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神奈川の障害当事者運動を振り返って③

この原稿は渋谷が2022年4月から2024年3月まで、一般社団法人神奈川人権センターの「人権センターニュース」に連載したものです。

優生保護法改正反対運動
 1972年5月、国は、優生保護法を改正しようとします。労働人口の拡大をもくろみ経済的な理由でも中絶を禁止する一方で、当事確立されつつあった羊水検査などのいわゆる「胎児チェック」により胎児に障害があるとわかった場合中絶を可能にするものでした。神奈川青い芝の会の機関誌『あゆみ』No15(1972.8.5 )を資料として進めていきます。
 「資料その一」として、当時の厚生省の国会での答弁と思われる「優生保護法の一部を改正する法律案提案理由説明」が掲載されています。
 
「資料その一」
優生保護法の一部を改正する法律案提案理由説明」
ただいま議題となりました優生保護法の一部を改正する法律案について、この提案の理由をご説明申し上げます。
 優生保護法は優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとともに、母性の生命健康を保護するという目的のもとに、優生手術、人工妊娠中絶、優生保護相談所等に関し、必要な事項を定めているものでございますが、最近の国民保険の実態の変化にかんがみて、今回、人工妊娠中絶の要件及び優生保護相談所の業務内容をこれに適合するよう改める措置を講じ、もって、優生保護対策の適切な実施を図ることといたしました。
 改正の内容といたしましてはまず人工妊娠中絶の要件に関する改正でございますが、その第一点といたしましては、現行法では、妊娠の継続又は分娩が身体的理由又は経済的理由により、母体の健康を著しく害する恐れがある場合は母体の保護のため人工妊娠中絶を行なうことを認めているところでありますが、このうち、経済的理由という要件につきましては、国民の生活水準の向上をみた今日におきましては、このままにしておくことには問題がありこの際、これを取り除き、妊娠の継続又は分娩が医学的に見て母体の精神又は身体の健康を著しく害するおそれがあるものというように改めたのでございます。
 人工妊娠中絶の要件に関する改正の第二点は出生上の見地からの人工妊娠中絶に関するものでございますが、現行法では、不良な子孫の出生を防止するという見地から、妊婦またはその配偶者が精神病又は遺伝性奇形をもつ場合等には人工妊娠中絶を認めているところでありますが、近年における、診断技術の向上等によりまして、胎児が心身に重度の障害を持って出生してくることをあらかじめ出生前に診断することが可能になってまいりました。
このため、胎児がこのような重度の精神又は身体の障害となる疾病又は欠陥を有しているおそれが著しいと認められる場合にも、人工妊娠中絶を認めることといたしましたのが改正の第二点でございます。
 次に優生保護相談所の義務に関する改正でございますが現行法のもとでは、優生保護相談所は、優生保護の見地から、結婚の相談、遺伝その他優生保護上必要な知識の普及向上、受胎調整の普及指導等を行っておりますが、最近、高年令初産が問題となっておりますので、特に初回分娩が適正な年令において行われるように助言及び指導する等その業務の充実を図ってまいりたいという改正でございます。
 以上が、この法律案の提案理由でありますが、なにとぞ慎重にご審議のうえ、すみやかに解決あらんことをお願い申し上げます。
 
「資料その二」
第一 改正の目的
最近の国民健康の実態に即応して、人工妊娠中絶の適応事由等を改めることにより、優生保護対策の適正な実施を期すること。 
第二 改正の要点
1.人工妊娠中絶の適応事由に関する改正
(1)「妊娠の継続又は分娩が身体的又は経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるもの」という人工妊娠中絶の適応事由において、「身体的又は経済的理由により」とあるのを削るとともに、「母体の健康」とあるのを「母体の精神又は身体の健康」に改めること。
(2)「胎児が重度の精神又は身体の障害が原因となる疾病又は欠陥を有しているおそれが著しいと認められるもの」という事由を人工妊娠中絶の適応事由として加えること。
2.優生保護相談所の業務に関する改正
優生保護相談所の業務として適正な見地において初回分娩が行われるようにする為の助言及び指導等をくわえること。 (以下略)
 
 このような国側の動きに対して《神奈川青い芝の会》をはじめ全国に組織されつつあった《青い芝の会》は、「障害者は殺されても当然か」また女性団体は「生む生まないを決めるのは女性自身」として、共闘し激しい反対運動を繰り広げます。一方で両者間では「生む生まないを女性の自己決定に属するとした場合その理由に障害も含まれるのか」という論点で激しい論争がなされました。
 そして、下記の請願書を国会に提出します。
 
