見出し画像

【 原 英 史 代 表 P C R 検 査 め ぐ る・・・ フェイクニュース 】

(「週刊正論」令和2年5月15日号 より )
【 寄稿、政策シンクタンク、原英史代表 PCR検査めぐるフェイクニュース】・(前半)

発売中の月刊「正論」6月号では新型コロナウイルスを
めぐるフェイクニュースについて、政策シンクタンク、
原英史代表が「インフォデミック(情報の大量拡散)は
こうして生じた」と題し、被害の事例を紹介しています。
「週刊正論」では6月号の続編となる原氏の寄稿を2回に
分け掲載します。
         ◇
「正論」6月号では「インフォデミック」を取り上げた。
社会不安はフェイクニュースの培養器だ。トイレットペ
ーパーデマをはじめ、コロナ関連では数多のフェイクニ
ュースが飛び交う。中でも、PCR検査を巡るフェイクニ
ュースがオーバーシュート状態だ。6月号で「PCR検査
が少ないのは官邸の陰謀」などを取り上げたが、その後、
状況はさらに悪化し、日々ますます増殖を続けている。

■「日本の検査数は異常に少ない」?
PCR検査に関して、根っこにある最大のフェイクニュー
スは「日本の検査数は異常に少ない」だ。新聞やテレビ
の情報番組などで繰り返し報じられ、半ば常識と化して
いるので、たちが悪い。5月13日公開の「CHANNEL
SEIRON(チャンネル正論)」でもお話したが、ポイント
を繰り返しておこう。
(https://www.youtube.com/watch?v=Nrqum9IPcS4)

まず、多くの欧米諸国の検査数は、日本より桁一つ多い。
これはそのとおりだ。人口千人あたり検査数でみれば、
スペイン:34.8、ドイツ:32.9、イタリア:27.2、アメリ
カ:26.3に対し、日本:1.7。だが、これは、感染拡大の
規模が桁違いだから、当たり前のことだ。これらの国々
では、人口あたり感染者数は日本の約20~50倍にのぼる。
そういうと、「日本は検査が少ないから見つかっていない
だけだ」という人がいるが、それなら人口あたり死亡者
数をみれば約20~100倍だ。専制国家はともかく、死亡者
数はおおむね正確なはずだ。

また、陽性率(感染者数/検査数)をみると日本は7.5%
に対し、スペイン・イタリア・アメリカは約13-15%と
倍近い。その意味はこれら国々では日本と比べ、より当
たる確率の高い集団を対象に検査している、つまり、実
質的には日本より検査が少ないということだ。ドイツは
6.2%で日本より若干低いが、それでも同水準。日本より
ずっと大きく網を広げて検査しているわけではない。

こうしてデータをきちんとみれば、「欧米諸国は検査を万
全にやっていてすごい」と賞賛するような話ではない。
「日本の検査数が異常に少ない」こともない。
(注:データは5月11日時点、情報検証研究所レポートより
https://johokensho.hatenablog.com/entry/2020/05/12/103037)

「検査数」フェイクニュースが深刻なのは、社会に実害
をもたらしていることだ。メディアなどでは検査数の国
際比較を根拠に、「希望者全員にPCR検査を受けさせる
べき」「国民全員にPCR検査を」といった極論が跋扈し
ている。これを見た人たちは、保健所や医療機関に駆け
込み、「心配なので検査してほしい」などと強く求めるこ
とになる。ただでさえギリギリの状態の現場に、更なる
過剰な負担を強いているのは罪深い。

■福山哲郎参院議員発フェイクニュース
国会でも大間違いが垂れ流されている。一例が、福山哲
郎参院議員(立憲民主党)の5月11日参院予算委員会
での質疑だ。「日本には隠れた感染者がどれだけいるのか」
と専門家会議の尾身茂・副座長を厳しく追及。答弁を再
三遮った挙句に「答えてもらえない」と切り捨てる姿勢
に批判が噴出。ツイッター上で「#福山哲郎議員に抗議
します」ハッシュタグが拡散される事態になり、13日に
は福山議員が「本意でなかった」と言葉遣いにつき謝罪
した。だが、言葉遣い以上に問題なのは、発言内容だ。福山氏
は質問の中でこう発言している。

「世界中はこの無症状・軽症の方まで含めて検査を入れ
て感染者を出しているんです。それで実態を把握する中
で解除の条件とか経済の回復などについて議論している
んです」

