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番外編「どっち?」#春ピリカグランプリ応募

「ねぇマサヒロ、ちょっと手、貸して」
「えっ、なんだよ。今いいとこなのに」
「いいから、いいから。マサヒロはテレビ見てればいいから、手だけ見せて」
野球の中継を見ている最中に邪魔されるのが、一番嫌いだ。
あとのことは我慢するが、そこだけは譲れない。
ナンテ言ってても、結局は押し切られる。


いつも笑顔が耐えなくて、天真爛漫なところに惹かれて一緒になったが、こうも考え方や生活パターンが違うと疲れる。
疲れるのは僕だけで、千秋の方はきっと何とも思っていないのだろう。
「ほら、こっち向いて」
千秋が僕の両手を自分の方へグイッと引っ張る。
ほらね。
「へぇ~なるほどぉ」
「なんだよ」
「ううん、何でもない」
そんなことをつぶやいた後、今度は自分の両手をマジマジと見つめ、ウフフと何かを思い出したように笑う。


いいよなぁ、思い出して笑えることがあって。
千秋って悩みとか無いんだろうなぁ。
何でも「まぁ、いいか。大丈夫、大丈夫」って。
僕と違って失敗しても後引きずらないし、まぁ、千秋のそんなところが好きで付き合い出した。


「えっ、何で?」
千秋が自分の両手を見つめて首をかしげる。
「表、うら?えっ、どっち?」
今度は手の甲を見つめたり、手のひらを見たりして首をかしげている。
あぁ〜もう気になって野球どころじゃなくなった。
「もう!なんだよ。いったい」


「だって、どっちが正解か、分かんないんだもん」
そう言ってテーブルの上に、手の甲を上にして両手を揃えて僕に見せて説明してくれた。
「昨日、You Tubeで見たんだけど、人差し指より薬指の方が長い人って長生きするんだって」
確かに千明の薬指は結構長い。
あぁ、それでニヤけていたのか?
「千秋のは長いよ。良かったじゃん。長生きだよ」
「でもね。ほら」
千秋が手をくるんと回して、今度は手のひらを上に向けた。
「こうすると、人差し指の方が長いんだよ。どっちが正解?ねぇ、どっち」
そうやって、手をくるんとくるんと動かして眉毛を寄せる。


僕は千秋の手をそっと止めて、手の甲を上にした。
「こっちだよ」
「だよね。ありがとマサヒロ」
安心したように千秋が笑う。
僕と思考回路が違う彼女との結婚生活は疲れるが、飽きが来ないことは間違いないだろう。

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