが、米国、カナダ、ソ連などの主要な貿易国が採用を見送っていたため、関税分類の世界的な統一は「商品の名称及び分類についての統一システムに関する国際条約 (Harmonized Commodity Description and Coding System: HS)」の誕生を待つことになります。HSは主要国の品目表を参照しながら策定されたものの、基本的にはCCCNに準拠したものであったことから、CCCNを採用していた国におけるHSへの変換は比較的容易であったのに対し、米国では独自の5桁分類を行っていたので、HSの実施に当たっては大変な調整作業を伴いました。

 欧州・日本型には項変更で原産性を付与しない場合の追加要件の一つとして付加価値 (非原産材料の最大許容比率) が採用された品目がある旨述べたところですが、EEC及びEFTA諸国は共通の計算式を採用し、最終製品の価額に対する輸入材料の最大使用許容比率を定め、概ね40%又は50%を閾値としていました。両者の差異は、欧州が工場渡し価額 (ex-works/ex-factory price) したのに対し、日本はFOB価額を採用したことです。ここに、今日のFTA・EPA原産地規則の付加価値計算において欧州系がex-works価額、日本がFOB価額を使用する原点があります。生産者にとってはex-work、輸出者にとってはFOBが適していることは理論上、実務上、承知していることですが、輸出者、生産者の双方が利用する制度であれば、半世紀近く慣れ親しんだ方法を継続するのは自然な選択です。

 また、詳細は後述しますが、欧州・日本型では地域累積制度を採用し、当該地域に属する受益国から輸入された材料がGSP原産品であれば、当該材料は輸出受益国の国産材料とみなすことができます。さらに、日本は自国関与制度を導入し、日本から輸出された材料が輸出受益国で加工されて日本にGSP輸出される場合には、この材料を国産材料 (完全生産品) とみなすことができます。欧州は二国間累積制度として、時期を遅らせて実施します。
 なお、GSP創設時にEFTA諸国としてGSPを実施した国の中で、北欧3か国がEUに加盟したため、現在も実施しているのは、スイス、ノルウェーのみです。また、トルコ、EUを離脱した英国も新たにGSPを供与しています。

2.2 英米法国・社会主義国型原産性基準

 一方、英米法国・社会主義国型は、付加価値基準のみの規則を導入しましたが、それぞれが異なるものでした。今日のFTA・EPA原産地規則の用語で区分けすると、米国、豪州、NZが「積上げ方式」を採用しているのに対し、カナダ、社会主義諸国では「輸入材料の最大許容比率」を定めています。以下に実施年の順番に従って説明していきます。

 NZは、二つの要件を課します。まず、物品の最終加工が受益国で行われ、次に、(i) NZ・GSPの全受益国 又は (ii) NZ で生産された原産の材料・部材 (原産材料) の価額に、(iii) NZ・GSPの全受益国 又は (iv) NZ の ex-factory costに含まれる要素のうち材料以外の要素の一部を加えた総額が、ex-factory costの50%以上であることを求めます。「ex-factory cost」は、「ex-works/ex-factory priceから利益と一般経費などを差し引いた額」で、上記 (iii) 及び (iv) の材料費以外の要素として加算できるのは、直接労務費と商品の包装費用を含む直接経費に限られます。NZのGSP原産地規則は今日至るまでほとんど変更がないので、直接労務費又は直接経費に該当する具体的な支出項目を確認するにはNZ関税消費税法令集を参照してください[3]。

 ハンガリー、ソ連、チェコスロバキア、ブルガリア、ポーランドは、特恵供与開始の時期も同じではなく各国がそれぞれ独自の規則を運用していましたが、1980年に統一規則が採用されました。統一規則では、物品の加工がそれぞれの一又は複数の受益国で行われ、それぞれのGSP全受益国及びそれぞれの供与国の生産品を除いた輸入材料 (すなわち、先進国から輸入された材料又は原産国が不明の材料) の最大許容比率をFOB価額の50%以下としています。ご承知のとおり、ソ連以外の中東欧諸国は、今日EU加盟国になっているため、現在このグループのGSP供与国は、ソ連を継承したロシア、ソ連から独立したベラルーシ、カザフスタン、アルメニアであり、ITC/WCO/WTO監修の「Rules of Origin Facilitator」[4]で原産地規則の概要を調べたところ、旧制度とほぼ同じ50%付加価値を原産性判断基準としているようです。

