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たまにルフィを食う


ワンピースのルフィがめちゃくちゃ嫌い。

基本自分中心で、周りが見れてない。
だけれど一挙手一投足でほぼ確実に人を巻き込む、求心力が際限ない。
努力の人であり、才能の人である。
いつもニコニコしてる。

めちゃくちゃ嫌いなんですよね、あんまりそばに居てほしくないタイプ。

世界的人気キャラを勝手に敵に回した私はと言いますと
・人にどう思われているかが肝心
・行動を起こす時は低リスク案を単独運用
・才は知らない、努力は鬼苦手
・いつもムスッとしてる

ルフィの対偶と言っても過言では無い。彼は「海賊王に俺はなる!」と言いふらしてるそうですが
「海賊王になる人もいます。色んな人がいます、この世の中には。」と僕なら言いますね。

世界は自分中心などでは決してないから。
自分は世界を構成する歯車とも言われない、分子レベルの何かでしかないと卑屈をこいてるから。

でも心の中に小さいルフィが居たりする。

自分として生を授かった上で、あまりにも主体性から遠ざかる運動をし続けるのは良くない。良くないというか、違う。何かの構成員であったり、歯車であったりするだろうけど、それ即ち一生陰日向に咲く存在であることを黙認することに繋げたくない。週に1,2日はルフィでありたい。

今この瞬間に思いついた、絶対に誰にも刺さらない例えを披露します。
釣り堀における主人公は誰か。
釣られる魚なのか、釣るための竿なのか、竿に食いつかせるためのエサなのか、釣り堀そのものか、料金を払って水面に糸を垂らしている自分なのか、、、

自分でありたいよな。

誰も普通はこんなことを思わないと分かってる。
でも僕はこれを真剣に考えてしまう。
どれかが無いと、この "釣り堀で釣りを楽しむ" 事象は起こりえない。なのであれば、全ては主人公的存在でマストなのだと。

ヒニヒニの実の皮肉人間。
能力者なのかもしれない。

天気の優れない日、悪いことが立て続けに起きた時、なんとなく機嫌が悪くなった時、この能力は即座に発動する。

良いことも悪いことも、急に発生することではなくて、あずかり知らない影響が必ずある。
蔑ろにしてた人間からの作用であったり、溜めに溜めていた連絡の未確認不返信であったり。

自然災害以外の事象は、チリツモで因果応報。

ルフィ的人間として生きていても、非ルフィ的人間として振舞っていても、日頃の丁寧さが物言う。

とすれば、おのが人生を、自分中心要素高めに生きている方が豊かなのかもしれない。

魚の釣れない理由を竿にも、釣り堀にも、誰にも彼にも擦り付けない。
自分のせいだと納得する、ある主妥協点を設けるためにも、ベースは自分本意で生きるがお得プラン。

ルフィを非難してごめんよ。

ルフィが嫌いなのではなくて、ルフィでは無い自分が認められなくて、それ即ち自分を否定することに繋がりかねないから、ルフィそのものもを受け入れないことで安寧を図ったのだろう…。

伸縮性に富んだ、それこそゴム人間かのような、変幻自在加減もそろそろ体得したいなと。

長々と意味不明な文章をすみません。
何か書きたいという漠然とした衝動が産んだ書き物でした。

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