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及川純について〈聖黒〉

妄想とちょっとした語りです。
レポートとか考察をするのが不得手なので、あえて及川純という男について勝手な妄想をまとめてみました。
※バカみたいに長い上に、愛ゆえに相当好き勝手書いてます。

【聖なる黒夜】の登場人物、及川純は1950年生まれ(たぶん)の聖黒本編(1995年)で44か45歳の警視庁捜査四課きってのスーパーダンディ、その上若い(おそらく27歳くらい)イラストレーターを生業としている恋人と同棲している男である。
彼の、筆舌に尽くしがたいたまらん生涯(というか、麻生龍太郎という男に対してのとんでもなくデカい感情)は本編をご覧頂ければ知って頂けるかと思うので、未読の方はどうか……なにとぞ、是非。

■純という名前

「純」という漢字は、混じり気のない、飾らない、汚れのない。という意味を持ち、男性名にも女性名にも使われるということ。
たったこれだけの情報で、既に及川純という男の生き様を映しているかの様だと思った。
彼は清く、純粋なとてつもなく研ぎ澄まされた剣の様な人間であり、その剣は時としてあまりの強さにカケてしまう事もあるのだろう。
そう思うと、名を体を表す。という言葉が随分真実味を帯びてくるな……と。

 彼が生まれた1950年は昭和25年、干支は虎(龍太郎の干支が龍なので、龍虎っていうだけでめちゃくちゃたまらん)終戦より五年しか経っておらず、ようやく日本は戦争の傷跡から立ち直る為に歩き出しはじめた頃。
もっと言うなれば、千円札が発行されたりミルクキャラメルが森永製菓から発売された年でもあり、今当たり前に触れている物だけに、随分長い時間の開きがあると改めて思わされる。
また、この年の流行名(男児)は博、茂、実などでどの名前も漢字一文字だという事に一寸驚いた。しかし、純という名はその中には(ベスト10位まで)見当たらず、当時としては割と珍しい?ハイカラな名前だったのではないかなと。

 統計はこんなところにしておき、さて。純さん。純先輩。及川先輩。
麻生は及川の事、及川とか、純とか、先輩とか好き勝手呼べて本当にいいですね……羨ましい事この上ない。
及川は、なんとなくそこその中流家庭の上くらいの家に生まれた一人っ子だったんじゃないかという妄想。
父親は大学病院に勤める医者で、母親は横浜に実家がある専業主婦。戦争で父親は復員した後に見合いした為父34歳、母21歳で結婚。(父は横須賀で海軍の軍医として手伝いをしていた)
母親は目鼻立ちのはっきりした細身の美人。純を孕った際、男の子でも女の子でもどちらでも使える名前を、として純という名を考えていたらいいな。

 生家は世田谷の等々力不動尊の近くで、不動尊は純の子どもの頃の遊び場だった。
(最近、推しができるとその推しの親御さんは、どんな思いを込めてこの名をつけたのかな。という家族さん目線の妄想をする様になりました)
忙しい父にはあまり遊んでもらった記憶はないものの、その働く姿には子供の頃から敬意を示していて「純は男の子なのだから、お父さんが留守の時はお前がお母さんを守ってあげなさい」という言葉を頑なに指針とするのだった。かくしてこの言葉が「男」として生きる事を自らに強要してしまう純さんの呪縛となる。
この当時はまだまだ〈男児たるもの〉の考え方が今よりもずっとずっと強かったであろうから、練の父親が「男らしくあること」を練に強要した様に、純さんも近しい感覚をもしかしたら抱いていたのかもしれない。
それでも幼い純が父に反発する事はなく、母方の祖父の勧めで五歳から剣道を習い始める事になった。
元々賢い子だったと思うし、剣道においても同じ歳の子らと比べると頭ひとつ抜きに出ていただろう。けれども、強さを求めるがゆえに年上の子らを軽々打ちまかした事で天狗になってしまい、それが原因で道場では村八分に。鼻持ちならない及川のボン、と言われて結局その道場を辞めることになってしまう。
そこで純さんは幼いながらに、世の不条理さを感じる様になる。
けれども純は剣道を続けた。父に言われた様に、強い男になる為に。清く、正しく、その名に恥じぬまっすぐな強さを目指して。