 豪州は、NZと類似した原産地規則を採用しています。まず、NZと同様に物品の最終的な加工・製造が受益国で行われることを求め、次に(i) 豪州GSPの全受益国又は (ii) 豪州で生産された材料・部材の価額に、(iii) 豪州GSPの全受益国又は (iv) 豪州の ex-factory costに含まれる要素のうち物品の生産、管理に必要な労務費を加えた総額が、ex-factory costの50%以上であることを求めます。豪州の規則における「材料」は、受益国の工場に運び込まれるまでに要した費用で、輸送費などを含みますが、輸入材料に課せられた関税その他の租税は含みません。また、開発途上国・豪州の材料と先進国の材料が両方とも使用されている材料が輸出受益国に輸入された場合、(i) 何らの加工もされず最終製品に組み込まれるならば、開発途上国の材料費、労務費は加算されませんが (ロールダウン)、(ii) 輸出受益国でさらに加工され、最終製品に組み込まれるならば、素材・部品などの提供に関与した開発途上国の材料費及び労務費 (先進国からの材料費を除外した価額) がその最終製品の価額に対する比率に応じて加算 (トレーシング) することができます。

 豪州のex-factory cost の定義では「材料費、労務費及び経費」としていますが、意味する内容はNZとほぼ同じで、事実上、「材料費、直接労務費及び商品の包装費用を含む直接経費」となります。しかしながら、NZの規則とは微妙な差異があり、NZで内国付加価値に含まれる直接経費 (例えば、工場の維持・管理費、間接材料としての光熱費など) が豪州では除外されるため、同じ50%の閾値であっても、両者を比較すればNZの規則の方がより満たしやすいといえます。

 豪州のGSP制度は、特恵関税率の供与方法などで変化が見られますが、原産地規則はほぼ同じまま運用されています。

 カナダは、社会主義諸国と同様な原産地規則を採用し、カナダを除く他の国から輸入した材料の最大許容比率をex-factory price/ex-works (工場渡し価額) の40%以下としています。1980年代後半になって全ての開発途上国の生産品を輸入材料から除外したことから、原産地規則の緩和が進みました。しかしながら、閾値40%が維持され、控除方式の付加価値であれば60%を意味することから、かなり厳格であるように思います。後発開発途上国 (LDCs) に対して緩和措置 (繊維分野を除き、従来の閾値60%に加えて、20%の範囲内で2015年以前の受益国の材料費、労務費、製造費を上乗せすることができる) を採用したことを除いて、現在でも、ほぼ同じままで運用されています。

 米国は、appraised valueと呼ばれる、過半の事例において工場渡し価額 (ex-factory price)に対して、(i) 受益国で生産された材料の価額、(ii) 原産品に組み込まれる輸入材料の価額で当該輸入材料が「受益国で実質的変更が行われたことにより『新たな、かつ、異なった商品』となった」もの、及び (iii) 受益国での直接製造費を足し合わせた総額が35%以上であることを求めます。また、地域累積制度の適用により、当該累積適用地域の受益国を単一の受益国として取り扱い、米国GSP原産性基準を地域単位で適用することができます。

 上記 (i) の「受益国で生産された材料」は、事実上、完全生産品としての粗原料又はその粗原料のみから生産された材料と理解されています。上記 (ii) で言及される「実質的変更」は、今日にようにウェブサイトで米国税関の事前教示情報が即時に入手できるようになるまで、詳細が不明でした。UNCTADの資料でも簡単な事例 (例えば、輸入された原皮が受益国でなめされ、革のコートに仕上げられた場合、輸入されたなめし革が受益国で手袋の形状に切断され、革の手袋に仕上げられた場合は輸入材料が実質的に変更されたと認めるが、輸入された蜜蝋に受益国で香料、着色料を加えた後にロウソクに仕上げる場合は輸入材料が実質的に変更されたとは認めないなど) が紹介されているだけでしたが、事実上、輸入材料に対して「二重の実質的変更 (double substantial transformation)」 が受益国で生じていれば、当該輸入材料を35%の付加価値を構成する材料として認めます。

