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アメリカの新聞やテレビがトランプ大統領に投げつける「悪罵」に比べれば、朝日新聞の方がよほど紳士的です。 (伊勢雅臣氏)


■1.「トランプは気が狂っています」

「うわー、これでは朝日新聞よりひどい」と思ったのは、アメリカのマスメディアを論じた『失われた報道の自由』を読んだ時です。アメリカの新聞やテレビがトランプ大統領に投げつける「悪罵」に比べれば、朝日新聞の方がよほど紳士的です。いくつか例を挙げましょう。

・「私たちの大統領は情緒不安定な人物です。説明しがたい行動をとっています」-ニュ一ヨーク・タイムズ紙のコラムニスト、トーマス・フリードマン(2018年2月21日)

・「トランプは気が狂っています。恥ずかしいことです」-CNNの司会者、ドン・レモン(2017年8月22日)

「情緒不安定」とか「気が狂っている」とは人格攻撃そのものですね。

・「あなたがトランプに投票したのなら、あなた、つまりドナルド・トランプではなく投票者であるあなたは、ナチスに足を踏み入れようとしています。『おいで、おいで』と誘われているのです・・・これこそドナルド・トランプの悪魔のような力です」-MSNBCのゲスト、ドニー・ドイツ(2018年6月18日)

 ついには、トランプに投票した人々も、悪魔の仲間にされてしまいました。

 この本にはこんな悪罵が46件も紹介されています。日本の新聞やマスコミも、モリカケやサクラで延々と政権攻撃を続けてきましたが、こんなあからさまな人格攻撃をしたら、視聴者、購読者からそっぽを向かれるでしょう(実際にそっぽを向かれている向きも多少はあるようですが)。それだけ日本国民の方が民度が高いのでは、と妙な自信を持ってしまいました。


■2.民主主義を破壊するマスメディアの暴走

 私はアメリカに留学と駐在を合わせて合計7年間暮らし、その間、かの地の新聞やテレビを見てきましたが、さすがと思われるような質の高い記事や番組に接して、これがアメリカの民主主義の基盤だな、と一目置いていました。しかし、その観察はすでに時代遅れになったようです。

 世論調査会社ギャラップ社の調査によると、2017年時点で民主党支持者の76%がメディアを信頼している、と答える一方、共和党支持者のメディアへの信頼度はわずか21%となっています。

 それはそうでしょう、「トランプは気が狂っています」とか、「あなたがトランプに投票したのなら、・・・ナチスに足を踏み入れようとしています」などと言われたら、民主党支持者は「そうだ、そうだ」と共鳴し、共和党支持者は「狂っているのはお前の方だ」と反発するだけでしょう。

 単なる悪罵ではなく、メディアが「トランプの政策のこういう処は反対する。その理由は,,,」と論理的に述べたのなら、支持政党には関わらず「いや、その点は納得できない」とか、「なるほど、この点は一理ある」と論理的な議論ができるのです。

 しかし「気が狂っています」とか「ナチスに足を踏み入れようとしている」では議論になりません。トランプ大統領を好きか嫌いかで、国民を分断させるだけです。これでは国民が自ら政治のあるべき姿を考え選択する、という民主主義の基盤をマスメディア自体が破壊していることになります。

 最近の「ブラック・ライブス・マター」での暴動騒ぎや、次第に明らかにされつつある民主党側の選挙不正を見ると、アメリカの民主主義の劣化があきらかになってきていますが、こういうマスメディアの暴走もその要因の一つになっているように思われます。


■3.ユダヤ人大量虐殺報道を抑制したニューヨーク・タイムズ紙

 しかし、メディアの暴走は今に始まったことではなく、アメリカの一部のメディアでは昔からあったことだと、この『失われた報道の自由』は記しています。違いは、昔は公正中立的な報道の振りをしていたのが、今やその振りさえかなぐり捨てた、というだけの事のようです。

 たとえば、ホロコースト研究者のデイビッド・S・ワイマン博士は著書『ユダヤ人は見捨てられた』の中で、こう書いています。

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(ホロコーストが行われている間)ヨーロッパ系ユダヤ人の惨状に対するアメリカの一般市民の反応は、ほかの国の人々と比べて薄かった。それは多く(おそらく大部分)のアメリカ人が、1944年以降までヒトラーのユダヤ大絶滅計画のことを知らなかったからだ。
・・・なぜならマスメディアは、何百万ものユダヤ人の組織的な抹殺を小さなニュースであるかのように扱ったからだった。[レヴィン、2501]
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 アメリカ政府は1942年12月の段階で、少なくとも200万人のユダヤ人が殺害されていることを把握していました。しかし、当時のフランクリン・ルーズベルト大統領は、週2回の記者会見でほぼ1年後まで、このホロコーストに関して一言も発言しませんでした。

