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〈GEA〉昼時?-みつまど

街の大きな通りに、爛々と突き刺さる陽の光。焼け焦げる皮膚を上着で軽く庇いつつ、雑踏に紛れるように静かに、シャッターの降りた古い店の横を路地裏まで駆け出した。
段々と数の増えていくそこかしこに張り巡らされた緑の蔓を、身一つで潜り抜ける。
与えられた通信機を確認すれば、やはり目的地はこの先。道を抜けた先で、現在私の潜入している"剣城組"と他の組の構成員が能力を使用した戦闘を始めたのだという。
応援に来い。組織内でいう先輩に当たるらしい男がそうとだけ簡素に連絡を寄こしてきた為、偶々近くの警戒にあたっていたこともあり、私も向かうことになった。
白昼堂々抗争、というのはGEAの一員としてはどうにも見過ごせないものだが、潜入は順調、計画の失敗も許されない。ぐっと奥歯を食いしばり、路地の奥へ急いだ。
「あま……暴はした……ん……」
たん、たんと規則的に壁や石畳を蹴る靴音だけ、何重にも木霊して消えていく。息を殺して耳を澄ませば、微かに、戦場には到底似合わない高い声が聞こえる。先の方からだ。
だが、目の前に迫るのは煉瓦の壁の突き当たり。
右の道、大通りに繋がっている。違う。
左の道、色とりどりの花びらが、踏みにじられた痕を残してそこかしこに散らばっている。こちらだ。
軽く減速し、つまさきで方向転換をして力いっぱいに飛び上がる。できるだけ足をつかないように、できる限り大股で蔓や舞う花びらを避けて走った。

先の光が近付いてきて、勢いよく飛び込めば、視界が一気に眩く白む。開けた場所に出、目が慣れると目の前であちこちに散らばる黒い背広と、その向こう……奥でそれに対抗するまた違った風体の黒服に蔓を自在に操る幼気な少女のたった二人が視界に映った。
「こいつっ、無駄に手強いっ……」
黒服の男らが十数人、内の一人が呟くのは辛うじて聞き取れた。その他は各々でギフテッドを繰り出すのに夢中なようで、互いの雄叫びや風の吹き荒ぶ音など気にも留めず、必死に蔓の包囲網を打ち破ろうとしている様子だった。
こいつ、というのはまあ、恐らくというまでもなくこの蔓や花々を操っている張本人……剣城組トップの娘、子星まどかだろう。彼女の能力は、毒殺や絞殺、殴殺など殺害のみに絞って考えても使い道が幅広く、よく戦闘に駆り出されていることもあって扱いにも中々目を見張るものがある。
地面に手をついて、何事かを念じる彼女。
「……はあっ!!」
その背後に迫った一人が、あっけなく宙に舞う。彼女の生やした花の蔓がそれを勢いよくはじき飛ばしたのだ。
まだ高校生なのにも関わらず、この威力を出すことができる。それだけ力を使わされているのだから、当然ではあるものの……攻撃の影響を受けないよう、大回りでまどかの後ろへ走りながら考える。
「っ、燃やしても燃やしてもキリがねぇ……」
苦渋の色を滲ませた顔で、周りを見回す一人の男。まどかの攻撃の中に単独で突っ込んでいかないだけ、周りよりは幾ばくか賢いらしい。
そのしわのよった顔面が、数メートル越しにこちらをしかと捉える。
「……!おい、あの女も仲間だ!!」
「……」
それが大声をあげるとほぼ同時に、近くの二人が飛び掛って来た。ぶつかる瞬間に直上に飛び上がれば、互いを避けようとバランスを崩す二人。
足をもつれさせた瞬間……足元、男らでいう頭上に氷塊を創り出し、勢いよく蹴りつける。先を尖らせたおかげか大きさがあったおかげか、男らはあっけなく地面に伏し、氷の上から押し広げられた傷口と噴き出す血液もよく見える。
彼女の青春が、こんな野蛮な返り血浴びの労働で潰されているだなんて考えてしまうと、どうにも無性に精神が荒ぶ。彼女の境遇が、自身と重なるというのもあるのかもしれない。
「逃しません!」
蔓越しに、必死に敵に食らいつくまどか。気が付けば、味方の一人はもう既に地面に膝をついていた。まさかこの程度で、まどかのボディガードとは。ただの組織の下っ端であるとはいえ、もう少しマシに位はできるだろうに。
横から迫るギフテッドの炎を最小限の動きで避け、また走り出す。彼女との距離は数十メートル。間に待ち構えている黒服は四人。十分抜けられる数だ。
姿勢の低い一人目を軽く飛び越して頭を踏み台にし、ギフテッドを構えた二人目の周りに氷柱を作り、勢いよく突き刺す。致命傷とまではいかずとも、恐らくもうまともに動けはしない。三人目を回し蹴りで吹き飛ばし、四人目は勝手に横にはけていた。
周りを軽く目視でクリアリングして、まどかの元まで一直線に走る。まどかはまだ警戒態勢を解いておらず、地面に両手をついている。そして私の足音を聞くやいなや、またギフテッドを発動しようと力を込め出す。
が、私が彼女の元へつき、彼女の手首を掴む方が早かった。はっとして、やっと顔を上げた彼女。優しく手首を離す。
「……まどか、見ろ。もう誰も立っていない」
言われるままにそちらを見るなり、彼女は少し目を見開く。そして私に視線を戻し、今度は口元に手を当てた。
「虧月〈きげつ〉さん……どうして、ここに」
「応援の要請がそこのボディガードから有った。怪我はないか」
「ええ、それはないです。……でも……こんなにこの人たちを傷つけておいて、それって……よくないこと、ですよね」
苦虫を噛み潰す辛そうな横顔。純粋無垢だった筈の、彼女の瞳が濁っている。
先程彼女の手首を掴んだ手のひらが、じわと赤くなる。ひりひりと主張する痛みごと拳を握り込み、逆の手を彼女に差し出した。
「その理論では、今頃私は二桁程の回数は死んでいる。立て、残党が仲間を呼べば厄介だろう」
「……優しいですね、貴方は。そんな慰め方、初めてです」
穏やかな笑みを湛え、手を取った彼女を引き上げ、立ち上がらせる。すると長い間あの体制で足が痺れたのか、よろけて胸元は倒れ込んでくる彼女。極力肌に触れないよう抱きとめ、立ち直させれば、くすりと彼女が笑う。
「虧月さん、案外照れ屋さんですね。お顔が赤いです」
「……日焼けだ、生憎肌が弱い」
「そうなんですか?いやですね、私、ちょっとだけ期待してしまいました……」
少し目を伏せる彼女。私には彼女と過ごした日が浅いからか、これが本心からなのか社交辞令の一つなのか、判別がつかない。
肩からずり落ちかけの上着を羽織り直し、なるべく地面の荒れていない道を先導して歩く。
彼女に反応をしないまま進んでいると、たたと小走りで私の後につき、以降口を開かなくなった彼女。
ただの軽口であったのにも関わらず無視を貫くのは忍びなく、ほんの少しだけ速度を落として歩いた。
「…………あまり背伸びなどはするものでない。仕事人間に冗談は通らない」
「本気に、してくれたんですか?」
予想外の足元の掬い方に、前に出しかけた左足を引っ込める。後ろをついて歩いていた彼女がぽす、とぶつかってくる。
私がいきなり足を止めたのが不思議だったらしく、髪を揺らして首を傾げながら顔をのぞき込んできた。咄嗟に顔を逸らす。
「……回答不可」
無愛想に呟くのが、私としては精一杯だった。