 米国税関 (Customs and Border Protection: CBP) が実質的変更の有無をケース・バイ・ケースで判断することは、米国GSPの利用者にとって使い勝手が悪いことは疑う余地もありません。「二重の実質的変更」を米国税関が解説した内部検討文書 (情報公開法によりウェブサイトに公開)[5] から要旨を仮訳すると、次のとおりです。

すべての加工工程が単独の受益国で完結される場合、当該加工工程が「pass-through operation (一過性の単純工程)」を若干上回るのみと判断される可能性は大きく減少する。したがって、もし、単一の受益開発途上国において行われるすべての加工工程が重要で、かつ、中間材料及び最終製品が商業上明確に区別できるのであれば、二重の実質的変更要件は満たされる。これは、中間材料から最終製品への変更に要する工程が単純で、独立したもので、おそらく実質的変更とは認められないであろう場合であっても適用される。
二回目の実質的変更をGSP原産性のために判断する基準は、一回目の実質的変更を構成する要件とは異なる。

3.     累積制度

3.1 グローバル完全累積 (full and global cumulation)

 付加価値基準を採用する豪州、NZ、社会主義諸国及びカナダにおいては、全ての受益国を一地域として取り扱うことができるため、最終製品の製造過程において材料生産に関与したすべての受益国における材料費、労務費及び、(豪州を除く) 直接製造経費を一括して最終製品の生産を行う受益国の付加価値として積上げることができます。UNCTADではこの制度を「グローバル完全累積 (full and global cumulation)」と呼んでおり、FTA・EPAにおける「完全累積 (full cumulation)」概念の基となっています。完全累積といっても、GSP受益国間での情報共有制度が確立されておらず、当該供与国のGSP規則を他の受益国で満たしたことを当局が検証する制度的担保もなく、事実上、GSP輸出を行う受益国の最終輸出者による自己申告に基づく実施であったと考察します。現在のFTA・EPAの累積制度とは異なり、開発途上国への支援策と考えるべきでしょう。

3.2 地域部分累積 (regional and partial cumulation)

 一方、地域累積を採用した供与国は、日本、EEC、EFTA諸国及び米国ですが、欧州定義によると、特定の地域経済グループを対象とし、かつ、当該地域経済グループを単一の国として取り扱わず (FTA・EPAの「生産行為の累積」を認めず)、あくまでもグループの構成国の原産品のみを他の構成国の原産品として取り扱う (FTA・EPAの「モノの累積」) ことから、「地域部分累積 (regional and partial cumulation)」と呼ばれました。なぜ、「部分」累積かというと、生産行為の累積を含まないからと説明されています。「部分累積 (partial cumulation)」 として他の構成国の原産品のみを累積させる制度を支えるため、EECでは、指定する地域経済グループに対して、累積目的で地域経済グループ内の他の構成国の材料を使用する場合には、当該材料が原産品であることを明確にする書類として当該構成国の発給当局が発給する原産地証明書Form Aを最終輸出国の発給当局が確認することを求め、累積制度の確実な実施を担保しようとしました。この制度を実施したアセアンは、自らのFTAにおいても原産地証明書Form Dを同様な目的に使用しています。

 日本は、欧州定義と異なる実施方法を採用し、地域累積を「自国関与の第三国版」として取り扱うため、提供を受ける他のアセアン構成国の材料がGSP原産品である必要はありません[6]。原産地証明書の添付書類として「累積加工・製造証明書」の提出を求めます。EFTA諸国は、特段の証明書類の提出を求めないものの、最終輸出受益国が輸出先であるEFTAの供与国GSP原産地規則を満たしていることに責任を負い、事後確認に際して立証義務を負うことを求めます。

3.3 地域完全累積 (regional and full cumulation)