「日本の場合、(実際の感染者が検査で判明している人の
10倍いるなら)10万人、日本中にいて、その人たちが感
染を広げているんじゃないんですか」

「世界中は無症状・軽症の方まで含めて検査(して)実
態を把握」は、事実ではない。どこの国でも、これまで
感染者の全数把握など行っていない。これは、先に触れ
た陽性率のデータからも明らかだ。陽性率が日本よりず
っと高い欧米諸国の多くでは、日本以上の規模で、隠れ
た感染者が存在するはずだ。また、日本を含む多くの国々
で、PCR検査とは別途、感染規模を把握するための抗体
検査が実施されつつある。例えばニューヨーク州の検査
結果は陽性率12.3%、大阪市・神戸市はそれぞれ1%、3%。
いずれにしても、把握されていた感染者の規模をはるか
に上回る。

福山議員は、検査数だけをみて、無邪気に「諸外国はす
ごい。日本はダメだ」と誤解しているのかもしれない。
しかし、それでも、国会議員の発言はマスコミで報じら
れる。「国会で指摘されているのだから、そうなのだろう」
と、多くの人の誤解をより確固たるものにしていく。国
会議員発のフェイクニュースは罪深い。


【 寄稿、政策シンクタンク、原英史代表 PCR検査めぐるフェイクニュース】・(後半)

■「東京都の陽性率は63%」?
「検査数が異常に少ない」から派生するフェイクニュー
スは、もはや百花繚乱の様相だ。例えば、4月25日東京
新聞が報じた「東京都の陽性率は63%」(4月12~18日
の平均)。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/202004/CK2020042502000247.html

検査した半分以上が陽性というのだから、尋常なことで
はない。感染爆発の起きているニューヨークでもせいぜ
い20%程度。「やはり日本は検査数が少ないので異常な
状態になっているのか」と多くの人を不安に陥れた。

だが、結論からいえば完全に間違いだ。分数の計算で、
分子は感染者数すべて、一方、分母は民間検査分など一
部除かれた検査数。この計算では比率は出せない。報じ
た側以上に、情報開示の不十分・不明確だった東京都に
も大いに問題があった。その後、都は正しい数値を公開。
最も高かった4月上旬で30%程度、5月上旬には5%とい
った推移がわかりやすく公開されるようになった。結果
的に、行政の情報開示の改善につながったのだから、フ
ェイクニュースにも効用はある。
https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/iryo/kansen/youseiritsu.files/020511youseiritsu.pdf

■「検査をたくさんやれば死亡者数は減る」
学術論文に基づくフェイクニュースもある。各国のデー
タから「PCR検査を十分行って、陽性率を7%未満に抑
えれば、死亡者数を減らせる」と結論づけた論文には、
マスコミの多くが飛びついた。論文が公開された当時、
ちょうど「東京都の陽性率」フェイクニュースが出回っ
ていたことも重なり、「日本はこれから危険」と断ずる格
好の素材として利用されたのだ。
http://www.chiba-u.ac.jp/general/publicity/press/files/2020/20200421covid19_PCR.pdf

学術論文というと、信頼性と権威の高いものと受け取ら
れがちだ。だが、論文の中には、査読前のものもあるこ
とを認識しておいた方がよい。この論文はそれで、査読
前論文を広く公開してコメントを受け付けるサイト
(preprints.org )上で、「致命的な欠陥がある」「相関関
係と因果関係を混同しているのでないか」などの指摘を
受け、論争が繰り広げられている最中だ。学術的評価は
今後定まっていくだろうから、予断を持ってコメントは
しない。ただ、少なくとも、マスコミで一般向けに報じ
るのは時期尚早だったのでないかと思う。

情報検証研究所では、5月上旬時点での各国の陽性率と
死亡者数のデータもとってみた。たしかに感染が拡大し
ている国では、概して陽性率が高く、死亡者数も多いが、
これはふつうに考えて自然なことだ。それを超えて「7%
を分岐点」に大きな段差があるのかは、データ上は定か
でない。国によっては、論文のまとめられた4月半ば以
降に、死亡者数の水準が大きく増大したところもある。
例えば、陽性率が比較的低水準(現時点で6%程度)のカ
ナダは百万人あたり死亡者数が4月15日は23.9人だ
ったが、5月13日は137.0人になった。世界の感染状況
は短期間で激変する。「7%が分岐点」も日々変動してい
るのかもしれない。
参考:情報検証研究所「『陽性率7%を超えると死亡者数
急増』は本当か(続報)」
https://johokensho.hatenablog.com/entry/2020/05/13/123208