■10代の頃

 及川純と韮崎誠一は、仕草や癖、体型や好みも全て似ていた。と言ったのは山内練で、彼はこの二人と体の関係を持っている。
ここで韮崎について振り返ってみると、父親に認知される前は母子家庭で育ち、東大卒のインテリヤクザとなる(天秤座)
この事からかなりのこじつけだというのは承知の上で、おそらく及川も韮崎並みの秀才であったのでは。
元々、試験と名のつく物は大得意であったと言わしめる位なので、学校のテストなんかもコツを掴んで華々しい成績を修めていたんじゃないだろうか。そういう人って得てして器用で何をやらせてもそつなくこなしてしまうので、必然的にクラスの人気者な及川少年が想像できる。
さらに、及川は容姿も良いんだからこれでモテない筈がない。恐らく小学校の頃からマセた女子生徒に騒がれていたのではないかな。
そんな中、では及川少年の初恋はいつなのか。
さすがに麻生が初恋ではないと思うのだけれど(逆に麻生が初恋だったら、それはそれでめちゃくちゃえもい)なんとなーく、恋かどうかも分からないレベルの物ならば、近所に住んでた二つ年上の男の子とかはどうだろう。
当時は遊んでくれる優しいお兄ちゃん、位にしか思ってなかったけど彼が親の仕事の都合で引越してしまうと(その時及川11歳)どうしようもなく胸が痛み、涙が溢れてしまった事で自分の心に気づいてしまう。
とはいえ、気づいたからといって何ができる訳もなく、そのまま初恋を忘れて剣道に打ち込むばかりの日々が続くのであった。そしていつしか男の子の名前は忘れてしまった。

 小学校はそんな感じでつつがなく過ぎていき、中学ではすでに剣道で優秀な成績を修めていたので、それを理由に方方の高校からスカウトがかかっていた。それに対して純さんは別段迷う事なく、剣の道を極めんとしてさらなる強者を求める高校一年生、16歳になった(及川純16歳。というだけで息が荒くなる)
純さんは剣道の強豪校という事で、私立かな。と思うのだけれど、一年の頃に同じクラスだったモブ女に告られて付き合う事になる。この頃はまだ純さんも、自分の性思考をはっきり明確に形づけられていなさそうなので周りに流される様に恋人を作ってみた。
及川の事を考える時に思い止まる所の一つとして、彼が女を抱いた事があるかどうかという点。恐らくゲイ自覚がはっきりしてからは抱いてない?気がするので、そうすると十代の学生の頃だろうか。別に女は未経験でも全く構わないけど、女を抱くゲイが好きなので一つの経験としてそこは、ひとつ。
とりあえずつきあってみるも、部活が忙しくなってきた事を理由に夏休み前にモブ女とは別れる(モブ女は泣いて縋った)その後も他女生徒に言い寄られるも、恋愛事が面倒になってしまいのらりくらりとかわしていく事になる。
そんな純さんだったが、高校二年生の時に初めて男の恋人ができた。一つ上の先輩で、剣道も何もしていない普通の人だった。体育祭の実行委員で数ヶ月側にいて向こうから告白された。
最初はよくわからない気持ちのまま付き合ってみたけれども、男性同士の気安さが思いの外居心地が良く十七歳の冬、先輩から抱いてほしいと言われたので抱いた。この時を境に、純さんは自分という人間は男にも女にも「男」を望まれているのだと気づく。
その先輩とは二年間付き合ったが、先輩が卒業すると些細な事で嫉妬される様になる。そうして連絡も途絶え始め、最後は「純は僕がいなくても泣かないだろう」と言われて浮気されたので、別れた。結局、純さんは恋人に自分という人間を曝け出す事はなかったのである。