 UNCTADの文書には何ら記載がありませんが、米国の地域累積は、当該地域を単一の国として取り扱うことから、米国の地域累積は「地域完全累積 (regional and full cumulation)」と呼ぶべきと考えます。この考え方が後のNAFTAほかの全締約国を一単位として原産性判断を行なう「地域原産」の考え方のルーツになり、NAFTA構成国のメキシコが日本と締結したEPAで導入されます。

 GSP制度上の地域経済グループとして指定を受けたのは、以下のとおりです。

 ただし、特恵スキームからの卒業 (経済発展の成果として開発途上国扱いをしない)、後発開発途上国 (LDCs) として別枠の待遇を受けることからの除外などがあるため、必ずしもすべての地域グループ加盟国が累積対象国となるわけではありません。

 一方、EUは地域間累積を認める動きに出ています。現在は、アセアンとSAARCのみに適用可能ですが、地域経済グループ構成国の申請に基づき、使用材料のGSP原産性を立証できる制度的取組みの確立、EUへの行政協力が確実に実施されると判断される場合に限ります。承認されると、当該受益国、材料調達国、必要な場合には当該材料が欧州官報に掲載されます。

4. 自国関与制度


 自国関与制度は、日本、カナダ、豪州、NZ及び社会主義諸国によって導入されました。欧州が採用するのは2000年前後になってからで、米国は今日に至るまで採用していません。自国関与とは、GSP供与国が提供した材料については受益国で輸入材料として取り扱わないとすることで、日本及び (詳細は不明ですが、UNCTAD資料によると) 社会主義諸国では、供与国から提供する材料が自国のGSP原産品であるか否かを問いません。一方、豪州、カナダについてはこの点が不明確で、NZは原産品であることを原則としています。

 自国関与制度に遅れて参加した欧州は、供与国から提供される材料がGSP原産品であること[7]を厳格に求め、その呼称も二国間累積と変更しています。欧州の二国間累積はその後さらに進展を見せ、農産品を除き、受益国、EU、ノルウェー、スイス及びトルコの原産品をそれぞれ相互に累積させることを認めています (ただし、当該受益国で軽微な加工以上の工程の実施が求められます)。また、供与国から提供された物品がGSP原産品であることを示すEUR.1証明書が必要になります。

 また、EUは日本の自国関与の概念を更に発展させ、自国以外の国からの材料提供を原産品限定で可能にします。これが拡張累積 (extended cumulation) です。農産品を除きますが、受益国の申請により、EUとガット第24条に基づくFTAを締結している国 (例えば、メキシコ、チリ) のFTA原産品を受益国の原産品として累積させることができます (ただし、当該受益国で軽微な加工以上の工程の実施が求められます)。実施に当たっては、材料を提供するFTA締約国の行政協力も必要となり、EUとのFTAで定められた証明書のGSP受益国への提供が必要です。

 さらに、EUは一歩を進めようとしているようです。上述の地域間累積とほぼ同じ制度なのですが、「地域交差累積 (cross-regional cumulation)」として、アセアンとSAARCのGSP原産品である材料を累積させる試みがあります。UNCTADのハンドブックでも非常に曖昧な書き方がしており、その意図が分かりません。地域間累積でも拡張累積でも救済できない両地域の国に対する救済、すなわち、EUがアセアンとして認識している9か国 (シンガポールを除く) のうち「卒業」によってアセアン累積の適用ができないマレーシア、タイ、ブルネイの材料をEUとのFTAが締結されるまでの間にEUのGSP原産地規則を満たすものであれば累積させることかもしれません。さらに取材して詳細が分かれば、別途取り上げてみたいと思います。

 日本が採用した自国関与制度は、革製品などの例外品目があるものの、受益国及び日本の事業者にとって実利を得た関税・貿易政策でした。すなわち、日本から部材を送付すれば、たとえ第三国原産品であったとしても受益国の原産品扱いをすることができるので、開発途上国の低賃金を活用した製造コストの低減には大きな役割を果たしたと推察します。中国が経済発展を遂げてGSPの本来の目的を達成したと思われる中で、他のGSP供与国が続々と受益国待遇をはく奪しても日本が2018年度まで受益国を与え続けた実利的メリットとして、主要な部材供給先からの輸入に特恵税率を使用できたことが挙げられます。

