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自治労連・地方自治問題研究機構「自治と分権」no.78 2020.冬号(新年号)ブックレビュー〈ノーカット版〉

全国民が読んだら歴史が変わる
奇跡の経済教室【戦略編】
中野剛志 著
KKベストセラーズ

市川京之助(自治労連愛知県本部)

〈著書から引用(抜粋)〉
『目からウロコが落ちる 奇跡の経済教室【基礎知識編】の続編になります。

【基礎知識編】では、主に経済に関する話を中心にして、平成日本の経済政策がほとんど180度と言っていいほど、間違っていたことを明らかにしました。
そして、それが日本経済の長期停滞をもたらしたことを示しました。

長期の経済停滞から脱出するための「戦略」を論じます。
〈引用ここまで〉

本書では、国の成長戦略をインフレ対策の「ムチ型(企業利潤主導型)」とデフレ対策の「アメ型(賃金主導型)」に分けています。

「アメ型」成長戦略には、強い労働組合の存在が、経済成長の源泉となることが述べられています。労働組合の力が強いという「制約」こそが、企業のイノベーションをもたらすという理論です。
戦後資本主義と呼ばれる経済システムがそれです。

対して、「ムチ型」成長戦略は、企業の国際競争力を強化するために、人件費を抑制し、効率化を徹底します。したがって、労働者保護規制は緩和・撤廃し、労働組合は弱体化させなければなりません。
その結果、一部の企業や投資家の利益が増え、一般国民の所得が増えないという構造になっています。

なぜ、「ムチ型」成長戦略が続くのでしょうか。
インフレ対策の「ムチ型」では、企業が稼いだ利益の分配が経営者や株主に有利となります。
結果として、労働者や同業種の利益を奪う「利権誘導」が生じます。
これは、「ゼロ・サム」と言われるように、全体では富が増えないものであり、地方自治体の水道事業やPFIを事例として挙げています。
「トリクルダウン」も実際には起きていません。
日本経済は長期にわたって停滞し、欧米ではこの20年間で名目GDPが2倍程度になっていることに対して、日本だけがほぼ横ばいです。
日本経済が成長しなくなった最大の原因は、1998年から始まったデフレーションです。
デフレ下では、個人や企業は消費も投資も控え、経済全体でみると、需要を縮小させています。
このように、ミクロ(個々の企業や個人)の視点では正しい行動でも、マクロ(経済全体)では好ましくない事態になる「合成の誤謬」という現象が起きています。

ただし、一般国民へのこの悪循環は、政府による財政支出の拡大によって食い止めることができるとしています。

財政支出のための裏付けとして、自国通貨建の国家は、政府の調整により財政支出を拡大できるというMMT(現代貨幣理論)を取り上げています。

ブックレビューの執筆時点では、賛否両論ありますが、現代民主国家においては「財政民主主義」あり、MMTは、「通過の価値を保証するのは、政府の徴税権力である」と説明しています。
否定論者は、市場メカニズムが経済を調整するという理論の立場であるため、政府による財政政策を否定することになると本書では述べています。

中野氏は、デフレ時にやるべき経済政策は、大きな政府や労働者保護といった「民主社会主義」の政策だと主張します。

しかし、本来リベラル派が主張すべき上記の経済政策は、政治分析を「階級」から「アイデンティティ」に移し、市民社会や団体のような「集団」から「個人」の解放となったため、結果的に新自由主義と親和性の高いものへと変質したと指摘しています。

また、財政法第4条の均衡財政の原則もあり、財務官僚が財政赤字の削減が正しいという認識共同体であることも、政府が財政支出を拡大できない原因としています。
なお、【基礎知識編】では、税は財源確保の手段ではないと述べています。

最終章では、ハーバード大学のダニ・ロドリック教授は、グローバル化、国民国家、民主政治の三つは同時に成立しないという理論を紹介しています。

それでは、私たちはどうすべきなのでしょうか。
まずは、財政支出を拡大して、デフレを脱却すること。つまり、緊縮財政から積極財政に転じることです。
さらに、「ムチ型(企業利潤主導型)成長戦略から、「アメ型(賃金主導型)成長戦略」に転換することが求められます。

経済政策の決定には、大別すると次の2つがあります。
思想が経済政策を決めているとする「思想決定説」と、政策を動かしている勢力が自分たちの得になるように決めている「政治決定説」とここでは呼びます。

どちらの説も経済政策の決定に関与していますが、地方分権の根幹となる財源を確保するために自治体が求める経済政策は、特定の企業に頼る税収増ではなく、市民全体の所得が底上げとなる成長政策だと思います。

住民が求める経済成長に繋がる思想について、どのような理論に基づくのかを十分に議論及び吟味し、政治的影響を住民がどのように考えて行動するのかが問われる転換期が、近年訪れているようにみえます。

本書をきっかけに、デフレ対策の議論と労働者の賃金上昇が進むことを望みます。

(了)

(いちかわ きょうのすけ)

季刊 自治と分権

https://www.fujisan.co.jp/product/1281690935/

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