ほかにも、「PCR検査を倍にすれば、接触5割減でも14
日で収束」との論文もマスコミで取り上げられた。論文
をみれば、現実の日本に到底適用できない前提であるこ
とが書いてある。ところが、マスコミでは前提を端折っ
て、「今からでも検査を倍やれば、すぐ収束」するかのご
とく報じてしまった。論文の問題ではなく、報道がフェ
イクニュースだ。
参考:情報検証研究所「『PCR検査を倍にすれば、接触5
割減でも収束可能』はどこがおかしいか?」
https://johokensho.hatenablog.com/entry/2020/05/10/140033

■極論の応酬は危険
「分極化」現象について正論6月号でも触れた。賛否分
かれて議論の繰り広げられる状況では、両側のグループ
で主張が先鋭化し、極論が支持されがちだ。PCR検査を
巡る状況はまさにそれだ。「日本の検査数は異常に少ない」
と政府を批判する「拡大派」と、これに抗する「抑制派」。
分極化が、極論とフェイクニュースを次々に生成してい
る。本稿の最初で、日本の感染規模は欧米とはレベルが違う
ことを示した。これ自体は事実だが、うっかりしている
と逆方向に歪んで、「日本はすごい。何も心配ない。外出
制限も営業自粛も一切不要だ」という極論に転じてしま
う。これはまた危険極まりない。現実に医療の現場から
は、医療崩壊ギリギリの状態との悲鳴に近い声があがっ
ている。データ面でみると、特に気になるのが、重症者に対処
するためのICUだ。人口十万人あたりのICU数は、アメ
リカ:34.7、ドイツ:29.2、イタリア:12.5に対し、日
本はICUだけなら4.3、ICUに準ずるハイケアユニット
などを含めても13.5だ。ドイツとイタリアの死亡者数の
明暗をわけたのがICUのキャパシティだったとすれば、
「欧米とは感染規模が違う」といって油断することはで
きない。
参考:情報検証研究所「“ICU決壊”に備えるべし 
~欧州の医療崩壊と出口戦略への示唆」
https://johokensho.hatenablog.com/entry/2020/05/07/232531

■フェイクニュースをどう封じ込めるか?
「PCR検査」フェイクニュースのオーバーシュートをど
う封じ込めるか。これは難題だ。フェイクニュースへの
基本的な対処は、言うまでもなく、反論して事実を示す
ことだ。しかし、厄介なことに、分極化の高まった局面
では、反論は必ずしも有効ではない。むしろ逆効果にさ
えなる。仮に今、政府が「『検査が異常に少ない』は間違
いだ」と反論しても、どれだけ有効かは定かでない。お
そらく「拡大派」の人たちの多くは、「開き直って自己正
当化している。許せない」とますます反発するだけで、
冷静に理解を得るのは難しいだろう。だから、第三者機関
の役割が重要になる。先月から私が情報検証研究所を
立ち上げ、ファクトチェック活動に力を注いでいるのは、
こうした機能が社会に不可欠と思うからだ。政府寄りでも
反政府でもなく、検査「拡大派」にも「抑制派」にも与せず、
あくまで事実に基づく検証活動を行っていく。

政府にも、やるべきことはやってもらわないといけない。
そもそも、PCR検査を巡ってここまでの混乱が生じたの
は、政府の対応がなっていないからだ。安倍首相は2月
29日会見で「お医者さんが必要と考える場合には、すべ
ての患者の皆さんがPCR検査を受けることができる
十分な検査能力を確保」すると表明した。ところが、2か
月経っても、これが実現していない。医師が必要と判断
しても保健所に断られる、何日も待たされるといったケ
ースが起き続けている。一国の首相がフェイクニュース
を発している、ありえない状態だ。一日も早く解消して
もらわないといけない。そんな状態だから、政府は今、
極論を浴びせられても、毅然と否定ができない。
迎合して「拡大します」と言い訳するしかない。これが
さらに極論を助長する。政府のやるべきことは、
1)「必要な検査が受けられる」を早急に実現すること、
2)一方で、「それを超えた検査は無用」と明確に示し、
「希望者全員検査」「国民全員検査」などの極論を否定
することだ。これをやらない限り、フェイクニュースの
オーバーシュートは止まらない。現場にさらに負担をかけ
続けることになる。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?