5. 積送要件

 GSP創設当初は、実務では「直送条件」と呼ばれていました。受益国のGSP原産品に対してのみ特恵税率を適用することが鉄則であったので、物品を最終的に生産した受益国から当該GSP供与国まで直接に運送されれば、供与国の税関当局として輸出時の物品がそのまま供与国税関で輸入通関されることが確約されることになります。逆の言い方をすると、輸入国税関として最も警戒すべき輸送途中での貨物のすり替え、第三国での更なる加工、第三国での輸入通関による市場への流入を防ぐことができるからです。唯一の例外が豪州で、積送要件を課しません。

 最も標準的な要件の骨子は、(i) 第三国の領域を通過せず、又は (ii) 第三国を経由して輸送される場合には積替え又は一時蔵置の有無を問わず、第三国で税関の監督下に置かれ、輸入通関されず、積卸し及び当該物品を良好な状態に保存するために必要な作業以外を行わないことです。追加要件の例として興味深いものを、参考までに以下に掲載します。

 GSPの積送要件は、初期のFTA・EPA原産地規則の策定に大きな影響を与えています。日本がアセアン諸国と締結したEPAの積送要件はほぼGSP規則そのままでした。すなわち、メガEPAで当然のこととして認められている第三国税関監督下での仕分け、輸入国側の要件として行うラベル貼りもできない厳格なものでした。これらは、あくまでも受益国にのみ特恵メリットを供与するとの大前提に立ってのものでしたが、時代の流れによって徐々に緩和されていくことになりました。

6. 証明要件

 GSP原産地証明書Form Aが唯一の全供与国共通の証明書類として認められていました。ただし、豪州はインボイスへの宣誓及び署名を主たる要件とし、Form Aは代替書類として取り扱われてきました。直送要件を課さないため、最終船積国が物品のGSP原産国であるとは限らないことから、至極理にかなった処理方法であったと思います。また、NZは、1982年までForm 59Aとインボイスの提出が義務付けられていましたが、1982年7月からForm Aが認められるようになりました。その場合でも、発給当局のスタンプ、署名は不要としています。同様に、米国、カナダも書式としてのForm Aを輸入申告時に受理するものの、スタンプ、署名を伴う公的な発給は不要としています。

 このように英米法国が証明要件の事実上の輸出者自己申告化に踏み切る中で、EU では、ある特恵パートナー国の発給当局が、EU 加盟国税関の解釈では非原産となる産品に対して原産地証明書を発給し続けるという事態が生じました。EU 加盟国税関は特恵待遇を否認し、関税の追徴を行ったところ裁判となり、最終的に、欧州司法裁判所(European Court of Justice)によって、特恵輸出国発給当局の発給した原産地証明書を信頼した輸入者に対してEU 加盟国税関は特恵否認できないとの判決が下ったため、この判決を契機としてEUは第三者証明を特恵関税の証明制度として維持することを断念するに至りました。EUは、認定輸出者自己証明を導入し、コンプライアンスの優良者に対して発給当局によるチェックを不要とする制度を先行させ、2017 年から登録輸出者制度に基づく輸出者による自己申告を順次、制度的な準備を終えた受益国から実施しており、FTA でもその後、順次輸出者による自己申告に切り替えています。

 日EU・EPAは2019 年2 月に発効しましたが、日本、EUの双方にとって自己申告に転換すべき時を迎えていたと考えます。原産地証明書 (紙) の原本にこだわる時代は過ぎ、電子的な証明がこれからの証明制度の主流となるはずです。