請願書
 本国会に再上程されました優生保護法改正案につきまして、私達重度身体障害者の集まりである日本脳性マヒ者協会「青い芝」神奈川県連合会は、身体障害者の立場から次の事を強く要求します。
 優生保護法改正案中、第十四条の四、即ち「その胎児が重度の精神又は身体の障害の原因となる疾病又は欠陥を有しているおそれが著しい、と認められるもの」に対して人工中絶を認める、と言う条項は、明らかに障害児と健康児を差別する思想から成り立つものであり、法の下の平等を記した憲法第十四条の精神にもとることはもとより、私達重度身体障害者の生存権をも否定しようとするものとして、断じて許容する事はできません。
 現在、経済成長至上主義、生産能力第一主義の社会にあって、私達重度身体障害者は「本来あってはならない存在」として物心両面にわたる抑圧の中での生活を強いられています。その上にこの法案が成立したならば、私達の存在は増々「あってはならない」ものとして抑圧され、やがて社会から精神的、肉体的に抹殺し去られる事は眼前の事実です。私達はそれを許すことはできません。
 ここに、日本脳性マヒ者協会「青い芝」神奈川県連合会は、重度身体障害者の生存権の確立を求める事を目的として、優生保護法改正案中、第十四条の四項を削除する事を強く要求致します。
 何卒宜しく御取計いくださるようお願い致します。
 
昭和四十八年 月
日本脳性マヒ者協会「青い芝」神奈川県連合会                     (住所 略)
衆議院議長   殿
参議院議長   殿
 
この改正案は、「青い芝の会」と女性団体の強い反対により、審議未了廃案とされます。
 
「国家権力」が消滅すれば差別は消滅するのか
今回この機関誌『あゆみ』の記事を改めて読んで、「国家権力」という言葉の多さに少なからぬ違和感を覚えました。
 確かに国家はいつの時代においても民衆のいわば負の意識を利用して自らの目的の達成をはかるものでしょう。そして優生保護法の制定も今回話題にしている改正のもくろみも国家によって行われました。しかし「青い芝の会」は国家体制が変われば障害者が解放されるなどとは考えていなかったはずです。
 生前横田弘さんと、国家の在り方が変われば障害者への差別がなくなるのかというような趣旨で何度か話をしたことがあります。例えば社会主義革命が成立し、社会の在り方が変われば障害者差別はなくなるという考え方を横田さんはきっぱりと否定していました。差別の要因はそんな浅いものではないと考えていたのだと思います。今回の場合、優生保護法という法律を問題としており、法律は国家の意思の現れ、あるいは国家が権力を行使する根拠と考えられます。ただし、その根拠が正当であるかは全く別の問題ですが。その意味で、国家権力に焦点が当たることはよくわかります。
一方で、権力を持たない国家が成立しうるのかという問題があるように思われます。権力は差別を利用することで自らを正当化し、補強していくのでしょう。しかし権力が消滅すれば差別も消滅するとは言えません。だからこそ「青い芝の会」はこの社会に暮らす一人一人の意識を問題にしたのであり、脳性麻痺者に自らが差別される存在であることの自覚を強く促し、それを運動の原点、さらに言えば脳性麻痺者として生きることの原点とすることを仲間たちに強く促しました。その意味で、つまり差別は「国家権力」のみに起因するのではないという認識から、機関誌の中で「国家権力」という言葉が多用されていることに少なからぬ違和感を覚えるのです。
 「行動綱領第一項」は「われらは自らがCP者である事を自覚する」でした。前回も申しましたが、これは差別される存在である自身を自覚し、それを原点にせよ、ということでしょう。
 青い芝の会の人たちは「健全者幻想」という言葉をよく使いました。脳性麻痺者である自分が努力すれば健全者と同じように働き、家族を持ち、社会の一員として認められること、またそう願うことは幻想である、としたのです。同時に自分自身を差別する価値観を内面化することは自らを差別する立場に追い込んでいく危険性がある、そのことの自覚をも促していると考えられないでしょうか。
 さて、優生保護法改正案は審議未了廃案となりました。しかし、優生保護法自体は1996年まで生き続けます。このような法律が50年あまり生き続けたことの意味、そして1996年に抜本的に改正され、現在の母体保護法となった経緯については、あらためて述べる機会があると思います。
 この優生保護法の告発と改正措置は、これを抜きにしては日本の障害当事者運動は語れないほど現在でも大きな影響を与え続けています。              (続く)

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