 1943年秋にはルーズベルト大統領は、チャーチル、スターリンとともに、ナチスの残虐行為を批難する宣言を出しましたが、その中でもユダヤ人虐殺については触れませんでした。

 なぜでしょう? 私見ですが、当時のルーズベルト政権内部には多くの共産主義者が巣くっており、日本の北方領土や東欧、バルト三国のソ連占領を後押ししました。米国民がホロコーストを知ったら、世論はアメリカ政府にもっと強硬に対独戦を進めるよう圧力をかけ、結果的にソ連が東欧を支配する時間的余裕を与えなかったかも知れません。

 この仮説の当否は別として、ルーズベルト政権下で戦争情報局が、報道機関にホロコーストを報じないよう要望したのは事実のようです。[レヴィン、2548]

 その方針に従って、ニューヨーク・タイムズ紙の発行人アーサー・ヘイス・サルツバーガーは、ユダヤ人大量虐殺のニュースを繰り返し無視したり、握りつぶしたりしました。サルツバーガー自身もドイツ系ユダヤ人でしたが、当時のアメリカ国内のユダヤ人リーダーたちと反目し、パレスチナの地にユダヤ人国家(後のイスラエル)を建設することに激しく反対していました。

 当時のニューヨーク・タイムズ紙は国内世論を作る担い手として大きな影響力を持っていました。そのニューヨーク・タイムズ紙が、しかも発行人がユダヤ人なのに、ホロコーストを大きく取り上げなかったことで、他社のジャーナリストや政治家たちも、この問題で立ち上がろうとはしませんでした。


■4.ウクライナ大量餓死も報道しなかった

 ニューヨーク・タイムズ紙は、1932年から翌年にかけてスターリンによるウクライナ大量餓死についても同様に隠蔽しています。

 スターリンは工業化のために欧米から機械設備を購入する外貨を必要としており、穀倉地帯ウクライナの穀物を強制的に取り立てました。ウクライナ人は独立心が強く、また共産主義体制で無理矢理、集団農場で働くことに農民が反対していた事も一因でした。邪魔をする者は国家の敵として、5千人以上が死刑になりました。

 飢餓が始まっても、スターリンは農民が土地から離れないよう軍隊を送り込みました。この結果、数百万人の規模で餓死者が出たとされています。

 これらはイギリスやフランスなどの新聞では広く報道されました。しかし、当時のニューヨーク・タイムズのモスクワ支局長ウォルター・デュランティは飢餓の事実を否定したのです。ディランティは、ロシア革命やスターリンの恐怖政治を礼賛していました。飢饉は1933年の夏にピークに達しましたが、ディランティは9月17日に次のような記事を書いています。

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 ウクライナの中心部を車で200マイル走ってきたばかりだ。すばらしい豊作で、いまや飢饉の噂はくだらない冗談のようだ。どこに行っても、共産党員も役人も田舎の農民も、会う人ごとに口を揃えてこう言う。『もう大丈夫だ。冬に向けても安心だ。すぐに収穫できる穀物がまだたくさんある』
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 ディランティは個人的には「飢饉の犠牲者を約700万人と見積もっている」と漏らしていたそうです。ニューヨーク・タイムズ紙の上層部は、彼がスターリン主義のプロパガンダを書いているのではと疑っていましたが、何もしませんでした。後の編集次長のフレデリック・T・バーチャルはディランティを異動させようと進言しましたが、上層部から却下されました。

 フランクリン・ルーズベルトは大統領候補時代に、ソビエト連邦を正式に国家として承認するかどうかの議論にディランティを加え、1933年に国家承認をすると、彼を調印式に参加させています。当時、反共思想の強かったアメリカにおいて、数百万人規模の大量餓死が報じられていたら、その最中に国家承認など到底できなかったでしょう。

 ここにも、ニューヨーク・タイムズ紙がルーズベルト大統領の親ソ政策に密着した姿勢が窺えます。


■5.メディアが火をつけた架空の「ロシア共謀疑惑」

 あった事を報道しないのとちょうど逆に、なかった事を報道する事もニューヨーク・タイムズ紙は行っています。

 2016年の大統領選挙で、民主党のヒラリー・クリントン陣営の指示で、イギリスの元諜報部員クリストファー・スティールがトランプ候補の醜聞を探り出そうと調査を始めました。スティールはトランプ陣営が選挙中にロシア政府と積極的に共同したという疑惑を、文書にまとめました。