7. 中間材料の概念の導入

 原産地規則の条文解釈の明確化、統一的な取扱いは、GSPの運用開始から50年以上を経過した今日ではFTA・EPAの世界的な展開にも影響を受けて、相当程度向上しています。冒頭でもふれましたが、原産性判断において「輸入された材料」という視点からのテストが現実味を失った結果、原産地規則の基本的な適用も、最終製品の生産の過程で仕上げられ、そのまま最終製品に組み込まれたり、化学反応させたりする材料 (「一次材料」と便宜的に呼ばれる) に対して、関税分類変更、求められる加工工程又は付加価値の有無を問うようになっており、あえて輸入時の段階まで遡及 (トレーシング) することは致しません。逆の言い方をすると、それ以前の原産地規則の適用に際しては、原則として、常に「輸入された材料」を探し当てて (完全トレーシングを実施して) 関税分類変更又は付加価値計算を行っていました。また、グローバル・バリューチェーンの展開以前のモノの生産の基本的な態様が今日とは異なるため、その手法が特段実施困難であるとも感じなかったわけです。ここで間違えてはいけないことは、現在、便宜的に一次材料への規則の適用が認められるようになったからといって、原産地規則がトレーシング手法を禁じているわけではないことです。

 一方、付加価値基準を採用する英米法国においては、米国を除き、グローバル完全累積が適用されるので、供与国の付加価値基準を生産に関与したすべての受益国及び供与国に対して適用されます。したがって、完全トレーシング手法で立証することが可能で、立証できる材料費、労務費、及び (豪州を除く) 製造経費を積上げ、立証できない材料に関する部分を原産地不明の輸入材料とみなして切り捨てていく方法を取ることができるはずです。
 ところが、既述したとおり、米国の「実質的変更」概念のGSP原産地規則への適用が突出して異例です。付加価値計算において、(i) 完全生産品からの生産物 (国産材料)と、(ii) 輸入素材を使用した中間材料が輸入素材から中間材料に「実質的変更」が行われ、かつ、当該中間材料が最終製品への更なる「実質的変更」が行われた (二重の実質的変更) 場合に限って当該輸入材料を含む中間材料を材料費として計上できるという考え方には、「ロールアップ」、「ルールダウン」の概念が既に導入されています。この方式がなぜ変則かというと、日本を含むFTA・EPAの一般的な「ロールアップ」、「ロールダウン」の判断基準はあくまでも当該FTA・EPA原産地規則であって、中間材料の段階でも最終産品の段階でも同じ原産地規則が一貫して適用されるからです。ところが、米国GSP原産地規則は、中間材料の段階でGSP原産基準としての35%付加価値が適用されず、非特恵原産地規則に由来する実質的変更を適用します。この方式は日米貿易協定の米国ルールにおいても踏襲され、不透明感を高めています。

8.    おわりに

 GSP供与国が16か国から紆余曲折を経て14か国 (LDCのみの供与を除く) になったとはいえ、原産地規則は関税分類変更ベースと付加価値ベースの二つの原型が維持され、それぞれが異なっています。開発途上国が規則の調和を訴えたのもよく理解できます。GSP原産地規則の事実上の目的は、開発途上国の輸出促進ではなく自国の現地進出企業への支援策であったことが透けて見えるようです。

 次回から、非特恵原産地規則を取り上げます。




  1.  「グローバル・バリューチェーン・レポート2017年版(Global Value Chain Development Report 2017)」、グローバル・バリューチェーン研究を主導する世界銀行グループ, ジェトロ・アジア経済研究所, 経済開発協力機構 (OECD), 対外経済貿易大学, 世界貿易機関 (WTO) の5機関による連携研究の成果として, 各機関のウェブサイトで公表されています。https://www.wto.org/english/res_e/booksp_e/gvcs_report_2017.pdf

2. Customs Cooperation Council, “Introducing the International Convention on the Harmonized Commodity Description and Coding System”, p. 13.

3. https://www.legislation.govt.nz/regulation/public/1996/0232/latest/whole.html#DLM220746

4. https://findrulesoforigin.org/en/home/agreements?culture=en]   

5. HQ H192144 (October 22, 2014) CLA-2 OT:RR:CTF:VS H192144 KSG, Re: Request for Internal Advice; GSP; substantial transformation; lenses, p. 4.

6. 特恵関税研究会『特恵関税の実務』日本関税協会、昭和55年、pp. 85-86.

7 地域経済グループの材料供給国からグループ内のGSP輸出受益国に輸出されるGSP原産品は、材料供給国から直接EUに輸出する場合に適用するEU・GSP原産地規則で、当該輸出受益国に適用されるEU・GSP原産地規則ではないことに留意。

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