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カンボジアの染織り ラックの赤

「自然は常に変化し、自然を相手にしている私達の仕事は本来マニュアル化することは出来ない。」

と、いう事でここでは主に、「染め」について書いていこうと思う。というのも「染め」は布の仕上がりに大いに影響していると感じているからだ。また、布の種類や織りについては調べようと思えばネットで簡単に検索できるが、染めについては簡単に説明出来ない部分も多い。

 カンボジア伝統絹織物において特に欠かせないのがラックカイガラムシの巣から抽出した赤。実際には、ラックカイガラムシの巣の中にいるメスの成虫の体内の赤い色素を使用し染めている。染めたての鮮やかな赤、そして何十年という長い期間をかけて初めて見えてくる、深みのある赤。黄金のシルクの風合いとあいまって、どちらも本当に美しい。

ラックカイガラムシの巣
ラックの赤で染まった現代の布と昔の布 

2021年、シェムリアップにあるMGC Asian Traditional Textiles Museumにて文化芸術省主催クメール伝統織物の展示会が開催され、IKTTも展示と実演で参加した。そこで注目されたのが、IKTTにおいての「染め」だった。カンボジアの村でも1950年代には化学染料が使われるようになっていたそうで、現在ではそれが広く使用されている。しかしIKTTは設立当初より自然染色を貫いており、その技術は年々進化している。

糸染め
絣のヨコ糸染め
タテ糸30m染め

その展示会にはカンボジア人の職人も来ており、IKTTの職人にラック染めについての質問をした。どうしたらこんなに綺麗に深い赤を染められるのかと。結果として染め方に大きな違いはなかった。しかしIKTTの職人が伝えたのは、言語化出来る範囲の基本的なやり方だった。

自然は常に変化し、自然を相手にしている私達の仕事は本来マニュアル化することは出来ない。もちろん何キロの糸に、何キロのラック、と基本の分量は決まっている。しかし重要なのは、マニュアル化されてない部分でもある。職人達は色をみて、時には匂いを嗅ぎ、そこから手を加えたり、時には待つ。職人達の思う美しい色を出す為だ。専門家が来て職人に色々と質問することもあるが、彼女達の答えはいつも同じ。それ以上は言わないし、そもそも感覚で行っている事だから言葉に出来ないという方が正しい。口下手な職人達、自分の仕事を流暢に話せる方が稀だ。

 いつだったか、こんなことがあった。
いつものように括ったヨコ糸をラックの赤に染めた。ラックカイガラムシの巣から抽出される美しい赤。しかしその時は何かが違った。いつもより深くなんとも言えない強く美しい赤だった。その時に使用していたラックは、猛暑で多くのラックが死んでしまい不作の時のもの。手に入れる事すら難しかったが、なんとか手に入った。そんな猛暑を生き抜き、厳しい自然環境に適応したラック達だから、深く、強い赤をだしたのか。もちろん真相は不明。

ラックの赤で染めたストール

 
ここで森本の言葉を記す

『ここで作られる布は、全て自然のモノ。だから僕達は「自然と向き合う」ことが基本 にある。自然の流れに人間が合わせる、だから思ったようにいかない時もある。しかし、それを悲観しない。自然の流れに合わせる、自然の流れを読む、そうすることで 自然から沢山の恵みをいただける。その恵みの結晶が「クメール絣」。マニュアルがあれば出来ると思われがちだが違う。わたし達にはマニュアルはない。 マニュアル化出来ない自然と人という事象と向き合いながら事業を進めているから。』

私は研究者でもなく専門家でもない。ただの現場の人間だ。しかし、現代のカンボジアにおいて貴重になってしまった自然染色の技術は、昔は当たり前のように自然のモノで染めていたことくらいは、カンボジアの古い布を見ればよくわかる。模様の緻密さ、技術、表現力はもちろんのことながら、100年経っても現代の私達を魅了するその色はカンボジアの絣布を語る上では欠かせないと個人的には思っている。そして、その中でもやはりラックの赤というのは特別な色に映る。


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