キモネコのぬいぐるみ

うちのばあさんは、真面目でおとなしいタイプ。良く言えば純粋、悪く言えば冗談が通じない人だ。じいさんが今は丸くなったけど昔は横暴な人で、結婚してからもばあさんはバリバリ働かされ病んでしまい、それからヒステリーが始まったようで、今も疲れると鬼になる。働き者でいい人なのだが、鬼のイメージが強くてつい感謝を忘れてしまう。近年はガクっと年老いて、足腰もへにょへにょだが、まだボケてはいない。一見暗く見えるが歌番組やクイズ番組が好きで、鼻歌を歌ったりおどけてみせたり、意外と明るい人だ。

父を亡くして母が稼ぎ頭になってからは、ばあさんが私たち兄弟を育ててくれた。そのため今でも私は、弱るとばあさんを頼ってしまう。間違いなく誰よりも世話になっているので、どんなにキツイことを言われようと私はばあさんに頭があがらないのだ。



私には見ると絶対泣いてしまうぬいぐるみがある。全身が緑色、紅白の縞模様のウエットスーツを着て、黄色の脚ヒレをつけているネコのぬいぐるみ。ご想像の通り、見た目はかなり気持ち悪い。

絶対に買わないであろうそのぬいぐるみがどのようにして私のもとへ来たかと言う話が、私がばあさんに頭があがらない1番の理由。


このばあさんというのが母方のばあさんのことだが、生まれてからずっと父方の家で過ごしていた私は、父を亡くしたことで母方に引き取られることになった。それにより市内の別の地区に住むばあさんの家に越すことになり、幼少期を過ごした地区を離れた。

うちの地元は自身の地区へのプライドが異様に高く、途中から地区に入ってきた人間は簡単に受け入れられない。毎年地区ごとにある神社から神輿の出る祭りがあり、私はそれが大好きで欠かさず参加していたが、引っ越した年、私は新しい地区で祭りに参加する勇気が出なかった。

長年誇りを持ってきた地区への心残りが半分、新しい地区の人に受け入れられない恐怖が半分。結局その年、祭りの朝を初めて布団の中で迎えた。

参加しなくても見るだけ見に行ってみるかと家族に言われたが、行かないと強がってみたり、祭りなんか嫌いだと言って回っていたのを覚えている。


夕方、ばあさんが「縁日に行きたいから一緒に行ってくれない?」と誘ってきた。行きたかったんじゃない。ふさぎこんだ私のことを想って言ったのだ。

その想いには当時も気付いていたが、わざと仕方なくついて行ってやるというふてくされた表情を浮かべて、縁日にだけ行くことにした。
私は帽子を目深に被って誰にも見つからないように縁日を歩いた。祭りをやらないことがかっこ悪いと思っていたし、祭りをやらないと学校での立ち位置も変わってくるし、地区が変わったくらいで祭りをやめるような弱い人間だったのだと思われたくなかった。顔を見られたくなかった。

「りんご飴買う?好きでしょ?チョコバナナは?」ばあさんがいつになく気を遣ってへそを曲げた私に絶えず話かけ続けた。
ばあさんは秘書をやっていた母と対照的に、おっとりしていて普段から気の利くほうではない。また先に書いたように鬼モードがあるので、普段ならその私の態度に怒ったと思う。でもその日は私の気持ちを汲んでか、一切怒らなかった。父を亡くしても落ち込まなかった私がふてくされている様子をみて、私にとって祭りに参加しないということがどれほどのことかわかっていたのだろう。

私はばあさんの問いかけに全て首を振った。意地だった。本当はりんご飴もチョコバナナもクレープもたこ焼きも全部欲しかった。



縁日を歩いて外の空気を吸ってから、祭りへの未練が強くなり、こんなに簡単に祭りをやめてはいけないと思い始めていた。今からでも遅くないと、もう心は決まっていたと思う。いつ機嫌を直そうか、どうやっていつもの自分に戻ろうか、どうやってやっぱりこれから祭りに出ると言おうか。コロっと機嫌が直ったと思われるのが恥ずかしくて、ずっと考えていた。

そろそろ帰るかという雰囲気になってきたところで、ばあさんがもう一度「何も要らないの?」と聞くので、機嫌を直すきっかけを作る最後のチャンスだと思い、私は、クジ引きがやりたいと言った。その時のばあさんの嬉しそうな顔が忘れられない。

親に教えられたのかは忘れたが、昔からクジ引きは大抵ガラクタを掴まされて終わりだからもったいないという意識が強く、ねだったことがなかった。でもどこかでやってみたいという気持ちがあったのだと思う。今でもガチャやトレカが好きだから、当時からその欲はあっただろう。

私が一言「欲しい」と言えばばあさんがよろこぶことははじめからわかっていた。クジ引きは私の中で最大限のわがままだったから、ばあさんが一番よろこぶと思ってそれを選んだ。


いや、それだけではなかったかもしれない。これから遅れて祭り参加するために勇気を出さなければならなかった。だから最後に甘えたかった。強くなければ祭りはできない。弱いところはここに置いていきたかった。



このクジ引きでもらったのがその気持ち悪いネコだった。普通なら1等のゲームのハードとかを狙って、それ以外だったら残念に思うところだが、この日は何が当たるかなんてどうでもよかった。気合いを入れるための儀式のような感覚だった。




その後勇気を出して、新しい地区のあまり話さない同級生のところへ行き、祭りをやらせてくれと伝えた。別にやりたいならやればいいんだ、一緒に行こうと言ってくれた。

私はその後、祭りに参加するのを欠かしたことはない。



そのネコのぬいぐるみを見てはこのことを思い出し、ばあさんに感謝する。



ばあさんはまだまだ鬼モードも健在で、揉めることも多い。しかし先も短くなってきた。せめて最後がケンカで終わらないように、毎晩おやすみと言うようにしている。

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