〈GEA〉序章-機動部隊

「はあ……なんか、手応えない……」
両手の拳に視線を落としながら、握り、開き、また握りを何度か繰り返す。
次に私……〈天花寺 夢良〉の溜め息の矛先が向いたのは、どんよりと曇ってぱっとしない空模様だった。
ほんと、なんで今日に限ってスランプな……
「オーヤオヤオ困リ?オジョーサン♡」
「っ!……はあっ!!」
する、と腰を撫でる触れられなれた感覚。
その気配の主に間髪入れず回し蹴りをお見舞するも、またもや手応えはなかった。風を切る音だけして、蹴りだす足と共に振り返った先には何もいない。
こいつ、いっつもこうなんだから……。
前に向き直って本日三度目の、溜め息。いつの間にか前に回って、無遠慮に私の胸部に指を沈みこませているこいつの腕をつかんで引っペがし、いつも通りゴーグルで隠れた目元を睨みつける。
「半分あんたに困ってんの、做藤!」
すると、わざとらしく瞬きをするこいつ。
……まあちょっとイラッとするけど、いつものことだしこんなのスルースルー……。
「マーマーソンナカリカリシナーイ♡ストレス発散、オテツダイシマス?」
言うなり做藤はにたあ、と嫌なふうに口角を上げる。ついでに手もわきわきさせてて何かイヤ。寒気を感じつつ言い返した。
「うっ、い、いいからそんなことなんかしなくって!その手やめてくれる?!」
「チェー……ザンネンムネンマタライネン……」
「コラ勝手に年越ししないの!」
做藤が来ると、大抵訓練の手を止めざるを得ないくらい、無駄話が多くなる。
まあこれもいつものことなんだけど、今日は少し様子が可笑しい。ある程度体を触って満足したらさっさかどこかへ走っていくのに、一向に離れようとしない。……だから腰触るのもやめてってば!
「ねえ、何か用でもあるの?」
「ンー?アー、ソーイヤソーダ、スプライ」
「その持ってる紙、隊長辺りからの連絡でしょ?見せて。……ほーら、貸して?」
「ンエーベリーコールド、アイムサーッド…………」
口をとがらせた彼女の手から、小さな付箋位のサイズの紙を受け取る。
「えっと……『本部付属訓練場より北北西に500m地点でギフテッド暴走の通報あり、至急対処せよ』?」

……。

…………。

………………はあ?!?!

「ちょっと、なんで早く言わないのよ做藤!至急って書いてあるし、しかも結構距離あるじゃない!!急がなきゃ!!」
「ハッハー、焦ッタフェイスモカワイーネエ」
至近距離で凄んでまくし立ててみるが、当然この做藤には効かない。ほんっと、こういうときまでふざけて……!!
「もうっバカ言ってないであんたもじゅ・ん・び!えっと、連絡用端末も持ってる、制服も着てる、髪も結んでて……よし!」
最後に襟だけ整えて、手のひらに拳を打つ。
これで支度も気合も十分!
「じゃあ做藤、早速行こ……」
しかし。
声を掛けた相手は、既に私が向き直った先……よりも何十mか先で、ふらふらとふざけた歩みでご自慢の白衣を揺らしていた。
「ちょっ、置いてかないでよ做藤!任務なんだから行動は一緒にしなきゃ、ねえ、待ちなさいってば!!」
声が聞こえてか聞こえずか、ひらひらと生身の方の手を振り返りもせず振る做藤。
腹は立つけど、怒るよりも追いつく方が先決だ。
額に青筋を浮かばせかけた自分にそう言い聞かせ、私はあいつの後を追って駆け出した。