■カミングアウトと家族

 及川はゲイという事を隠していない。という事から家族にもカミングアウトしているのは大凡違いないと思う。ただ、及川が生まれた年から察してその両親は間違いなく戦前の生まれだろう。その家族がすんなりと息子のジェンダーについて受け入れる事ができたのか、と言えばおそらく出来なかったのではないだろうか。
昭和初期〜中期にも同性愛者はいて、しかしその人たちが必ずしも自分のジェンダーに則った生き方をしてこれたかというと多分そんな事はなかったと思う。その時代に、自らがゲイという事を隠さなかったのは及川の強さだと思うし、周りに有無を言わせない、その事で馬鹿にされない人間像を作ってきたのは本当に難しいことで、誰しも真似できるわけじゃない(及川純の真の強さとはここじゃないのかな、と思っている)
 いつのタイミングで純さんが家族にカミングアウトしたかはわからないけれども、勝手に予想するならば警察官になる直前かなと。龍太郎と恋人になったのを機に、話した。つまり、純さんにとってそれだけ龍太郎との関係を真剣に考えていた証拠ではないだろうか。


■純にとっての練

 及川純はマル暴の刑事になり、春日組のフロント企業でもあるイースト興行社長、山内練と仕事上のお付き合いをする事になる。この場合のお付き合いというのは肉体関係のある取引を有する事で、二人の間に恋愛感情というのは皆無だ。
いつ頃から純と練は関係していたのか。というのはよくわからないけれども、恐らく4〜5年にはなるのではなかろうか。
ある意味、互いの好みや質を知り尽くしてるのでセックスは心地よいものだろうし(相性が悪かったらそもそも続かないだろう)練は頭が恐ろしく切れる男であるから、純さんにとってはそれなりに良い刺激だったのでは。
しかし、及川は知ってしまった。自ら調べたと思うけれど(練が純と龍太郎の事を知っている上で練から話したかもしれないが)練が85年に世田谷で麻生龍太郎に逮捕されているという事を。
そして、その逮捕が誤認だったという事を麻生が練と出会うずっと前にもう知って……いたのかな。その上で麻生を練と引き合わせたというのならば、なんという邪恋。
いや、練は純さんの麻生への想いを邪恋と言うけれど、麻生への恋心は純さんの一生をかけた紛れもない「恋」だ。
確かに他人が聞けば邪恋かもしれないが、純さんの心は混じり気のない無垢な物で、ひたすらに麻生だけを思い続けた真っ新な物だったのではないかな。

 そうして及川は麻生と別れ新しい恋人と暮らしはじめ、練は麻生と付き合い始める。
けれども、二人の関係は続いてるしお互いの恋人よりも相手を知ってるのってたまらんな……それは単に純と練の間に欠片も愛情がないから成り立つという、不思議な関係性だ。始まっていないから、終わる事もない。
今現在、練は春日の若頭になったわけだけれども、やはり及川とは繋がりがまだあるし練の事を一番わかっているのは純さんなんじゃなかろうか、と思ったりもする。
しかしこの二人のキャットファイトという名のセックスは本当にドドドドドドドえもいし、ドドドドドえろい。 
練が言った「あのひとは女だよ」っていう台詞が好きだし、純さんが言った「お前も人の子だな」っていう台詞が、ほんとに……ああ、もう。と頭を抱える。同じ男の事を愛していて、そしてその男との別離を二人共経験してるからこその、なんとなく分かり合える部分もあるし、殺したいくらい嫌悪してる所でもあるんだろうな。
余談だけど、純と練って朝ドラのタイトルみたいだね。


■純にとっての若イラ

 本編に一度も出てきていないのに、私の中では登場人物紹介では韮崎の次くらいに配置されても良いんじゃないかと思ってる人。
皆、思い思いの若いイラストレーターを胸に抱いていて、色々な方のイラストレーター像をお尋ねしたくなってしまう。
この若い男は、間違いなく及川純の第二の人生のパートナーだと思っている。20近く歳が離れてて、純さんが生きてきたフィールドに擦りもしていないそんな男。イラストレーターという仕事を生業としていて、明るく優しく配慮があって、でもどこかドジなんだけれども、及川の手を引いてくれる純さんの大事な大事な人。
 彼のおかげで純さんは流行りの音楽も聴く様になったし、喫茶店でパフェを食べる様にもなった。ゲームセンターでぬいぐるみを取ってやった事もあるし、美術館によく行く様になった。夢の国にも行きたいと言われてるけど、流石にそこはまだ容認できていないが、いつか、近いうちに完全な変装でもして行ってやるか。とぼんやり考えてる。考える事ができる様になった。
 もちろん、麻生龍太郎は純さんの永遠の特等席であって、それはきっと彼が死ぬまで誰にも譲れない。けれども純さんは今、この男と歩く事を選んだ。もし別れ道に麻生が佇んでいても、もうそちらへ行く事はない。
 若い男は純さんの心を掬い上げた。けれど若い男は特別何もしていない。その何もしなかった事に純さんは救われた。だから、何か返してやりたいと思うも、きっとこの恋人はそんな事願わないだろうな、と思った。