 スティールの文書はクリントン陣営からFBIの手に渡り、民主党の両院議員は刑法上の要件がないにもかかわらず、特別検察官の任命を求め、民主党系のメディアも後押ししました。その結果、特別検察官ロバート・モラーが任命され、捜査が始まったのです。

 こうした流れを受けて、メディアは、トランプ大統領が法律に違反していた可能性があると盛んに報道しました。トランプは起訴されるだろう、いやすでに秘密裏に起訴されているのかもしれない、息子のドナルド・トランプ・ジュニアが起訴されるだろう、とさまざまな推測報道が飛び交ったのです。


■6.「口シアに関する記事をたくさん書いたが、後悔してはいない。」

 モラー特別検察官は、19人の弁護士、約40人のFBI捜査官、情報アナリストなどの専門スタッフの補佐を受け、2800本以上の召喚状を出し、約500本の捜索令状を執行し、230件以上の通信記録を押収し、約500人の証人を聴取する徹底的な調査をしました。

 その結果は「トランプ陣営の関係者が選挙への介入についてロシア政府と共謀や協力をしたとは証明されなかった」と結論しました。2年以上大騒ぎして、その結果は作り話だったと判明したのです。

 その間、ニューヨーク・タイムズ紙とワシントン・ポスト紙は「ドナルド・トランプの大統領選挙とロシアの関係についてスクープし、2016年の選挙に対して特別検察官が実施中の捜査に注目する報道をした」として、ピューリッツァー賞を受賞しています。この賞の選考も偏向しているようで、前述のディランティも受賞しており、その後、賞を剥奪しようという運動まで起こされています。

 モラー特別検察官の報告書が出てから、ニューヨーク・タイムズ紙のディーン・P・バケット編集長は、こう語っています。「私たちは口シアに関する記事をたくさん書いたが、後悔してはいない。違法性があったかどうかを決めるのは、私たちの仕事ではない」[レヴィン、2307]。

 しかし、違法性がない可能性も十分あるのに、さも真実らしく2年以上もニュースとして流し続けるというのは、真のジャーナリストなら反省すべきことでしょう。自分の仕事がトランプ打倒のためのプロパガンダを流すことだという確信犯の言葉のように聞こえます。

■7.メディアは「社会を良い方向に動かしていく運動家」か?

 朝日新聞の「従軍慰安婦」報道は、この「ロシア共謀疑惑」報道とよく似ていますが、自らタネを蒔いたという意味では、一歩上手です。

 元朝日新聞記者の植村隆氏はかつて自身が書いた「従軍慰安婦」の記事を櫻井よしこ氏に「捏造」と決めつけられ、名誉毀損による損害賠償を求める訴訟を平成27年2月に起こしました。

 百数十人もの大弁護団を擁しての一大訴訟でしたが、1審、2審とも敗訴となり、この11月18日、最高裁は植村氏の上告を退ける決定をし、1、2審判決が確定しました。植村氏の記事は「捏造」と言われても名誉毀損にはあたらない、と司法は判断したのです。

 そもそも朝日新聞社が設置した慰安婦報道をめぐる第三者検証委員会での結論でも、「植村は、記事で取り上げる女性は(JOG注: 義父に連れて行かれて)『だまされた』事例であることを(JOG注:本人の証言)テープ聴取により明確に認識していたにもかかわらず、同記事の前文に、『「女子挺身隊」の名で戦場に連行され(後略)」と記述した」とされています。[阿比留]

「従軍慰安婦」問題が国際的なスキャンダルに発展したのは、こうした「捏造」記事からです。

 ケヴィン氏は「自分たちが運動を通じて社会をいい方向に動かしていくべきと考えている」ことが「現代メディアの本質である」と述べています[ケヴィン、3783]。この結論は、ニューヨーク・タイムズ紙にも、朝日新聞にもあてはまります。

 問題は、主権をもつ国民が、そんなマスメディアを「社会を動かす運動家」として選んでいるかどうか、です。こうしたメディアは民間企業なので、消費者の購買がその支持票にあたります。

 朝日新聞はここ10年ほどで、800万部から300万部も落ち込み、55年ぶりに500万部を切りました。単体での営業利益は昨年度上期9億6200万円の黒字から、今期上期は3億3900万円の赤字に転落しました。45歳以上の社員300人規模の希望退職を検討していることも報道されています。「運動家」気どりの朝日新聞など不要、と多くの国民は判断しているようです。
(文責 伊勢雅臣)

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