白ごはんが足りないかい

急に引っ越す予定ができてしまった。
少しずつ、数日に分けてなんにもなくなってしまった部屋を一人で散らかしながら、長い思い出とこれからの不安を一つひとつダンボールにしまう。
また、必要なものがすぐに取り出せなくなってしまうだろうな。私は、お片付けが下手だから。

最近はかなり元気で、寝すぎてしまったり酒に酔いすぎてしまったりといかにも健全に暮らしている。これはこんな未熟者と一緒に仕事をして下さる皆さんのおかげで、なぜか一緒にいたくなってしまうあの人のおかげで、「失恋ダルマ」と私をいじってくるあいつのおかげで、仕事は出来るが話がかみ合わない金髪のおかげで、マクドでコーヒーを片手に私の失恋話を聞いた瞬間爆笑してくれたあの人のおかげである。

「よっしゃ」と意気込んでスタートさせた2024年も残り半分。怒涛も怒涛、失敗と悲しみと喜びと反省と感涙と苛立ちの連続で感情が忙しい。消えてなくなりたいと思った3分後にもりもり飯を食い酒を呑んで「がはは」と笑っているような毎日は別に悪くないけれど、やっぱりちょっと疲れていて、なにもないところでよく躓いたりしている。物もよく落とすし、自転車のとなりをうまく歩けなくてふくらはぎがあざだらけだし、なんだか痛くて少し泣く夜もある。
フラれたくらいで正直立ち止まっている場合ではなくて、こんなことで精神や体力をすり減らしたくない。
だから考えないようにしているし、意外とできてはいるんだけれど、青春の全てと言っていい年月はかなり長く、油断していると思い出が太すぎる矢になって私の胸をぶっ差しにくる。

引越し費用が足りなくてはじめた居酒屋バイトが、思ったより自分に合っていた。
一緒に働くのはいい人ばかりだしそんなに忙しすぎない。会社からもライブ会場からも近いからライブ終わりに夜勤だってできる。体を動かすから眠れない夜も少なくなったし、なにより、賄いがある。
勤務の終わり間近、キッチンの男の子が私に声をかけた。
「みくさん何食べますか?」
みんながあんまり知らない私の下の名前を、自然に呼ぶこの空間も、嫌いじゃない。

「唐揚げ食べたいです」
「白ごはん、いりますか?」
「ああ、じゃあちょっとだけ。」

めちゃくちゃ腹が減っているくせに、かわいこぶって少しだけご飯を盛る。
味が濃くて揚げたてのから揚げを前に、案の定白米は足りなくなって、唐揚げがあまる。
ビール欲しいな、と思った瞬間、美味しいごはんを食べてるのになんか切ない顔をしているあいつの顔が脳裏をよぎった。

「おかずが美味しいと白米いっぱい食べちゃって、いつもごはんが足りなくなって寂しい気持ちになるねん」
本当にさみしそうに言った姿がなんだかめちゃくちゃ愛おしくて、私は指をさしてけらけら笑う。

「私はお酒があるから」と、お茶碗から少しご飯を取り分けてあげる。華奢なのにたくさん食べる君が、美味しいものが好きでご飯をたくさんつくりすぎてしまう君が、年齢とともにもちもちしていくの、結構好きだったな。
大人になったらいいお茶碗とか買いたいね、と言いながら、百均で二人で選んだおそろいのそれを、私たちはかなり好んで使っていた気がする。
いいお茶碗を買うという約束はいつのまにか忘れてしまっていて、買ったころよりいくぶん大人になっても使い続けて、それはそれで、なんだかいいなと思ってた。

ピンク色の方だけ残されたお茶碗は、ダンボールに入れなかった。
もしダンボールに入れて持って行っても、私はお片付けが下手だから、次のお家では取り出さないだろうし。

君が好きだった私のぷにぷにの頬は、もう今はちょっと、お肉が足りないかしら。
ありがとう、全然大丈夫。最近の私は少しだけ痩せて、可愛くなったと評判で、私には大好きな人がたくさんいて、私のことを大好きな人もたくさんいるみたい。こちらは大丈夫なので、そんなことは無いと思うけれど、もし、もし気にしていたら、私が言えたことではないけれど、どうかあなたは、あなたの人生を。

ああ、そうや。ごはんは、君が思ってるより1合多めに炊いときなね。

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