■純にとっての龍太郎

 麻生龍太郎は及川純の生涯になくてはならない存在であるからこそ、どうやってまとめたらいいのだろう、とちょっとだけ躊躇してしまう。それ程に比重が大きい男だ。
 まず、二人の出会いを考えるだけで目頭を抑えたくなる。二人が出会ったのは1970年の春……まだ桜が蕾を膨らませている頃、道場で竹刀を振っていた男を麻生はどんな目で、心で見たの。綺麗だ、と思ったよね……それほどまでに麻生は一目惚れした。及川に、及川の剣に。
 この時、麻生は及川に。及川は麻生に会わなければまた互いに違う人生が待っていただろう。きっと大学生の麻生は純さんが神様みたいに見えたんじゃなかろうか。
だから、純さんが卒業してしまう間の二年という月日を麻生がどんな気持ちを持って過ごしていたのかを考えるだけで酒量がとまらない。彼らの本当の繋がりは卒業してからがスタートなのだけれども、まだ無垢な心のままにひたすら先輩を妄信していた麻生の事が知りたい。そして純さんは、どうして麻生の事をどうしようもなく愛したのか、教えてほしい。
でもきっとそれは理屈なんかじゃないだろうな。言葉に表す事ができる程度ならば、おそらく純さんはここまで麻生に心を縛られない。

 麻生と及川の関係は実は聖なる黒夜よりも、所轄刑事麻生龍太郎の方がわかりやすい。尤も、あれは二人ともにまだ若い頃だったし、麻生はひたすら純を愛してるんだけど、泣きたい程に自分の心がわかんねぇんだよ!と暴れたくなる心を秘めてた時期なので、やるせないっスよねぇ……
及川は聖黒の頃よりずっと口下手だった気がするし、プライドも高かった。麻生に対しても恋人という位置付けよりも先輩である事をまだ意識していたかもしれない。聖黒の純さんはそういった諸々を全部煮詰めて一回こして、さらにもう一回沸騰させた様な感じがする。立場も隣いる人間も変化しているし。
 もし、は歴史を語る上でタブーかもしれないけれど、もしあの時麻生が及川から合鍵を受け取っていたらどうなっていたのだろう。純さんは同じ事を二度と言わないから、チャンスは一度だけだったのだ。本編にもあるが仮に麻生がやはり、と鍵を望めば渡してくれただろうけれども。
けれど、今の結末を知っているからこそ分かるが、麻生は及川を男性として受け入れたのか、女性として愛したのか(及川の台詞で一番突き刺さった)が当時は麻生にもわからなかった。
及川は、お前はどちらでもなかった。ただ、同情で側にいる事を赦してくれたと言ったがそんな事はなかったと思う。麻生は麻生のやり方で確かに純を愛していた。その互いの気持ちを汲み取り切れなかったのは、もう仕方ないじゃないか。そんなに人間ってうまくできてない……

 そうして二人は道を違えた。
麻生は玲子と恋をして結婚した。及川は別れても尚麻生を愛している。
麻生の為ならなんだってやってあげたいと思ってしまうんだ。愛した男の為ならば。けれども、及川は歳をとったし、麻生も歳をとった。二人の人生はもう交わる事はないかもしれないが、麻生が10年の間及川純という男を愛していたという事実は曲げようがないよ。曲げてはいけない。及川は麻生に会えて、麻生は及川に会えて幸せだった……それは絶対だ。


結局殆ど妄想で終わってしまったけれども、これからも思うまま及川純を考えていきたい。あ、ヤクザに打たれた右肩の事が書けなかった……